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緑川が見たもの

 木嶋(きじま)田山(たやま)を連れて、車で病院近くのファミレスに行った。

 向かい合わせに座り、ドリンクに口もつけず、互いに目を合わせないまま呆然としたまま、二、三十分が過ぎていた。

「彼女はあのスクリーンショットを永田(ながた)に送った時間から考えて、少なくとも我々が着く十分前まで意識があったと思われる」

 田山はドリンクを口にしたまま答えない。

「……」

「彼女は警察官だ。死に際まで冷静でいられたとしたら、部屋に何かヒントを残したのではないか」

「私の…… ために?」

 木嶋は頷く。

「君や、残された人たちのためにだ」

 今、緑川の部屋は現場検証が行われているはずだ。

 何か証拠やヒントになることがあれば、報告が上がってくるだろう。

 だが、微細なことを見逃してしまうかもしれない。

 木嶋は袖を捲り、時計を確認する。

「行ってみる気はあるか? まだ間に合う」

「……」

 田山は音を立ててドリンクを飲み干す。

「なら、急ごう」

 田山に引っ張られるようにして木嶋が立ち上がる。

 二人は車で緑川のマンションに向かう。

 車の中で木嶋は、ボソリと言う。

「セクハラとか思わないでほしいが、これまでの連続不審死に共通しているのは、全員が全裸で発見されていると言うことだ」

「……」

 木嶋は続けた。

「脱ぐような場面に出くわさなければ、死なないかもしれない」

「そんなことある?」

「人間が犯人だった場合は、それは偶然でしかないが、原因が呪いとか悪霊だと言われるとそういうことも頭に入れていた方がいいかもしれない」

 それを聞いた田山は、運転する木嶋を目を見開き見つめた。

「警察がそんな馬鹿げたこと言っていいの? 連続不審死が悪霊の仕業だなんて」

「悪いが、これだけの人数が死んでいるのに、犯人の痕跡も、何が行われたのかすら、何も見つけられていないんだ。だとすれば、俺は悪霊の可能性を否定できない」

 田山は何かを考えるようにあごに指を当ててから、口を開いた。

「緑川さん、全裸でスマホを触ったのかしら? 何が言いたいかというと、順番としてはスマホの画面を見て、自分を選択した。それからわざわざ服を脱いで、シャワーを浴びるかしら? 怖くなって誰かのところへ行くとか、じゃなきゃ誰かを呼ぶとか」

 木嶋は一瞬、田山を見て、すぐに正面に視線を戻した。

「時系列にするとそうなるな」

「だとしたら、緑川さん、死ぬと思ってなかったかも」

「部屋には何も残っていないと言いたいのか」

 田山は首を横に振る。

「誰かとシャワーを浴びたのではないかしら。あるいは誰かに言われてシャワーに誘導された」

「つまり他殺ということになるな……」

 木嶋は思った。この()の方が俺よりずっと冷静だ。

 考えるのに疲れて、悪霊のせいにするような警察じゃいけない。

 木嶋は自分に気合を入れ直した。

 車が緑川のマンション近くの駐車場へと着く。

 二人は車から降りてマンションへと向かっていく。

 規制線を超え、緑川の部屋に入った。

 木嶋は、田山に手袋を渡し、つけるように指示した。

「だが、彼女自分のスマホ画面を見て、おかしいとは思ったはずだ。だから永田にスクリーンショットを送っている」

「もしこの画面が犯行予告だとしたら」

「そうか。近くのこの画面を表示させれるようなWi-Fiの機械があるということだ」

 木嶋はハンズフリー通話を使って、鑑識に連絡した。

 不審なWi-Fi電波を捉えることが出来ないか?

 インターネット機器を使用した痕跡がないか、などを調べてもらうように依頼した。

 しかし、登録していないWi-Fiに繋げようとするだろうか。

 緑川は自宅に自分のWi-Fiを持っていないのか。

「今時は家にWi-Fiないのか? じゃなきゃ、突然出てきたWi-Fiに繋がないだろう」

「少なくとも私は持ってないけど」

「うちは家族で使うから、全員がスマホで通信していたらお金がかかってしまうんだ」

 独身と家族ではそういうところは違うのだろう。

「知らないWi-Fiでも使うのか?」

「フリーなら」

 緑川が家のWi-Fiを契約しているかどうかはわかるだろう。

 契約していなければ、フリーのWi-Fiがあれば画面に表示され、つい繋げてしまったかもしれない。

 そして例の画面を見た。

 田山が言う通り、死の予告だと言う印象を持っていたはずの緑川が、画面を見ているにも関わらず、シャワーを浴びる行動に出たのがわからない。

 それとも、その時すでに誰か第三者がいて、緑川のスマホを勝手にそうしていたのだろうか。

 だとすると、永田にスクリーンショットを送ったことがわからない。

 スマホを確認したのはやはり本人なのだ。

「この画面を見た時、緑川はすでに誰かと居たんだ。そうとしか考えられない」

「私と一緒にいてくれると約束しているのに?」

「そこは謎が残るが、そうでないとただスクリーンショットを送っただけで、我々に連絡してこない理由がわからない。少なくとも彼女は一人ではなく、不安にならない状態だったのだ」

 木嶋は自分に言い聞かせるようにそう言った。

「だからゆっくりとシャワーを浴びようとした。そこで殺された。あるいはシャワーを浴びれば心臓が止まるような薬を『先に』飲まされていた。どちらかだ」

 となると確認すべきはマンションの共用部の監視カメラだ。

 緑川の家に誰が入ったか、入っていたのか。それを調べる必要がある。

 木嶋のスマホには事件の情報が次々に入ってきた。

 近所の聞き込みの状況や監視カメラの映像から、緑川のマンションに出入りしている男はいないこと、緑川の部屋に入って行った人物はいないことが判明した。

「どういうことだ」

「また、悪霊のせいとか言い出さないでよ。頑張って頭を働かせて」

「……」

 緑川に何か出来た人物。

 直前にあっていたとすれば、田山と木嶋だ。

 緑川が一人で部屋に戻っていく途中、何かあったかが考えられるが、部屋に戻った時刻などから考えると、寄り道をしている時間はなかったろう。

 部屋の様子を見ながら、木嶋は考える。

「普通に旅行用に荷造りをしている感じだ」

「カバンには…… 肌着と着替えを入れてる。それ以上でもそれ以下でもない」

 木嶋は首を傾げた。

「タオルとかは」

「ないです」

 田山は素早くカバンを確認している。

「化粧品とかは」

「ないですね」

「準備の時間がなかったというわけではない。我々が遅い、と思ったくらいなのだから」

 準備があまりに進んでいない。それは何を意味しているのか。

 殺人予告の『キャプティブポータル』画面が出たのはもっと後だ。

 中に出入りする人間もなく、有り余る時間で何をやっていたのか。

「……スマホ」

 木嶋は突然『スマホ』とだけ言った田山の顔を見つめる。

「スマホがどうしたって?」

「緑川さんのスマホ、ロックを解除しておきませんか」

 木嶋は考える。

 警察がそこに踏み込んでいいのか。

 許可なく個人の端末の中身を覗くことは許されない。

「生体認証を解除して、中身を見れるようにしておかないと、後の祭りになってしまう。緑川さんが何か手がかりを残したとしたら、スマホの中だと思う」

「部屋にメモも何も残っていないしな」

 だがそれをしていいかはギリギリの線だ。

 急いで遺族に許可をとるしかない。

「わかったやってみよう」

 木嶋は署の人間に連絡して、遺族に同意をとった上で緑川の遺体を使ってスマホの生体認証を解除して、中身を確認する手続きを取るよう指示した。

 木嶋は部屋の中を見回しながら、田山にいう。

「いいか?」

 田山は頷く。

 木嶋は緑川の代わりに、田山と過ごさねばならないと感じていた。

「俺が田山さんのところに行くわけにはいかない。ましてやホテルで一緒に過ごすわけにもいかない。だから、うちに来てくれ。うちなら俺と二人きりにはならない。家族がいるから」

 田山は寂しげに笑った。

「行こう」

 木嶋はそういうと、家に電話をした。

 過去、こんなことはなかったが、事情を話すとすんなり受け入れてくれた。

 車が木嶋の家に着くと、木嶋の妻が出てきて田山に声をかけてきた。

「荷物預かるわ」

「ちょっと特殊な事情がある」

 木嶋は妻に『不審死』が全て全裸で見つかっている点を指摘し、そういう隙を見せないよう、風呂に入れるなといことを伝えた。

「でもそれじゃ彼女が可哀想」

「しかし、この事件が解決するまでは…… 本人だって気が気じゃないはずだ」

 木嶋は真剣だった。

「待て、犯人の姿見ているものがいないんだ。お前も、同じ毒を盛られる可能性がある。(ツヨシ)にも奈緒(ナオ)にも同じことを伝えてくれ。お前たちも全裸になるな、と」

「ちょっと待ってよ、そんなのいつまで続けるの?」

「彼女を別の場所で匿うことができるようになるまでだ。そんなに長い間じゃない」

 妻は田山のバックを前に抱えながら歩いていたが、困惑した顔を見せた。

「もし間違えて服を脱いでしまったら?」

 田山も木嶋の顔を見て、何かを訴えかけてくる。

「木嶋さん」

「田山さん。君は何も悪くない。犯人を探せない警察が悪い。そしてこの規則を指示するのは、俺が家族を守るためのことなのだから、気にすることはない」

「裸にならなければ命は守られるの?」

 木嶋は手で顎に触れると、少し首を傾げた。

「これまでの条件からすればそうだ。とにかく手がかりがない。ここを守ってもらえないと対処しようがない」

 妻は木嶋の正面に向かい、目と目を見つめあった。

 何か、納得したように頷くと、言った。

「信じます。ツヨシにも、ナオにも守らせます」

「ありがとう」

 木嶋も、妻の顔を見てゆっくりと頷いた。

 木嶋たちは、田山を泊める部屋に案内して簡単に家の中の説明をし、家族の写真を見せた。

「俺は署に戻る。よろしく頼む」

 そう言って出ていく木嶋の後ろ姿に、妻は目を伏せて頭を下げた。




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