どう伝えようかって
(天空都市群グングニル中央島:第一円形闘技場)
神聖な第一円形闘技場が歓声に沸き立つ。
その理由は分かっていた。
皇帝が、姿を見せたのだ。
現ランク七位、犀粉帝ギラドア。
巨漢のアニマ―ガスが、兵しか立つことのできない第一円形闘技場に姿を現したとき、満員の客席は、どよめきと共に色めき立った。
悠然としていて、しかし何かを確信したような足取り。
アニマ―ジュする前でも、奴の姿には、勝ち続けてきた強者の余裕が見てとれる。
傲然とすら映るが、けして慢心ではない。
奴は、俺に勝つことを、『選手の本能』として、確信しているのだ。
全盛期ではない俺。
手負いの氷息帝。
その憎き存在を、ようやくねじ伏せる瞬間がきたと、ギラドアの血は脈々と沸き立っているに違いない。
奴が一歩、また一歩と接近してくるたびに、俺に眠る野性が疼く。
俺の『凍結飛竜』が、奴の『角獣飛竜』の強大さを、改めて伝える。
それは、野性を鈍らせた人間が感じることのない本能だ。
生命をかける身震いの感覚。
六枚羽の『ブリザード・ワイバーン』を高ぶらせるほど、奴の存在は危険で、強大だ。
ギラドアから溢れる魔獣の闘気が、俺の周囲を支配する。
強酸性の液体に浸されたような肌の痛み。
そこから、この試合に賭ける奴の思いが伝わってくる。
「よお、負け犬。地上界へ亡命するかと思っていたが、ちゃんとこの試合に来たとは。その無謀さと頭の悪さだけは、褒めてやるぜ」
目の前まできた巨漢のギラドアが、巨大な両目で俺をねめつける。
爛々と禍々しい光を放つ両目は、俺だけを見つめている。
これから蹂躙すべき相手(氷息帝)を。
「お前に勝ち目はねぇ。これは、試合ですらない。ただのショーなんだよ。七帝になった俺様が、過去の栄光にすがる憐れな鶏野郎を串刺しにするな。わかるか? お前の安い挑発なんぞ、とっくに見越してたぜ。餌に釣られて、罠にはまったのは、お前だよ、ザザ」
なるほど。
奴は、俺の意図を見抜いていた。そして、それを利用した。
流石は、七帝。見かけの数十倍はしたたかだ。
だが、そんな意図など、俺にはどうでもいい。
このザザ・ムーファランドには、約束があるのだ。
決して、翻意にはできぬ、誓いが。
キーロの顔を思い浮かべる。
あの、素敵で、驚愕させられて、なにより勇気を湧かせてくれる言葉と共に。
――――『信じてるから。あなたが、私の夢を託すに相応しい天空闘竜士だって。そう、信じているわ』
そう。
俺は、期待の天才の夢を任された天空闘竜士。
誰よりも大切にしたい存在の夢を、背負っている元七帝。
苦学生キーロに恋する、手負いのザザ。
そうあればこそ、俺はこの第一円形闘技場にいる。
この魔獣を倒して、再び高みに立つために。
失った栄光を取り戻すために。
大切な存在の夢を、叶えるために。
俺は、この戦いの場に戻ってきたのだ。
両目を閉じて、俺はその気配を感じる。
全てが俺の内部に収束されていく感覚。野性が暴れたがっている。
そのとき、耳障りな哄笑が聞こえた。
「―――ふはははは!! なに両目を閉じて祈ってやがる!!! 今更後悔しても、遅いんだよ、鶏野郎!! はん、傑作だ。おじけづいてなにも言えねえか。これからお前がどうなるか教えてやるよ。 いいか、お前はな、これから俺にな――」
雑音を、俺の凍気が固めた。
「――――おい、誰がお前に負ける心配なんてする?」
第一闘技場の気温が、十数度急下降する。
沸き立つ観客の熱気すら凍らせ、俺はアニマ―ジュする前、ギラドアに告げる。
「――――考えてただけだ。どう伝えようかって。お前に勝った後、俺の大事な主治医に、どう感謝を伝えようかって。考えてたんだ。だから、邪魔すんなよ。汗臭い言葉で」
ギラドアは、血管が切れそうなほど、表情をこわばらせた。
「……なんだと?」
「言ったんだよ。……俺とキーロの大事な瞬間だ。黙ってろ脳筋野郎。感慨が台無しだ」
「……そうか。すぐにでも死にたいらしいな、氷息帝…………!!!」
「やってみろ。俺の主治医がどれだけ名医か、教えてやるよ、犀粉帝!」
俺の全身を光が包む。今までにない、激しい飛散だ。
続いて、憤怒のギラドアがそれに続く。
二頭の飛竜が生まれる光が、天空闘技場の上空で激突し、爆ぜる。
第一闘技場が、再び俺の……、いや俺とキーロの戦場になった瞬間だった。




