入場
(天空都市群グングニル中央島:第一円形闘技場)
決戦の日が、やってきた。
現在、十二月十九日正午五分前。
七帝ギラドアとの指名戦が、すぐそこに迫ってきている。
俺は、試合前の控室で、精神を集中している。
円形闘技場の控室は、地下にあり、そこにまで地上の観客たちの歓声が轟いてくる。
それは、振動となって、俺の鼓膜と心臓を揺らす。
ミリアムハートJrのときは、試合は第二円形闘技場で行われた。
あの闘技場も、勿論充分な設備ではある。
だが、今日の試合会場は、第一円形闘技場だ。
第一円形闘技場の設備や広さは、他とは別格であり、その建物は天空都市で最も豪奢で巨大な建築物の一つである。
第一で競技できる天空闘竜士は、インペリアルリーガーとその対戦者のみだ。
それ以外は、イベントや式典に使用されることを除いて、第一円形闘技場の闘技空間には、何人もはいることはできない。
この第一で試合できることは、グラディエーターにとって、誉れでもあるのである。
それは、最高の闘竜士、及びその挑戦者として、天空都市に認められた証なのである。
俺は、この舞台に帰ってきたのだ。
ようやく。
「……ようやく、だな。ここから、全てが始まる。全てがだ。待ちくたびれたぜ」
俺は、そう静かに控室に語りかける。
答えるのは、一人しかいない。
「そうで。でも、まだまだよ。それに、そう言う感慨は、試合に勝ってからで、いいわ」
いつも通り、俺の主治医は、落ち着いた様子で控室の壁に背中をあずけている。
ミリアムハートJrの時とは違って、今回の対戦で、直接的にキーロに不安要素はない。
だからか、彼女は以前よりも少しリラックスしているように見える。
だが、やはりそこには、試合の前の熱狂に浮つきそうな覚束なさがある。
それは、俺も同じだ。
だが、だからこそ、俺は神経を集中させる。
俺が、勝たねばならないのだ。
「……そうだな。その通りだ。でも、この雰囲気を、俺は楽しんですらいる。馬鹿な話だと思うだろ? でも、見栄じゃない。本当にそうなんだ。第一円形闘技場の控室には、そういう魔力がある。戦いに臨むグラディエーターを、否応なく沸き立たせる魔法が、あるんだ」
俺は、目を閉じたまま、いつになく饒舌になる。
キーロは、意外そうな声音で、それを受け止める。
「ふうん。大事な試合の前なのに、良く喋ることって、あるのね。それも、七帝との決戦の前に。少し、呆れたわ」
「でも、頼もしくもあるだろ?」
「ばかね。そういうのは、勝ってからいえばいいの」
盛大なアナウンスメントが、選手入場を知らせる。
ほとんどの間隔なく、俺達のいる控室のドアがノックされる。
迎えが寄越されたのだ。
犀粉帝との試合が、始まるのである。
「時間だ。いってくる」
俺は、両眼を開き、ベンチから立ち上がる。
そして、前の試合のときと同じように、ドアノブに手をかける。
「ザザ」
そのとき、キーロが俺を呼び止める。
振り向かずに尋ねる。
「なんだ」
彼女は、慎重に言葉を選んでいる。
それには、時間がかかる。
俺は、彼女が選び終わるのを、じっと忍耐強く待つ。
やがて、待っていたそれはやってくる。
「……勝って。前の試合のときみたいに。信じてるから。あなたが、私の夢を託すに相応しい天空闘竜士だって。そう、信じているわ」
その告白を、俺はそっと受け止める。
そして、ゆっくりと身体に浸透させる。
まるで、お守りのように。
俺は、ドアノブに今度こそ手をかける。
ゆっくりと、その冷たい金属を回す。
「わかった。勝ってくる。『扉』は開いたんだ。七帝相手でも、わけないさ」
自分にもいいきかせるように、俺はなぞるように言い終る。
そして、ゆっくりと廊下へと続く扉を開く。
「あ、そうだ」
一つだけ、言い残しておいたことを、俺はやはり口にしてしまう。
「俺も、信じてる。あと……」
続く言葉が、俺の口から自然にこぼれる。
「お前が――――好きだ」
そういって、彼女の表情をみないまま、俺は地上へと続く石段へと進む。
さて。
言うべきことは、行った。
後は、試合に勝つだけだ。
犀粉帝、ギラドア。
巨大な魔獣。
角獣飛竜の、アニマ―ガス。
現ランク七位の、七帝。
そいつに、俺は勝つ。
何としてでも。
そうすれば、俺は見事に『七帝』へ返り咲くことができ。
キーロは、大学への推薦状を手に入れられる。
俺達二人の目標は、いや『夢』は、すぐそこまで近くにある。
手を伸ばせば、届くところまで。
だからこそ、俺は足踏みする気はない。
この千載一遇のチャンスを、何としてでも、手に入れなければ。
そう、俺は意気込む。
地上の闘技空間へと続く石段を、一段、踏み締めるたびに、決意が漲る。
俺は、やるのだ。
俺を見限った世間を仰天させるために。
俺の矜持を取り戻すために。
あいつの夢を、叶えるために。
俺は、やるのだ。
一段一段が、こまれでの走馬灯のような感覚だった。
だが、それもやがて最期を迎える。
開けた場所に、降り注ぐ天空の光。
そして、その中央には、割れんばかりの歓声が降り注ぐ。
俺は、久方ぶりの第一円形闘技場の感触を、確かめた。
いつも通り、渇いた砂が、俺の足元を支えている。
怪我をする前と、なんら変わらない。
その即視感が、俺の気持を高ぶらせる。
そして、これからはずっと、グラディエーターとして、この地を離れたくないと思う。
広大な闘技場の内部をみわたし、そして天を仰ぎ見る。
今日は、快晴。
決戦には、これ以上ないコンディションだった。
ギラドアは、まだ入場していない。
七帝故の、社長出勤というわけだ。
ふん。面白い。
その間、俺は第一闘技場の空気を堪能する。
それは、天空闘竜士として、『氷息帝』が息を吹き返す瞬間の始まりでも、ある。
――さあ、来いよ、ギラドア。
(続く)




