目覚め
(天空都市群グングニル・中央島南西地区沿岸部:資源利用施設 崖の傍)
その瞬間は、唐突にやってきた。
その日は、練習を始めてから五日目。
俺とキーロは、いつものように午後練を外空域での鍛錬にあてていた。
当日は、風が強く、乱気流が幾つも発生していた。
そのせいか、いつもより俺達の練習は捗らなかった。
苛立ちと焦燥がつのり、結果が出ないことに俺達二人のフラストレーションは、限界に達してしまう。
軽い口論と冷戦のあと、練習が再開された後だった。
いつもならば、あり得ないミスが起きた。
キーロが、乱気流の発生コースを見誤ったのである。
そのことによって、彼女は急速に地上へ下降する渦に巻き込まれ、地獄の底に吸い込まれるように、その姿を消してしまった。
その事実を知ったとき。
俺の身体に、氷山の一角が現われた。
どこまでも巨大で、そして全体像の掴めない氷山だった。
だが、その片鱗は、確かに俺の中に実在した。
俺のキーロを索敵する動きは、未来予知でも可能にしたように、正確で、どこまでも先を、見通すことができた。
そして、俺の翼と身体には、暴発しそうなほどの危険なエネルギーが満ちていた。
氷河を一部も溶かさないよう、絶対的に凍結させる冷気が、そこにはあった。
俺は、視界を遮る灰色の雲の中で、その躍動を感じる。
俺は、そのことに一縷の希望を感じた。
この力が、キーロを今そこにある危機から救ってくれるかもしれない。
そう思ったのである。
だが、同時に。
末恐ろしさを感じてもいた。
生物としての、畏怖と言い換えてもいい。
この途方もない凍気を、受け止めるだけの器が俺にあるのか、真剣に逡巡せざるを得なかった。
だが、幸か不幸か、その状況に、猶予は存在しない。
俺は、腹を決めた。
その膨大な凍気を、全身で受け止めることにする。
内なる噴火を、俺は誘発することにした。
でなければ、俺の最も大切なものは守れない。
そう思った。
氷山の一角が、更に大きなその峰を露わにしたとき、俺の身体は膨大な冷気に悲鳴をあげた。
受け止めきれない。
四肢と翼が、粉砕されそうな感覚だった。
だが、その後に、全てが滾りきった瞬間が、訪れる。
俺は、その瞬間、また頭で考えるよりも先に、その凍気を解き放っていた。
灰雲に含まれる水蒸気が凍る。
空気すら固体にしてしまうそうな、一撃だった。
その一撃は、乱気流すらも凍らせ、キーロを風の檻から解放させる。
灰色の壁によって遮られていた夕日が、再び狭間から顔を出す。
そして、彼女と俺を照らす。
天空闘竜をやっていて、これほど啓示に満ちた瞬間を向けるのは、二度目だった。
二度目の挑戦で、飛竜型のアニマ―ガスになることに成功した瞬間以来である。
周囲は凍りついている。
雲や風、大気に至るまで、全ての時が止められていた。
その中で、俺以外に動くものは、三つ。
一つは、『標の石』を使って、俺の元に戻ってきた主治医。
そして、もう一つは、そんな彼女を優しく照らす茜の光だ。
「……莫迦。もう少し、早く目覚めさせなさいよ。気流のせいで、呪文も唱えられなくて、怖かったんだから」
そう、キーロはいう。
俺は、立ち泳ぎをするように、縦に身体を浮かせて、彼女を掴まえている後ろ足を顔の方に向ける。
「そういうなよ。悪かった。でも、これで、俺達はまた賭けに勝った。後は、ギラドアに勝つだけだ」
それだけ、俺はいう。そして、天空都市へ戻るため、上昇する。
実のところ、俺はかなり疲弊していた。
例の力は、かなり消耗の激しい現象らしい。
まあ、当り前だろう。外空域の一部区画を、完全に凍らせることができるのだ。
それにみあった代償があるに、決まっている。
だが、俺はようやく掴んだ。
新しい『扉』の、感覚を。
これで、心残りなく、ギラドアとの試合を迎えることができる。
『扉』は、恐らくまだ全てが空いたわけじゃない。
だが、今日、少なくとも、その僅かな隙間に、俺は指をかけることに成功した。
後は、こじ開けるだけだ。
そうすれば、俺達の目標は、すぐそこのはずだ。
(続く)
次回から、試合です。




