行間:予定にない試合
(天空都市群グングニル中央島南西地区:表通りから外れたマンションの一室)
一日目の落下訓練は、トラブルなく無事に終わった。
だが、それは俺の新しい力の片鱗が現われなかった証でもある。
俺は、少し気落ちして晩飯の片づけをしていた。
キーロは、すでに勉強部屋に籠ってしまった。
受験勉強がいそがしいのだろう。
相対的に暇な俺が、家事を担っているというわけだ。
まあ、毎日って訳でもないけど。
流しで洗いものをしながら、俺は深夜にやっているニュースを見ている。
年末なので、それに関連するニュースが多い。
だが、その中には、一つだけ予定になかったはずのニュースが混じっている。
スポーツコーナーで、それは一番最初に取り上げられる。
――『予想外の試合が組まれました。なんと、祭典前に七帝が指名戦です。相手は、前の試合で『台風の目』を破った、あの氷息帝。還ってきたザザ・ムーファランドです』
他にも、いろいろなとりあげられ方がされていたが、やはり主流なのは、ギラドアがこの時期に俺との対戦を了承したことへの驚きである。
俺だって、因縁を利用したとはいえ、奴がこの時期に試合を受けたことに対して、驚いている。
普通、まずうけない。
でも、受けた。
つまり、奴は俺にそれだけの執着があるのだろう。
たぶん、名声を抜きにすれば、一番打倒したい相手なのだ。
だから、祭典前の時期にも関わらず、奴は指名戦を設けた。
しかも、俺からの指名を受けたのではない。
ギラドア自ら、俺に指名戦を申し込んだのだ。
これは、かなり破格の条件である。
そして、それだけ過去の因縁が根深いことを、示している。
ギラドアは、恐らく全力で俺を潰しに来るだろう。
祭典前の娯楽がない時期に、指名戦を受ければ、世間の注目は、この試合に集まる。
おそらく、指名戦を奴が組んだ理由の一つに、そういう事情がある。
そして、注目が集まっているところで、俺をぼろ雑巾のようにして、自らの権威を取り戻す。
奴の狙いはそれだ。
単純だが、七帝の一角ほどの実力があれば、不可能な戦略ではない。
むしろ、かなり実現できる可能性は高いだろう。
俺が、このまま試合当日を迎えれば。
だが、そうはいかない。はずだ。
俺とキーロは、新しい扉の前に立っている。
それをすこしでも空けることができれば、犀粉帝への勝機も見えそうなものなのだが……。
なんとかして、空けるしかあるまい。
一度開いた、あの扉を。
ニュースはまだ、予定になかった試合について、様々な見識を流している。
中には、ギラドア以外の七帝へのインタビューもあった。
現ランク四位の元老院帝も、いかめしい顔で答えている。
あの長老、見るからに今回の件を良く思っていなさそうだな。
眉間にしわが寄ってる。
こりゃ、俺がいらん挑発でギラドアを焚きつけたのを、見抜いてるな。
流石は、インペリアルリーグの長老である。
俺は、それ以上、元老院帝のお小言が聞こえないように、テレビの電源を切った。
そして、洗いものに集中し、食器を片づける。
そして、少し思案した後、キーロに差し入れを持っていくことにする。
受験勉強と言えば、差し入れとか、夜食だろう。
たぶん、あいつ夜は食べないから、飲み物がいいよな。
キーロの好き嫌いは、だいたいこの一カ月で把握している。
あいつのお気に入りは、ロイヤルミルクティーだ。
ロイヤルの方はつくるのに手間がかかるため、普通のミルクティーをつくって持っていくことにする。
つくり方に、何ら特別な工程はない。
マグカップ三分の一ほど濃い目の紅茶と使ったティーバッグを入れ、牛乳を足す。
そして、吹きこぼれない程度に、レンジで温める。
気をつけることは、吹きこぼれないように見張ることくらい。
実に、簡単である。
出来上がったそれから、ティーバッグをとり、キーロの部屋に持っていく。
彼女は、玄関へ続く廊下の途中にある、物置部屋を自習室にしている。
ドアをノックする。こんこん。
「おーい、キーロ。差し入れだ。入っていいか?」
夜中なので、できるだけ静かな音量でドアの向こうに話しかける。
だが、返事はない。
おかしいな。
「おい、キーロ?」
そうよびかけ、もう一度ドアをノックする。
でも、やはり返事はない。
訝しんで、俺はドアを開けてみる。
「はいるぞ」
一応、そう断っておく。
じゃないと、もし万が一の事態があったとき、俺は有罪になってしまうからだ。
無罪になる自己防衛手段を、きちんと踏んでから、俺は自習室に入る。
そこで、キーロは机に突っ伏していた。
俺が部屋に入っても、ピクリとも動かない。
寝ているようだった。
「やれやれ。疲れてたのかもな。今日の練習、俺よりお前の方が、大変そうだったし」
そう、沈黙する背中に話しかける。
勿論返事はない。
差し入れをどう処分するか迷うが、結局、穏やかな寝顔の隣に、マグカップを置く。
ゆっくりと立ち昇るミルクの湯気が、鼻先を通過しても、キーロは睫毛一本動かさない。
その寝顔を、俺は何となく、暫く眺めていたい気持に駆られる。
そして、そうする。
「……こんなに、大変だったんだな。お前の毎日って」
ぐるりと部屋をみわたし、山積みにされた専門書や参考書を眺めて、俺は独白する。
勿論、返事はない。
俺は、静かに立ちあがって、自習室を立ち去ろうとする。
その前に、床に落ちていた毛布を、そっと俺の主治医にかける。
「……おつかれ様。おやすみ」
そういって、俺は眠りを阻害しないように、そっとドアを閉める。
(続く)




