急下降物体捕獲練習
(天空都市群グングニル・中央島南西地区沿岸部:資源利用施設 崖の傍)
「で、やるんだな? これからほんとに?」
俺は、少しいつもとは違う緊張感の中にいる。
目の前には、保険のパラシュートバックパックを装備したキーロの姿がある。
今回の練習は、闘技場でのものとは違う。
安全な都市内部ではなく、危険な都市外部での訓練なのだ。
イレギュラーな事態もあり得るし、それにより引き起こされる危険も段違い。
率直にいって、かなり危険な練習である。
「なあ、キーロ。この練習じゃなきゃ、だめなんだよな」
俺は、まだ躊躇している。
今回の訓練は、俺よりもキーロの方が危険だ。
下手をすれば、天空都市下部に装備されたレーザーに、彼女が焼かれてしまう危険もある。
無論、何重にも安全策は講じてある。
だが、万が一のある可能性が、それでゼロになるわけではない。
俺は、不安だった。
だが、対照的に、キーロは余裕綽綽である。
まったく、こっちの心配を、なんだと思っているのだか。
「ある程度の危険――言いかえれば、緊迫感があることが、あなたの新しい力を呼び起こす条件よ。それは、この間の襲撃事件でも、分かったはず。今更、やめるという選択肢はないわ」
キーロは、意志の固まった視線で、俺を射る。
やれやれ。
これは、やるしかなさそうだ。
それに、俺だって実のところは分かっている。
新しい力をどうにか一週間後の決戦までに呼び起こさなければ、ギラドアとの試合は苦戦するであろうことも。
頼みの綱が空振りに終われば、正直、勝つのはかなり厳しい。
俺の『繰り上げ』とはいえ、ギラドアは列記とした実力者だ。
七帝の名に恥じないグラディエーターである。
そのギラドアを相手に、怪我を抱えた俺の現状で、どこまで善戦できるかは、かなり眉唾ものだ。
だからこそ、俺達は例え危険でも、新しい可能性に欠ける必要がある。
それが、この危険な訓練というわけだ。
「……オッケー。やろうぜ。でも、安全第一だ。外空のコンディションが悪かったら、すぐに切りあげる。それだけは、徹底しよう。いいよな?」
俺は、この練習に対する決意を固めた。
そうしなければ、俺は上には昇れない。
キーロとの約束も、果たせない。
それに、俺の相棒は、かなりやる気だ。
それに応えなければ、ビジネスパートナーとして。
「やり方は、午前に説明した通りよ。私が落下したあと、指定の時間を開けて、私を回収しに行く。アタックの限界ポイントは、レーザー標準座標の二キロ前。最初は間隔を短めに取るけれど、回を重ねるごとに、それを長くするわ。いいわね?」
「オーケー。記憶したぜ。必ず、無事にこなしてみせる。やろうぜ、キーロ」
俺とキーロは、軽く拳を合わせる。
そして互いに視線を合わせ、頷く。
準備はできた。
あとは、やるだけだ。
「それじゃ、一回目を始めるわ。最初の感覚は、二十秒からよ」
「了解」
キーロが、崖の方に歩いて行く。
そこから落下した彼女を、二十秒後に追い、俺が無事に回収する手はずだ。
飛びおりる前、キーロがこちらを振り向く。
「ちゃんと、拾ってよね」
流石に、キーロだって恐怖は感じるのだろう。
当たり前だ。
だからこそ、俺は笑顔でキーロを見送る。
「数十秒後に会おう。任せとけって!」
「わかったわ。じゃ、行ってくる!」
言下、キーロが天空都市の岸辺から飛び降りる。
すぐに、その姿は下界へ消えていく。
俺は、流行る鼓動を抑えながら、時間を数えた。
そして、二十まで数えた瞬間、下界へ飛びこむ。
落下しながらアニマ―ジュし、飛竜の姿になる。
そして、数キロ先まで見渡せる視力と、飛竜の勘でターゲットを探し当てる。
いた。
数百メートル下に、小さな人型の存在がいる。
キーロだ。
俺は、翼を折りたたんで、矢のように彼女へ肉薄した。
天から降るつららのように、凍結飛竜の身体は加速度を持って、小さなキーロへ接近した。
距離を詰めることに、そこまで難しさはない。
問題は、どう捕獲するかだ。
前にも触れたとおり、飛竜の歯と顎は強靭である。
口内に柔らかい人間をはさむのは、危険すぎる。
口よりも、後ろ足で捕獲したほうがいいだろう。
一カ月ほど前、キーロが例の投身説得を図ったときは、余裕がなくて口で捕まえたが、今回は以前よりは余裕がある。
後ろ足の鈎爪を、キーロの華奢な肉体に食い込ませないように、最新の注意を払いながら、俺は彼女を捕獲する。
捕まえた後は、翼への負担がかかり過ぎない程度に、進行方向を下から上へと変換する。
勿論、このとき、のんべんだらりと方向転換などしない。
鋭い急旋回を使って、俺は巨躯の向きを上へと向ける。
このとき、身体にかなりのGがかかる。
たぶん、後ろ足に捕まえられているキーロからすれば、ジェットコースター以上の恐怖があるはずだ。
それを証明するように、後ろ足の中で悲鳴がする。
あーあ。かなりすごい悲鳴だ。
でも、やるって行ったのは、お前だぞ、キーロ。
一度目の挑戦は、無事に終わった。
キーロが飛びおりてから、それほど時間を開けていないせいもあっただろう。
飛びおり地点に戻ってくると、俺はアニマ―ジュを解除する。
「……どうだった、キーロ?」
俺は平気だが、キーロは少し青白い顔をしていた。
無理もない。
人間には酷な環境である外空域で、ジェットコースター以上の最恐アトラクションを体験したのだ。
こりゃ、俺よりもキーロの身体が心配だな。
アニマ―ジュしてないただの人間の姿で、どれ程耐えられるのか……。
俺は、少し彼女のことが不安になり、傍に遭ったバッグから、スポーツドリンクを手渡そうとした。
が。
片手をぶんぶんと振って、拒否される。
「いい。吐きそうだから」
「おいおい。まだ、一回目だぜ? 大丈夫かよ??」
これはかなりの懸念材料だな。
ここのところ、キーロは受験勉強と俺の主治医としての業務で、ろくに寝てないみたいだし。
かなり、酷い状況かも?
「一旦、休むか?」
そう提案する。
「いい。休んでる時間なんて、ない。私達には、後一週間もないのよ?」
だが、キーロは続行するようだ。
「わかった。でも、無理だけはすんなよ?」
「……うん。でも、慣れだと思うのよ。はあ。こんなことなら、絶叫系アトラクションに、ちゃんと乗っいた人生を歩めば良かったわ。初めて乗るのが、これだなんて」
「遊園地とか、行ったことないのか?」
「……私、苦学生だもの」
そうだったのか。
まあ、確かに、俺と出会う前のキーロは、あんまり裕福な生活を送ってないだろうしな……。
「ふーん。そうなのか。なら、今度、行ってみないか? 北東地区に、大きいのがあるだろ」
意外そうに、俺を見つめるキーロ。
「へ? いいの?」
「いいも何も。お前には、返さなきゃならない恩が山ほどある。安いもんだよ、遊園地くらい」
キーロの瞳に、少しだけ生気がよみがえった。
「そう……。じゃ、行ってあげてもいいわよ。受験勉強の息抜きにね」
「おう。任せとけ。あそこ、いい絶叫系が沢山あるんだぜ?」
「それは、もういい。もっと、和やかな時間になるようにして」
「そうか?」
「そ・う・よ!!」
まあ、さっきとんでもない絶叫マシンに乗ったばかりだからな。
こう思うのも、当然か……。
「さて、無駄話は、お終い! 二回目、行くわよ」
キーロが、雄々しく立ちあがる。
だが、まだ足取りは頼りない。
「それで、行けるのか?」
「い・け・る・わ・よ!! 自分で言いだした練習だもの。投げ出すわけないでしょ」
俺は、キーロのこう言うところを尊敬してる。
彼女は、ネガティブな言動をほとんどしない。
常に、前向きだ。
俺は、彼女のそういう長所に、助けられてきた。
今も、そうだ。
だから、せめてこいつの足を引っ張ることだけは、しないようにしたい。
それだけじゃなくて。
いつか、キーロが俺をもっと頼ってくれるように、なればいいのになぁ。
「よし! じゃ、二回目だ。次のタイミングは、どうする?」
以上のような思いを隠して、俺は主治医に負けないように、元気よく意気込む。
新しい扉への暗中模索は、始まったばかりだ。
(続く)




