練習再開
(天空都市群グングニル中央島北東地区:第二円形闘技場)
三連休は、慌ただしい騒ぎと共に、過ぎ去っていった。
今日は、十二月十一日。
練習再開の日である。
また、早朝から厳しいトレーニングに、俺は取り組んでいた。
「はい! 人型でのアップは、そこまでよ。次! アニマ―ジュ!!」
いつも通りの、キーロの叱咤が第二円形闘技場に響く。
やれやれ。
朝っぱらから、ほんと元気だよな。
「オーケー! 次は、アニマ―ジュでウェイトか?」
「そうね。いつも通り、『鎧』を鍛えるわよ! ここ三日は休憩してたんだから、念入りにやるわ!」
その言葉通り、今日の訓練には、いつもより長い時間と手間をかけている。
試合明けの練習は、怪我をしやすいのだ。
そのことも含めて、俺の主治医は、いつもより慎重なのだろう。
そのぶん、俺の睡眠時間がなくなるわけだが。
ふわあ。
眠いぜ。
凍結飛竜があくびをかみ殺すと、地上からホイッスルが警告してくる。
「なにぼさっとしてるの!? ランク11位のスーパーリーガーに昇格したからって、調子に乗るんじゃないわよ。いつ、私が手を抜いていいといったのよ!!」
「うへー。こぇーなあ。」
「なにか、言った?」
地上から、『魔女の笑み』が、体長20メートル近い飛竜を射貫く。
「……いえ。なんでも、ありません」
俺は、指示通りに、トレーニングに精を出した。
朝四時起きで、一時間後にはトレーニングに取り掛かり、基礎的なものがやっと終わったのが、昼過ぎだった。
円形闘技場に備え付けられた大型モニターで時刻を確認すると、もう二時半である。
無論、ここまで、飯抜きである。
「なあ、キーロ。腹減ったよ。そろそろ、一旦休憩しないか?」
「そうね……」
『サーチ』で、変身後の姿をつぶさに観察する主治医に、俺は陳情する。
「そんなにじろじろ見て。俺の肉体美に惚れたか」
「馬鹿は、休み休みいいなさい。この間の変化の原因を、探っているの」
「この間の……? ああ。あれか」
俺は、すぐに思い当たった。
二度目の襲撃事件のときの『あれ』だ。
襲撃者が、キーロを手にかけようとしたとき。
激昂した俺が、顕わにした、あの力だ。
「はっきりいって。なんなのか、自分でも、わからないんだ」
「実感はないの? なにか、体内に微細な変化が起こった、とか……」
「……うーん。ないんだよな、それが。でも。確かに、あのときは感じたぜ。芯まで瞬時に凍らせそうな、可能性……を」
定まらない俺の言葉に、キーロは眉を顰めた。
「あのねえ。こういうときくらい、変にかっこつけないで、ありのままを言いなさいよ。全く。これだから、グラディエーターって、めんどくさいわ」
グサ!
俺、そんなこと、意識してないのに……。
「勘違いだろ! そんなつもりで言ったんじゃねーし。お前こそ、いっつも俺に言いがかりをつけるだろうが。そうやってさ。構って欲しいんだろ?」
「はああ!? ふざけないでよ、この自意識過剰男! 私がどうして、わざわざ不愉快な人種と積極的に接触を持たないと、い・け・な・い・の・よ!!」
「なんだと!?」
「なによ?」
俺達は、他の選手も練習する円形闘技場の中心で、ギャーギャー罵り合った。
暫く、そうして膠着状態が続くのかと、思われたが……。
「――あーあ。痴話げんかなら、闘技場の外でやれよ、氷息帝と女天獣師。聞いちゃいれねぇ」
俺達二人に、割って入る奴がいた。
その彼に、キーロがきつい視線を向ける。
「なによ、ミリアムハートJr。私、この鳥頭の猛獣をしつけてるだけだから。ほっといてよね。あんたとの勝負は、もうついたんだから」
誰が鳥頭だ。
サディストの魔女め。
グレイ・ミリアムハートJrは、そんなキーロにちっとも臆さない。
奴もトップクラスの天空闘竜士だ。
胆力も、並みではないのだろう。
「ふうん。別に、お前らが莫迦騒ぎしようが、朝までやりまくってようが、興味ねぇよ。好きにしろ」
ものすごい表現だな。
案の定、キーロが真っ青になった後、真っ赤になって奴に電撃を繰り出す。
「おっと。二度も、その手はくわねぇ」
だが、あっさりかわされた。
電撃の指先をかわされたキーロは、代わりに苛烈な視線を金髪に向ける。
「……下品な忠告、どうも。でも、興味ないなら、あなたにはそうでもいいことでしょ? さっさと消えてくれないかしら」
「ヒュー。相変わらず、きついねぇ。だが、これから、俺の親切を知ることになるぜ、『魔女』」
そう言うと、奴はポケットから記事の切り抜きをとりだした。
光の速さで、俺はその内容を確認する。
しまった!
昨日広場で読んだ、例の週刊誌の記事だ。
キーロ本人に知られないように、結局部屋に帰るまでに、あの雑誌は処分したのに……。
ミリアムハートJrも記事の当事者だったから、これを知っていたに違いない。
「おい、若手。その記事、寄越せ」
俺は、ブリザード・ワイバーンの姿のまま、人型の金髪を威嚇した。
色素のない赤い目を、奴は興味深そうに、俺に向ける。
「ふーん。まだ、言ってなかったんだな。隠すつもりなら、無駄だぜ、氷息帝? お前と俺が言わなくても、そのうち誰かが伝えることになるさ。ゴシップっていうのは、そう言うもんだ」
「う……。でもな!」
「安心しろよ。別に、喧嘩を売ろうって訳じゃない。ただ、巻き込まれた人間からの忠告だ。俺に勝ったことで、今後はこういう目も気にしなきゃならない。それだけの相手に、あんたは勝ったのさ」
「自分でいうのかよ、それ……」
「ま、いずれにせよ。多数の目を気にしなきゃならないのは、事実だ。無論、あんたはまだいい。一回は、そこそこの悪役有名人だったんだからな」
「悪役っていうな!」
「だが」
そこでようやく、金髪はキーロの方に視線を戻した。
俺と金髪の会話を、キーロは怪訝な表情で見守っていた。
蚊帳の外にされて、憤怒が募っている。
「それで? さっきから、こそこそ、一体何なの? 無性にイライラするわ」
「こいつは、違う。この間まで、ただの一般人だった。俺達みたいな、小さいガキの頃から注目を浴び続けて、慣れてる人種とは、違う」
「長い前置きね。さっさと核心をいいなさいよ」
「おい待て、金髪!!」
二人に待ったをかけようとするが。
「あなたは、黙って今のうちにプロテインを補給してなさい」
キーロの眼光が、俺を静止させる。
仕方がないので、俺はアニマ―ジュを解除して、用具入れの中のプロテインを手に取った。
それを補給しながら、二人の会話を見守る。
無論、金髪が変な事をしでかせば、こないだの再演をやってやるつもりだったが。
「……まあ、論より証拠だな。これ見てみな。『魔女』」
ミリアムハートJrが、例の切り抜きを差し出す。
「なによ、これ。週刊誌の記事……?」
不思議そうに、キーロはそれを手に取った。
それに、目を通し始める。
そして、読み終わったとき、わなわなと切り抜きを持つ手を震わせた。
「な、なによこれ!!? こんな記事、滅茶苦茶だわ!! 酷い、訴えてやる!!!」
憤慨するキーロ。
あーあ。やっぱり、こうなったか。
だから、本人には見せないでおいたのに。
記事に動揺したキーロが、俺達二人に尋ねる。
「あ、あなたたち! この記事、知ってたの?」
「「まあな」」
俺とミリアムハートJrの返答が重なる。
それに驚いたらしいキーロが、更に質問を続ける。
「なんとも、思わないの?」
「「慣れてるし」」
まただ。
なんだか、不気味だな。
ミリアムハートJrを、睨むが、その感覚は奴も同じだったらしい。
奴が俺に向けるのは、縦皺が深く刻まれた表情だ。
「……どうして、二人とも同じ答えなのよ……」
「「知るかよ」」
ああ。もう駄目だ。
鳥肌が立っちまう。
でも、それは相手も同じことでーー。
「おい、氷息帝。喧嘩売ってんのか。わざわざ人の返答に、被せてきやがって」
「こっちの台詞だ。気色悪い芸当はやめろ。でないと、これからすぐにでも、またタックルで円形闘技場の地面に沈めてやるぞ」
睨みあう俺とミリアムハートJr。
やはり、飛竜型のグラディエーター同士、争いは避けられない……。
と、思ったが。
俺と奴を、落雷が襲った。
雷源は、すぐそこである。
『魔女の笑み』を浮かべた俺の主治医が、地面に伏す二人の闘竜士を眺めていた。
「あなた達のことは、どうでもいいのよ。早く、わ・た・し・の。ことについて、知っている限り、教えなさい。いいわね?」
俺はがたがた震え、金髪は額から汗を流して、一緒にこう答えた。
「「……はい」」
暫く、第二円形闘技場では、十番台の闘竜士二人が、魔女に正座させられる光景が、続いたという。
――やっぱり、知らせない方が、良かったんじゃ……。
(続く)




