行間:噂の魔女
(天空都市群グングニル中央島南東地区:ショッピングモール街)
結論から言うと、俺は逃げ出した。
全く眠れなくて、寧ろ鼓動が速まるばかりで。
俺は、堪え切れなくなって、外へ避難した。
俺を『甲斐性なし』だと感じる諸君、遠慮なく、俺をののしるがいい。
その屈辱は、甘んじていけるつもりだ。
でも、はっきり言って、俺は戸惑ってる。
だって、今までビジネスパートナーだった奴が、いきなり、あの、その、『そういう』存在になったんだ。
信じられるか!?
恥を忍んで言うなら、俺は当惑してる。
まだ、気持の変化に、本能と頭がついてこない。
はあ。
……でも。
そもそも、俺はいつ、こういう気持になったのだろうか?
指示語ばかりで、何のことか分からない、なんて、言わないでくれよ。
勿論、例の感情について、もっといえば、その感情が間欠泉みたいになった瞬間のことだ。
いつから、なんだろう?
病室でキーロが目覚めたとき?
襲撃者にキーロが捕まったとき?
ミリアムハートJrとのいざこざのとき?
それとも、もっと前?
さっぱり、分からない。
情けない話だ。
でも、何となく、この気持を明瞭にしやがった元凶は、誰だか分かる。
――フェリェだ。
あのピンク髪のせいで、こんなことになった。
覚えてろ。
今度、あの女が儲けてる印税の一部を、この間のボディーガード代として、たんまりせしめてやる!
俺は、取立ての気持を新たにし、天空都市を歩いた。
気がつけば、だいぶ歩いてきていたようだ。
新居のある南西地区から、俺は中央地区の市庁舎前まで来ていた。
ずいぶん歩いたんだな。
でも、その間の記憶は、曖昧だ。
脳裏に焼き付いたキーロの微笑みが、浮かんでは消えていた記憶しかない。
その柔和なイメージが明瞭になるたび、俺は歩く速度を速めたり、頭を振ったりして、その残像を追い払った。
ときには、奇声をあげすらしていた。
そのときは、通行人に怪訝な眼で見られてしまったっけ。
やれやれ。
ため息をつきながら、俺は掲示板近くのベンチに座った。
このベンチは、丁度、ミリアムハートJrとの因縁が始まった場所だ。
つい最近のことだが、もうだいぶ前のことのように、思える。
オーバーヒートした頭を、広場を様々な方向にわたっていく人々を眺め、冷ます。
こういうとき、どうして俺の冷凍能力は、役に立たないんだろう。
なんでも、凍らせられるはずだ。
この変な気持も、冷凍保存してしまえれば、いいのに。
俺は、ないものねだりをする思考から、視覚をかい離させ、ひたすら通行人の様子を、観察した。
十二月は、いうまでもなく、年末である。
これは、地上界でも変わらないことだろう。
そして、その世界と同じことが、この時期には、もう一つある。
公共空間に、カップルが多いのだ。
困ったなぁ。
どうして、よりにもよって、こういう時期なんだろうか。
気持にそっぽを向くのに、難しい時期だ。
流されてしまいそうである。
おっと。
危ない、危ない。
どつぼに嵌るところだった。
気を取り直して、そこの売店で雑誌でも買おう。
こういうときは、小難しい経済とか政治よりも、くだらない芸能関連が、一番だ。
ゲスい週刊誌でも買って、日常を忘れよう。
俺は、ほとほと不純な動機で、週刊誌を一部買った。
まあ、週刊誌を買う動機としては、正しいのかも?
表紙になっているアウラには眼もくれず、俺は記事を読み始めた。
……いつも通りの、内容だった。
浮気、不倫、ダブル不倫。
それに、訴訟事件。離婚騒動。
醜聞のオンパレードだ。
自分で買っておいて何だが、嫌になるね。
まあ、でも。
さっきの鼓動は、忘れられるかな……。
俺は、三十分くらい、様々なゴシップに没頭した。
しかし、どいつもこいつも、こんなことに興味あるのか。
買ってる俺が言っても、根拠薄弱だが。
たまに、『こういうの、ほっといてやれよ』みたいのもあるしなあ……。
特に、一般人を対象にした記事とか。
どんだけ、ネタ不足なんだって思う。
ほら。この記事もそうだ。
えー、なになに?
最後の方に見開きで扱われていたページで、俺は手を止める。
タイトルは、こうだ。
――『熾烈な愛憎劇!! 二頭の竜を虜にする、謎学生の正体とは!?』
まーた、こう言うネタだ。
全く、学生相手に、こういう記事書くなんて、よっぽどネタ不足なんだなあ。
それにしても、二頭の竜って、誰と誰だろう?
えー、なになに。
以下、本文である。
――『円形闘技場に還ってきた氷息帝、ザザ・ムーファランドと、勢い盛んな若手スーパーリーガー、グレイ・ミリアムハートJrの決戦は、大方の予想を覆し、氷息帝の辛勝に終わった――』
…………。
嫌な予感がしてきた。
ここで雑誌をゴミ箱に投げいれようかとも思った。
が、どうしても気になったので、読み進める。
――『この勝負の裏に、とある少女の存在があったことを、記者はさる確かな情報筋から掴むことができた。二人のトップ天空闘竜士が奪い合う女性に、興味を抱いてしまうのは当然であるが、更にそれを書きたてるのは、彼女の才能である』
おいおいおい。
これって。
やっぱり……。
文章は続く。
――『その情報筋によると、その女性はたぐいまれな才女だということである。その専門分野は、屈指の権威を誇る、天空獣医学であり、それが二人の若き天空闘竜士たちを、争わせる原因の一つになったことは、想像に難くない』
……うーむ。
これは。
もう、決まりだな。
記事は、最後にこう結ばれていた。
――『また、彼女は眼が印象的な、清楚美人であるらしい。「魔女」と呼ばれる彼女の美貌が、二人のグラディエーターの争いを熾烈にしたというのは、記者の思い込みであろうか……』
思い込みだぞ。
だが、これは由々しき事態になってしまった。
まさか、俺とミリアムハートJrだけではなく、一般人のキーロにまで、マスコミの関心が及ぶとは。
これは、気をつけた方がいいかも知れん。
……どうしよう。
これ、キーロに知らせた方が、いいのかな?
いや、でも。
キーロは受験生だ。
いらない心配を、かけたくないし……。
極力、俺がなんとかしよう。
世間の好奇の目から、守らねば。
……本人に、気づかれずに。
そう、俺は決心した。
読み終わった雑誌を、捨てようかどうか迷ったが、貴重な資料なので、持って帰ることにする。
もう一度、部屋に帰って、さっきの記事を読みなおそう。
そう決めて、俺は帰り道を急いだ。
……結局、また新しい懸念材料が増えただけだったな、この徘徊。
(続く)




