ささやかな祝賀会
(天空都市群グングニル中央島南西地区・内陸部裏路地通り:飯所「東洋亭」)
「かんぱ――――い!!!」
東洋亭に、上機嫌なキーロの音頭が響き渡る。
「……なんだ? 貸切か??」
試合が終わってから、俺はインタビューや昇格の手続きに忙しく、開放されたのは夜の七時になってからだった。
腹が減ってふらふらで「東洋亭」の引き戸を開けると、ささやかな祝賀会が始まったのである。
「本当に、良かったなぁ! 氷息帝さんよ。これで、めでたくプレミアプロに昇格って訳だ!」
「すごいわねぇ。ランク11位だなんて。感心しちゃう」
「東洋亭」の大将とおかみさんも、激闘に勝利した俺を祝福してくれる。
「ありがとう、二人とも。ササミサンドのおかげだ」
「うれしいねぇ! 今日は、たんと食べてってくれよ。サービスするぜ!?」
「ありがたい。腹ペコなんだ」
腕をまくる大将に微笑んで、俺はいつもの席に座る。
「ふう。ひと段落だな。難しい試合だった」
そう独りごち、喜びをかみしめる。
俺は、勝ったのだ。
『台風の目』グレイ・ミリアムハートJrを下し、見事、昇格したのである。
ランクは、555位から11位まで急上昇。
七帝圏内のランク七位まで、もうすぐだ。
なにより、確かな実力を持つミリアムハートJrに勝てたことが、大きい。
口こそ生意気だが、奴は強かった。
その相手を凌いだからこそ、価値のある勝利の美酒なのである。
「ザザ! 今日のあなたすごかったわ! ミリアムハートJrの斬撃を、右と左と華麗にかわして、最後に痺れる一撃!! 白金の嵐飛竜が地面に落ちたとき、私、どれだけうれしかったことか……!」
隣のキーロは、いつになく饒舌だ。
かなりうれしそうである。
不安から解放されたので、明るい気持ちなのだろう。
俺も、勝ったかいがあったというものである。
うむうむ。
「ふーん。そういう顔も、できるんだな。ファンの女の子みたいだぞ」
少しニヤついて、キーロの顔を見つめる。
と、奴は赤くなって視線をそらした。
「ば、ば、馬鹿! 人柱にされないことを、喜んでるだけだから。勘違い、しないでよね!!」
「わかってるよ。お前を不安にさせないグラディエーターに復活してやるさ。試合のたびに泣かれちゃたまらん」
本当は、キーロの涙をみて、闘志が数倍になったのだが。
そんなこと、素直に伝えられる訳がない。
「俺とお前のビジネスは続行だ。お互い、最上の結果を出して、最上の結果を掴む。俺達が目指すのはそれだけだ。そうだろ?」
「……ふ、ふん! わかってるわよ。次も、さっさと勝ちなさいよね! 私、野蛮な競技なんかに、興味ないんだから!!」
「……さっき、すげえ楽しそうに試合のこと語ってたろ」
「う、うるさい!! 言ってないから!!!」
なんだか、俺よりキーロの方が舞い上がっている。
まあ、それはそれでいいか。
自分の勝利を喜んでくれる人がいること。
美酒を分かち合える存在があること。
それは、天空闘竜士にとって、かけがえのないものだ。
「なにはともあれ。この大一番は、俺達の勝ちだ。一歩前進できたぜ。ありがとな、キーロ」
「へ? ……う、うん。私も。し、信じてから。勝ってくれて、ありがとう。ザザ……」
「気にすんなよ。それが仕事だ」
それだけ言って、渇いた喉を潤すため、グラスの水をあおる。
すぐに空になってしまったので、おかみさんが注いでくれた。
「さ。今日は、沢山食べてね。あれだけ円形闘技場で動いたら、お腹、減ったでしょう?」
「どうも、おかみさん。じゃ、和牛定食――」
「――じゃくなくて、ササミ定食。三人前」
俺の注文はキャンセルされた。
不届きな隣の女のせいだ。
「おい! 今日ぐらいいいだろ!! 何のために灰と白金の風を避けまくったと思ってる?」
キーロを睨むが、奴はもう平静を取り戻していた。
恐ろしいほど、気持の切り替えの早い女だ。
トップのグラディエーターが、自分のために円形闘技場で闘ったんだぞ?
普通、一般人ならうれしくて二・三日は夢見心地のはずなのに。
「私とあなたの目的のためでしょ」
「なに?」
「つまり、食事制限は解除できないわ。あなたは今晩もササミよ」
「鬼! 悪魔!! 納豆とオクラのポン酢がけ!!!」
「最後のはなんなのよ?」
「俺の嫌いな食べ物だ」
「そう。じゃ、おかみさん。それ三人前頂戴。ここにいるスーパーリーガーさんが食べるから」
「ふざけんな!!」
バン!
テーブルを叩いて抗議するが、キーロには馬耳東風だ。
結局、俺の夕飯はササミ定食と例のネバネバを、三人前ずつとなった。
なんてこった。
数千万ミスリルのファイトマネーが賭けられた試合に勝った日の晩餐が、ササミとネバネバだとは。
信じられるか!?
普通、特上サーロインステーキと、ヴィンテージ・ワインだろう。
だというのに、味気ない脂身もないこいつらが、今日の糧とは。
とほほ……。
俺はいまだに使いなれないチョップ・スティックとかいう棒きれと格闘しながら、ミリアムハートJrと同じくらいの難敵に苦戦していた。
「もぐもぐ。……おい、なんなんだよ、このネッバネバ。喉に絡むんだが……」
「残さず食べなさいよ。血液がさらさらになるんだから。そうすれば、女性に対して自意識過剰なあなたの脳みそに、よく酸素が供給されるわ」
「へえ。ブリザード・ワイバーンの天翔ける姿に感涙してたくせに」
「気持の悪い言い方は止めて。それと、今日の整体は、念入りにやるわよ。後、此処から三日は安静にしてもらうから。あれだけ動けば、翼の消耗も激しいわ。念入りにメンテナンスするわよ。ね・ん・い・り・に・ね!」
腹黒い奴だ。
言葉で不利とみると、主治医の立場を悪用して、報復しようと試みている。
「おいおい。分かってるだろ? 俺今日、しんどいんだよ。早く帰って風呂入って寝たいんだ! カプセルホテルにまた止まらなきゃいけないし……」
「そのことなんだけど。何処か、いい物件を探しましょう。スーパーリーガーが、家すら借りてないって恥ずかしいわ。今日のファイトマネーもいくらか入るだろうし」
「くそ高い魔導石の代金を差し引かれた半額がな」
「そうね。でも、半額でも当分の暮らしには充分な額よ」
俺は、運営協会から今日の賞金額を聞いて、少し心が躍った。
人気スーパーリーガーだった『台風の目』が、事前にメディアを使って宣伝したかいもあって、賞金の総額は、1800万ミスリル近く。
その半額近くは、このあいだキーロが購入した『標の石』の代金として引き落とされる。
(※まあ、正確にいえば。俺達が見積もっていたよりも、賞金額の方が少しばかり多くて、『標の石』の代金だけで、半分もなくなることはないのだが。これは、賞金額を知らされた俺だけの知る事実だ。キーロには黙っておいて、俺のへそくりにしてやろう。むふふ)
更に、税金も引かれることになるが、それでも手元には700万ミスリルくらいは残るだろう。
結構、いい額である。
贅沢しなければ、念願のバイクが買えそうだ。
明日は練習を休みにするようだから、いい掘り出し物がないか、身に行くとしよう。
楽しみだな。
「うーん。まあ、確かにそうだなぁ。お前の家に居候させてくれれば、家賃かからないんだけど……」
そうすれば、バイクの購入代金ができる。
が、キーロは詐欺師をみるような眼で、俺を睨んだ。
「……どうせ、いかがわしい魂胆があるんでしょ。いやよ、私。あなたを置くスペースがあるなら、新しい専門書を置くわ」
可愛げのない女である。
「ふん。初めから、期待してねーよ。今日も楽しくカプセルホテルしてやる」
「ああ、そう。お好きにどうぞ」
全く。
祝賀会が始まったときは、少しは評価が上がったのかな、とか期待してたのに。
あんまり芳しくないようだ。
まったく、誰のために『氷の玉座』を二回も浸かったと思ってるんだか。
あれ、使うの大変なんだよなぁ。
ふつうは、切り札で一回しか使わない所を、二回も乱発して勝ったのである。
まあ、それだけ俺が本調子に戻りつつあり、そして対戦相手が強かったということなのだが。
「じゃあ私、今日は帰るわね」
そんな俺の思いを露知らず、キーロはサバサンドを食べ終えて、席を立ってしまう。
「もう帰るのか?」
「勉強しなきゃ。あなたとの約束が成就しそうな今、私には、あなたの怪我を治す以外に、もう一つ課題があるわ。バカロレアで一位をとることよ」
ああ。来年の入試のことか。
グングニル大学天空獣師学部に入学するには、全体で四十位以上に入らないといけない。
今は十二月。
バカロレア試験は来年の上半期だから、そろそろ本腰を入れねばならないのだろう。
「……でも、一位って。たしか、四十位でもいいんじゃないっけ?」
自分の運命を左右する大一番の数時間後には、もう試験のことを考えるとは。
どういう思考回路なんだろう。
俺には、理解できない。
「一位じゃないと、い・や・な・の!!」
が、キーロはきつ然と言い放った。
「……あー。そうですか」
止めても無駄そうなので、キーロを表まで送る。
「じゃあな。気いつけて帰れ」
表の通りは寒かった。
「食べ終わったら、私の部屋に来て。念入りに整体するから」
「わーったよ」
俺の飯はあと一食分と半分残っている。
特に、あのネバ吉に苦戦しそうだ。
「全く、冷静だよなぁ、お前。あの大一番の祝賀会が終わった後にすることが、勉強かよ。今日のこと、そんなにうれしくないのか?」
きびきびと通りの向かいに去っていくキーロに、そんな言葉を、気づけばかけていた。
なんでこんな馬鹿馬鹿しいこといったんだろう?
試合で疲れてるんだろうな。
そのときだった。
キーロが通りを渡りきって、こちらを振り返る。
「……うれしかったわ。本当に、嬉しかった。だって、あなたの勝利は、私の勝利だもの。あなたは、私の夢。あなたが高く飛べば、それだけ私の夢も舞い上がるもの」
なんだ。
俺は、自分の猜疑心を恥じた。
承認欲求に餓えて、主治医を信じなくなるとは。
情けない奴だ。ザザ・ムーファランド。
「おい! キーロ!!」
「なに?」
「七帝まであと少しだ。これからも、よろしく頼むぜ、主治医!」
キーロは通りの向こうで笑う。
「がんばってよね! 私、今年も受かるから!!」
キーロはアパートの階段を昇っていく。
俺は、自分の夕飯(持ち場)に戻った。
暫くして、ネバネバを平らげたあと、俺は本当に念入りに電撃整体された。
……試合のたびにああなら、かなり気が重い。
――なにはともあれ。
今日の試合、勝ったぞ!
……明日、バイクを身に行こう。
むふふ。
(続く)




