特別なのさ
(天空都市群グングニル中央島北東地区:第二コロッセウム)
「――その姿。お前……」
ブリザード・ワイバーンの精悍な眼が細められる。
鎧を失い、真実の姿を円形闘技場に曝した嵐飛竜は、低い嗤いをあげた。
「――ふ。ふふ。この姿を明らかにした奴は、お前が始めてだ、氷息帝」
奴が血走った両目を向ける。
見たこともない姿の飛竜。
「――親とは、ずいぶん違うんだな」
姿自体は、奴の親であるミリアムハートSrと瓜二つだ。
だが、体色が徹底的に違う。
「そうだとも。俺は特別な存在なのさ。生まれつき。生まれつきだ! あくせく鍛錬して、特別な存在になったお前みたいなアニマ―ガスとは、訳が違うんだよ」
「……だから、お前の頭髪は金髪だったわけだな。家系に誰もその色髪はいなかったのにも関わらず」
「金? 違うな。白金だよ、氷息帝。俺の選ばれた遺伝子の変化が、この姿を俺に与えたのさ。俺は特別なんだ! 生まれついてな!!」
「それが、その姿というわか」
俺は、風の鎧を剥がれた嵐飛竜の全身を眺めた。
先程も言ったように、奴の体系は、先代と変わりない。
違うのは、体色だ。
先代のミリアムハートJrの体色は、灰色の鱗と青の眼球だった。
しかし、ミリアムハートJrはそうではない。
奴の全身は、ほとんど白に近い金色で、両眼は赤なのだ。
アルビノ色素体。
黒色を構成するメラニン色素が欠乏することから起こる白化の突然変異だ。
多くは、遺伝的な原因である。
簡単にいえば、色素を構成する遺伝子の異常から、体色が白くなってしまう変異体のことである。
恐らく、やつはアニマ―ガスになる前から――つまり生まれたときから――アルビノ色素体だったのだろう。
アルビノは遺伝異常に起こる場合が多いため、成長途中で死亡するケースが、普通のケースよりも多いという。
これは推測だが、ミリアムハートSrが、Jrの生誕付近で欠場していたのは、生まれた当初Jrがフィジカル的に丈夫でなかったからかもしれない。
だが、生まれた当初は病気がちだったJrは、後に逞しく成長し、アニマ―ガス試験に合格する。
そして、その変身後の姿も、変身前の色素体異常を受け継いで、灰色から白金の体色になったのだ。
たぶん、目の前のJrは、困難だった幼少時代を生き抜き、アニマ―ガス後の姿を見て思ったのだろう。
自分は、特別な存在だ、と。
その証拠に、奴は生まれついての特別さを、必要以上に誇示している。
それは、おそらく、アルビノとして生まれた自分の宿命への挑戦でもあるのだ。
「なるほど。キーロの言っていた波動の正体は、これか」
「フン。そうだよ。七帝入りまで秘密にするつもりだったのだがな。世にも珍しい、アルビノ色素体のアニマ―ガス。そして、七帝。前例のない存在だ。一手に俺へ注目が集まるはずだった。それを台無しにした罪は重いぜ」
白金の嵐飛竜は言う。
奴の鱗は、染み一つない白金の工芸品だ。
俺が見てきたどのアニマ―ガスとも違う。
非現実めいた美しさすらある。
現に、円形闘技場はざわめいていた。
奴の姿に皆、驚いているのだろう。
「ふふふ。俺の先天的な才能に、誰もが引き付けられる。眼を離せなくなる!! どうだ氷息帝。お前も見たことが無いだろう?」
「初めてみた。でも、珍しさで七帝になれる訳じゃないぞ、Jr」
「はん! お気楽な奴め!! アルビノ色素が、ただ体表だけに影響を与える物だと思っているのか?」
「……まさか、能力にも?」
「自分の身体に刻み込んで確かめろ!!」
白金の竜が、俺に向かって飛来する。
俺は左旋回で交わし、闘技場の端から脱出した。
さっきまで俺がいた氷の繭を、白金の飛竜が粉砕する。
「ふん! 基本的な肉体の性能に、大差はないようだな!」
氷の破片が、俺の回避先まで飛んでくる。
それを浴びながら、こちらを振り向くアルビノのアニマ―ガスに話しかけた。
「だったら、どうした。ここからが違うところだ!!」
奴は、二枚の翼で風を放ってくる。
俺は、一度交わした感覚をもとに、かわそうとした。
だが、悪寒がする。
とっさの判断で、余分に体を捻った。
そして――。
「ぐあッ!!」
俺の尻尾に浅い切り傷がつく。
妙だ。
さっきまで完全に見切ったはずの攻撃を余分に避けているのに、避けきれない。
「……見た目だけじゃないようだな。特別なのは」
わき腹と尻尾、二か所から血を滴らせ、ミリアムハートJrを睨む。
奴は、不遜な笑みを獰猛な獣の口元に浮かべる。
「いったろう? 特別なのさ!!」
言下、奴は何十もの真空波をこちらに送り出してきた。
まずいな。
さっきでもギリギリだったのに、これ以上隙間がなくなれば、完全に嵐の餌食になっちまう。
「くそ! 何かいい手は……」
俺は、再び闘技場内を飛び回った。
所狭しと曲芸飛行する俺の後には、さっきよりも範囲の広くなった斬撃が通り過ぎていく。
何度か、浅く体が切り裂かれた。
「ふはははは!! 逃げるだけか、氷息帝!!!」
そう言った矢先、奴は凶悪な一撃を俺に向けて放つ。
「確かめてただけだ! お前の特別さをな!!」
俺の口内で、収縮された冷気が渦巻く。
次の瞬間、互いの一撃がぶつかり、氷の竜巻が両者の中間地点で吹き荒れた。
それが晴れたとき、お互いがまだ宙にいる。
「……ふん。流石は元七帝なだけはある。しぶとい奴だ。だが、次の一撃でけりをつけてやろう」
白金の嵐飛竜は、自信に満ちた声で言う。
「同感だな。これ以上は、怪我に触る。勝負を決めさせてもらうぞ」
にやり、と。
嵐飛竜の口元が猛々しく吊り上げられた。
「ならば! 俺の姿を露わにした代償を払え!! ――『金科玉風』!!!!」
灰色ではなく、白金に渦巻く風が、極限まで蓄えられていく。
ミリアムハートJrは、この一撃で勝負を決める気だ。
恐らく、互いにとって、これが最後の攻撃になることだろう。
俺は一瞬、観客席に目を走らせた。
そこに、小さい少女の姿が見える。
キーロだ。
ワイバーンの目で確認しても、小さな存在の表情までは、判別することができない。
だが、あいつは願っているはずだ。
――俺の、勝利を。
ブリザード・ワイバーンの周囲を、絶対零度が支配する。
「――『氷の玉座』」
円形闘技場の右半分で、白金の風が吹き荒れる。
もう半分を、全てを停止させる凍気が支配する。
刹那、その二つが咆哮と共に、ぶつかりあった。
白金と白銀が円形闘技場に渦巻き、視界が奪われる。
そして、明瞭になった視界に移されたのは、疲弊しながらも力強く飛ぶ嵐飛竜の姿。
観客達は、ミリアムハートJrの勝利を、今度こそ、確信した。
だが、コロッセウムの地面に、俺の姿はない。
俺は、はるか上空から、その様子を眺めているからだ。
十二月の冷たい空気が、唸りをあげて落下する俺の耳元を通り過ぎていく。
太陽を背後にして、俺はミリアムハートJrの頭上から、襲いかかった。
「――な! 貴様、まさか――」
「――そうだ。さっきの攻撃はフェイクだぜ!!」
二人の渾身の一撃が激突した直後。
俺は、衝撃で奴の視線がそれた一瞬の隙を、見逃さなかった。
その瞬間、俺は天高く舞い上がり、太陽を背に、奴へ一直線にダイブしたのだ。
「鎧は剥がれた! もう受け切れまい!!!」
俺の言下、かなりの高度により加速がついたタックルが、嵐飛竜に炸裂する。
奴は受け身をとる暇もなかった。
白金の巨体が、地鳴りを立ててコロッセウムの地上に堕ちる。
『――なんという逆転劇だ!! やはりこの男はタダものではない!! 白金の嵐飛竜を下し、見事勝者となったのは!! ザザだ! 氷息帝、ザザ・ムーファランド!!!!』
実況が俺の勝利を、コロッセウムに伝える。
観客が、ようやく訪れた決着に沸き立つ。
俺は地上におり、アニマ―ジュを解除した。
最後の一撃により、強制的に人間の姿に戻った対戦相手の元に行く。
奴は、俺の姿を見て、ニヒルに嗤った。
「……ふん。笑えよ。所詮、俺はこれだけの男だったてことだろう、氷息帝?」
ふー。
俺は短く息を吐き出す。
「今はそうだ」
「ふん、そうかよ」
「だが、近い将来、お前は七帝入りするだろう。それに見合った実力はある。手ごわい相手だったぜ」
手を差し伸べる。
ミリアムハートJrは、ぶっきらぼうにその手を払う。
そして、疲れきった体を起こした。
「同情はうけねえ。俺だってグラディエーターだ。いつか、あんたにもう一度、闘いを挑む。そして、今度こそは俺が勝つ!! それだけだ」
「ふうん。そうか。待ってるぜ。だが、次に対戦するとき、俺は本当に皇帝だ。生半可な力で勝てると思うなよ、若造選手」
口角を片側だけあげて、去っていくミリアムハートJrに告げる。
奴は、人差し指で俺を指した。
「嫌みな奴だな。だが、好敵手はそれくらいで丁度いい。俺があんたに勝つまで、他の奴に負けるんじゃねえぞ。いいか、絶対だ!」
「安心しろ。そんな予定はない」
「ふん。やっぱり、俺はあんたのことが嫌いだぜ……」
「同感だな」
ミリアムハートJrは去っていった。
彼は負けこそしたが、まだ若い。
これからもっと伸びて、アウラのような良き好敵手になるだろう。
未来の好敵手の背中を見送り、俺は再びアニマ―ジュする。
凍結飛竜の姿で、闘技場の中心まで舞い上がった。
そして、勝利の勝ち鬨をあげる。
勇ましい方向に、円形闘技場は勝者への礼賛を惜しまなかった。
俺は、勝ったのだ。
これで、ランク11位のスーパーリーガー。
七帝までの扉は、あと少しに迫っている。
(続く)




