愛車を求めて
(天空都市群グングニル中央島南東地区:ショッピングモール街)
ミリアムハートJrとの決戦の日から、夜が明けた。
いつも通りカプセルホテルをチェックアウトした俺は、朝一番で中央島南東地区に向かっていた。
南東地区には、巨大な商業施設がある。
たくさんモールなんかもあるから、散在にはもってこいなのだ。
俺の狙いはただ一つ。
キーロに隠したへそくりで、念願のバイクを買うことである。
むふふ。
喜びの笑いが止まらない。
終に、念願だった愛車を再び手に入れるときが来たのだ。
全盛期は、誰もがうらやむスーパーカーを数台と、コレクション物のバイクを二台、持っていた。
……例の怪我で、全て売り渡してしまったが。
まあ、流石に当時くらい無駄遣いする気は、ない。
俺も、大人になったのである。
貯金することを覚えたのだ。
今度、資産運用の仕方とか、キーロに聞いてみよう。
あいつ、詳しそうだし。
というわけで、狙うは普通の二輪車である。
新古車なんかがないか、ディーラーを回ってみよう。
ぴかぴかの新車が欲しいが、あれは高い。
新古車なら、そう変わらない状態で、いい買い物ができるからな。
狙うは、コスパなのである。
レッツ、ショッピング!
と、意気込んだのはいいのだが……。
「……なんだよ、これ」
混んでる。
ものすごく、混んでる。
土曜日のショッピングモールは、人で溢れかえっていた。
天空都市の人口は、百万人。
中央島の人口は、約三十万人。
その中の大半が、この地区に押し寄せるのだから、まあ混むのも道理だ。
それに、今日は買い物と並ぶ娯楽の天空闘竜がない。
昨日の俺とミリアムハートJrの大一番で、年末の試合は大概が終わってしまったのだ。
まだ消化されていないカードもあるが、恐らく昨日の試合よりは地味な組み合わせだろう。
年末のチャンピオンズリーグに向けて、今のうちに買い物用事を済ませる魂胆なのかもしれない。
というわけで。
皆、このショッピング街に集まっているわけだ。
……しまったな。
俺がキーロに与えられた休みは三日ある。
つまり、月曜日にもこれた。
平日に来た方が、窮屈な思いをせずに済んだかもしれない。
それに、俺は一応有名人だ。
昨日の注目試合で勝利した、『還ってきた元七帝』である。
それなりに顔も売れている。
もしかしたら、全盛期みたいに、サインとか求められちゃうかも……。
そんな俺の淡い期待は、杞憂だった。
第一、変装が完璧すぎる。
黒いニット帽に、サングラス、おまけに口元までマフラー。
スリみたいな恰好だが、背に腹は代えられまい。
今日だけは、この世を忍ぶ仮の姿となり、念願の愛車を見つけるのである!
俺は意気込んでいる。
よし、一軒目、入ってみよう。
あの店がいいな。
ズズキ自動車か。バイクもつくってるメーカーだな。
確か、結構値引きしてくれるって、噂だぞ……。
俺はいそいそと、ショーウインドウの奥に鎮座するレーシーなバイクに引き寄せられ、自動ドアを潜った。
小一時間後。
「…………うーむ。悩ましい。というか危ない。一軒目にして、もう少しで契約するところだった。セールストークにやられる寸前だ。危ない、危ない」
俺は、最高時速350キロ以上のスーパースポーツの見積書を片手に、店から撤退した。
危ない所であった。
もう少しで、サインしそうだった。
確かに、速さは魅力だ。
だが、アニマ―ジュすれば手に入る。
俺が求めているのは、日常使いとして優秀で、かつそこそこの距離も走れる万能選手だ。
二人乗り(タンデム)できるのも、大きな条件だ。
練習会場まで、キーロを乗せていければ、コロッセウムまで通うのが便利になる。
積載性は、考慮しなくていい。全部、闘技場に備わっているか、置いてあるからな。
二軒目、言ってみよう。
サキカワモータースか。
漢の乗り物だな。
精悍な天空闘竜士である俺に、よく似合うだろう……。
これまたガラスの向こう側にあるSSに魅せられて、自動ドアを潜る。
小一時間後。
「……なにをしているんだ。もう少しで、サインするところだったじゃないか。というか、半分書いてあるぞ」
俺は、大型排気量のスポーツツアラーの見積書を片手に、首を振っていた。
完全に不審者である。
「だめだ、だめだ。いったん落ち着くんだ。こんなリッターバイク、税金も燃料代も整備費用もかかる。止めておくんだ。中型にしよう。中型に……」
朦朧とした意識で、三件目に辿り着く。
ボンダ工業か。
優等生バイクだな……。
俺の第一希望だ。
『BONDA』文字の奥にある、大排気量の名車と眼が合いそうになる。
慌てて反らし、俺はその隣の中型車を眺めた。
……なにか、いい掘り出し物はないかしら。
レア物のおまけつき菓子を探す子供のように、いそいそと自動ドアを潜る。
小一時間後。
「……もうだめだ。きっと。次こそ完全に契約してしまう。落ち着け。落ち着くんだ俺。ファイトマネーが入ったのはうれしいが、これから怪我の治療にいくらかかるか分からないんだ。キーロの生活費や学費の積み立てだって、してやらなきゃいけない。グングニル大学天空獣医学部(GUA)の学費は、高いんだぞ。無駄遣いしてる余裕はねえんだ……」
もう欲望と理性の戦争である。
頭が破裂しそうだ。
溺れる者が藁にすがるように、俺は頭を冷やせるカフェを探した。
幸運なことに、一店舗向かいにある。
それに、テラス席が一つだけ空いてる。
俺はその空いたスペースを逃がさなかった。
迅速にコーヒーとホットドッグを買い、テラス席に着く。
そして、三枚の見積書と睨めっこした。
「う――――ム。決め難い。なんということだ。どれも欲しい」
結論からいえば、どれも普段使いにはオーバースペックだし、高い。
駆けだしスーパーリーガーの俺には、まだ高値の華達だ。
本当は、スーパーリーガーなら、これ三台くらい大人買いできるのだが……。
いかんせん、急速にランクをあげたせいで、まだキャッシュが手元になさすぎるのである。
「悩ましい。実に、悩ましい」
そう、俺が一人で呻いていると。
「……呑気なことだな、氷息帝。俺に勝った賞金でそんな無用の長物を買うとは」
聞き覚えのある声がした。
顔をあげる。
予想外の奴がいた。
「……ミリアムハートJr!! なんだ!? また試合でも……」
身構える俺。
だが、金髪の彼はつまらなさそうにため息をついた。
「昨日の今日で、実力差がひっくり返ると思うほど、俺は馬鹿じゃねえ」
「なんだと!? じゃあ、なんで……??」
「阿保みたいに物欲に乱れたアニマ―ガスの波長を感じたからな。身に来てみたら、やっぱりあんただったんだよ。どうせ、俺との試合の賞金で、でかい買い物でも、するつもりだったんだろ?」
う。
ミリアムハートJrの赤い両眼は、全てを見透かしている。
奴は、机上の見積書には興味を示さない。
その代わり、カフェをぐるりと一望する。
「……なんだ。今日は、いないのかよ。あの女天獣師」
「キーロなら、いないぞ。それと、いらんちょっかいだすなよ。あいつ、いま受験でピリピリしてるんだ。電撃喰らうぞ」
「ふうん。受験ねぇ。俺の見込み通り、頭いいのか?」
「お前にゃ関係のない話だ。だが、聞いておどろくな。満点で主席だ」
俺を見かけても全く表情を変えなかった金髪の天空闘竜士が、がらりと真剣になる。
「……うそじゃないなら、あんたに負けたことが惜しいぜ。やっぱり、キーロは俺の見込んだ通りの女だったことになる」
「慣れ慣れしく名前で呼ぶんじゃない」
「……できてるのか? あの女天獣師と?」
「……そういう訳じゃないが」
「じゃあ、俺にも勝機ありだ」
むむ。
試合で負かしても、そっちのメンタルは折られていなかったか。
若造め。
立ち直るのだけは、早いな。
といっても、俺と一歳しか違わないけど……。
「いいか。釘をさしておいてやる。バカロレアまでは、あいつに妙な真似はするな。そのときは――」
「――ふん。相手の事情を無視してごり押しするほど、野暮じゃないぜ。あんたとの再戦は、来年に持ち越しだ」
全く。
市庁舎の広場の前で誘拐未遂を企てておいて、どの口がいうのだ。
まあ、でも。
ここで言い争っても仕方ないな。
悪目立ちするのはいやだし。
なにより、こいつとの勝負には、けりがついた。
暫くは、この金髪も大人しくしているだろう。
そう思いながら、この金髪をどう追い払おうか考え始めたとき。
金髪の背後から、俺の良く知る人物が、現われた。
「――なんだ、Jr。こんなところにいたのかね。今日は気分転換に買い物をする約束だろう。主治医兼コーチの私とな」
聞き覚えのある声。
深みがあって、それでいて強者の落ち着きがある声だ。
こんな、海溝の静けさのような声の主は、たった一人。
「――クラウン。クラウンじゃないか……!」
そう。
俺のあこがれ続けたグラディエーター。
『元』冥海帝、クラウン・サーマルカンド。
歴代最強とも云われる男。
「――ザザ? ザザ・ムーファランド。久しいな」
そして、彼は俺の『元』主治医だった。
つまり、キーロの前のパートナーだ。
――カフェの空気が、がらりと変わった。
冥海帝に久しぶりに謁見する緊張で、俺は固まる。
(続く)




