奇妙な波動の謎
(天空都市群グングニル中央島南西地区・内陸部裏路地通り:飯所「東洋亭」)
「……でも、良かったのか? あんな要求呑んで。相当無茶だぜ? 当事者でもない奴を、見返りにするなんてさ」
ササミサンドを咀嚼しながら、キーロに尋ねる。
話題は、勿論、昼間のあれだ。
キーロは、煎り胡麻ドレッシングのかかった海藻サラダを頬張りながら、隣の俺を一瞥する。
「……もぐもぐ。あの金髪に、勝てないの?」
「負けるわけ訳ないだろ! あんな若造、一撃でのしてやるぜ」
「……じゃ、問題ないわね」
キーロは、特に気にしていないように、海藻サラダに向き直った。
まったくなあ。こっちは、心配してるんだぞ、キーロ。
負ける気なんてさらさらない。本当に一厘もない。
が、ミリアムハートJrは、危険な相手だ。
今まで相手にしてきた鳥型とは、訳が違う。
列記とした飛竜型のアニマ―ガスなのだ。
飛竜型の中でも、十番台の実力者。七帝に近い実力の持ち主だろう。
なかでも、奴の風は厄介だ。
俺の凍結ブレスも、無力化されてしまった。
どうにかして、突破口を切り開ければいいが……。
どうすればいい?
「あのね。思案するのは勝手だけれど。ササミを呑みこむか、唸るか。どちらかにして。お行儀が悪いわ」
「うーん。うん? もがもが」
「もう。こぼれてるわ」
おしぼりで、キーロが俺の唇をぬぐう。
「……すまない。助かった」
「はあ。もう少し、天空闘竜士らしく、精悍でいなさいよね。パンくずを顎髭みたいにつけて食事する七帝なんて、過去にも後にもあなただけよ。情けない」
グサッ。
正論が俺の自尊心に突き刺さる。
俺は、傍目に見えていても分かるくらい、凹んだ。
「うふふ。そういうやり取りばかりしていると、なんだかカップルさんみたいね。あなたたち」
その光景を見て、カウンターの向こうにいる「東洋亭」のおかみさんが、ほほえましそうに笑う。
「はあ!? 違いますから、おかみさん! こんな変身後の姿『だけ』魅力的な男の人、私の好みじゃないわ!」
キーロ。おーい、キーロ。聞えてるぞ。
隣の席だからな、俺。
「あらあら。素直じゃないのね。可愛いわぁ、キーロちゃんったら。うふふ」
「これが、素直な気・持・ち・で・す!」
そういってむくれるキーロ。
おかみさん、今度は俺に話しかける。
「でも、ザザ選手もやっぱり男なのねぇ。キーロちゃんが攫われそうになって、俺の女に手を出すなって戦ったんでしょう? 流石、氷息帝さんだわぁ。頼りがいのある天空闘竜士さんって、素敵ねぇ」
「あー。ちょっと詳細が違うけど。だいたいはそういうこと、かな?」
美人のおかみさんに褒められ、俺は上機嫌である。
思わず、鼻の下が伸びてしまう。
仕方があるまい。
そういう生理現象なのだ。
「……はん。ご自慢の凍結ブレスを跳ね返されて、髪に霜まで降りたくせに。ずいぶん上機嫌なのね、氷息帝さん?」
隣の女が、俺に厳しい現実を直視させる。
むむ。おかみさんといい感じだったのに。
許さんぞ、キーロ。
「ほお。まるで、自分に責任が一片もないような言い方だな」
「どういう意味よ?」
海藻サラダを呑み下し、キーロがこちらを睨む。
「きっかけを作ったのは、誰だった? あの金髪グラディエーターを最初にあそこまで、その気にさせたのは、誰だった?」
「私があいつを『サーチ』で診たのが、いけないってこと? そうね。迂闊だったわ。でも、あの金髪、本当に珍しい波動を持っていたの。あれは、あなた以上かも」
「そうとも。つまり、お前が悪い……。うん? いま、なんて?」
キーロに自分の責任を自覚させようとした。
が、思わぬ言葉を聞いてしまった。
――珍しい波動?
しかも、俺以上だって?
アニマ―ガスは、皆、波動を持っている。同じものが一つとない、そいつ独自の波動だ。
変身前の人間姿でも、その波動は優れた『眼』を持つものなら、識別できる。
『眼』とは、いわゆる探知能力のようなものだ。それは一つじゃない。キーロが使うような可視化天空術『サーチ』や、俺のようなアニマ―ガスが持つ第六感。そういうもので、アニマ―ガス独自の波動を探知し、そいつのもう一つの正体を判別できるのだ。
だいたい、強い奴ほど波動が大きいから、それは隠されてさえいなければ、容易に判る。
ミリアムハートJrもかなりの猛者に違いないから、奴の波動をキーロが拾えることは、想像に難くない。
だが、波動の存在は判るとしても。それから変身後の姿を推測するのは、とても困難な芸当だ。
とても繊細な作業と、膨大な知識が必要だ。
俺には、できない。しかし、キーロなら、できてもおかしくない。彼女が使う『サーチ』の精度は、細胞、いや細菌レベルまで可視化できる。それに加えて、キーロの知識量は現役の天獣師と同じか、それ以上。
波動だけで、変身後の姿を掴めたとしても、おかしな話ではない。
俺の隣にいる、海藻サラダが好物の麒麟児キーロなら。
「……どういうことだ? 六枚羽の俺より希少種ってことか? そんなの、聞いたことないぜ」
キーロの口以外から出た話なら、たぶん信じなかっただろう。
俺の六枚羽は、歴代選手の中でも、屈指のレア物だといわれている。
天空闘竜数百年の歴史で、四枚羽すら二人しかないのに、俺は六枚羽なのだ。
勿論、俺以前に六枚羽のワイバーンはいない。今後も、たぶんそうだろう。
だがキーロは、その俺よりもミリアムハートJrが、稀少な存在かもしれないと、言ったのだ。
「なあ、キーロ。流石にお前でも勘違いなんじゃないか? 六枚羽よりも珍しい波動? 聞いたことないぜ?」
キーロは深く考え込んでいる。
「うーん。私も、最初はそう思ったの。あいつがすぐ傍を通ったとき、すごく珍しい感覚があって……。知らなかった波長だったから、気になって『サーチ』で診たのよ。そうしたら、見たことのない色と構成の波動だったの」
「それで?」
「気になって、話しかけたわ。『あなた、とっても珍しい姿なのね』って。そうしたら、あいつが血相を変えて、近寄って来たの」
「そのあとは、俺の知っている通り。だな?」
「ええ。そうよ。でも、あの波動がどういう特性だったのか、まだ私にも分からない。あいつが部分変身で翼を出したとき、確かに見たの。翼は、二枚だけ。普通の数よ」
「見間違いとかは? まだ、何枚か出してなかったとか?」
俺がその可能性を指摘する。
「あのね。あなたみたいな複数翼飛竜の翼形は、通常飛竜のそれとは、大きく異なるの。翼の枚数が変化して、運用する航空力学が全く別物になるからよ。つまり、もしあいつが複数翼の持ち主なら、翼一枚見れば簡単にわかる――」
「――悪かった。複数翼の可能性は、なしだ。別の可能性を検討しよう」
俺は、キーロの理論的な説教に耐えられなくなり、話題を変えることにした。
あのまま唯々諾々と聞いていれば、きっと朝まであの調子だからな。
「そうね。複数翼じゃないと思うわ。でも、どういう特性なのかは、まだ、分からないの」
俺は素直に驚いた。
あるんだな。キーロにも、分からないこと。アニマ―ガス関連の分野なのに。
「ほう。そうなのか。でも、気になるな」
「調べたんだけど、あの金髪、試合のときはいつも全身を風の鎧で覆っているのよ。だから、公式戦でもほとんど奴の全身が露わになったことはない」
「うーむ。ずいぶん、訳ありそうだな」
今度は、俺が考え込む版だ。
ミリアムハートJrは、何かを隠してる。
秘匿するその『何か』は、俺よりも珍しい性質だそうだ。
キーロにそれを見破られたと思い、かなり驚愕していたらしい。
つまり、それだけ入念に隠していた事実だったのだろう。
積極的に世間に知られたいことでもなかったはずだ。
一体、何なんだろう?
ミリアムハートJr。ミリアムハートJr。奴は、何を隠してる?
……うん? Jr? ジュニア。
「あ! そういえば!」
「なに?」
「ミリアムハートJrは、二世天空闘竜士だ。先代のミリアムハートSrの公式戦記録を調べれば、役に立つかもしれないぜ、キーロ!」
晴れやかな表情で俺はキーロに言う。
キーロも、手をポンと叩いて合点した。
「あ。そうね。そうだわ! なんでこんな簡単なこと、気づかなかったんだろう。Jrだから、Srがいるのは、当然よね!」
「何か、分かるかもな」
「明日、GU大学図書館に行ってくるわ。そこに、過去の選手の公式戦記録ライブラリがあるのよ」
「頼むぜ。事前準備も、勝負のうちだ」
「任せて頂戴。……その代わり。コロッセウムであの気障な金髪を、ケチョンケチョンにするのよ。いいわね?」
「ケチョン×2ってなあ。簡単に言うなよ。相手は十番台のスーパーリーガーだぜ。しかも目下、一番の台風の目ときてる。厳しい闘いに――」
「――ふん。臆病者。私、負けたらあいつのメディカルスタッフなのよ? あなたとの協定も、終わりになるかもしれないのよ? それでも、煮え切らない返事をするつ・も・り?」
うわっ。こういうとき、キーロの静かな圧力は凄まじいな。
「わーったよ。まかせとけ。あいつに勝つ。そうすれば、インペリアルリーグと推薦状は、すぐそこだ。お前のために、やってやるさ」
「そ。期待してるから」
そっけなく俺の決意を受け止めてから、キーロはお会計に行く。
が、そこで。
俺達二人のやり取りを聞いていたおかみさんが、微笑んでいた。
すごく、意味ありげな微笑みだ。
それを向けられると、なんだか、すごく居心地が悪いような……。
「うふふふ。青春ねぇ。二人とも」
「ち、違いますから!」
ああ。また、おかみさんとキーロが女の論争を始めた。論争というより、キーロが一方的にからかわれているだけだ。仕方ないな。大将も、止めてくれればいいのに。
結局、お会計までに十分かかった。ついでに、代金は俺が払った。畜生。また浪費だ。
そろそろ貯金が底をつきそうなのに。
ちなみに、俺の宿泊場所は、昨日と同じだった。
つまり、またカプセルホテルだ。
もう、ひとカプセル買おうかな。
次の試合で、給料が出たら、そうしよう。
(続く)




