次世代からの宣戦布告
(天空都市群グングニル中央島南西地区・内陸部裏路地通り)
日が傾いて行く。
十二月三日の太陽が、もうすぐで地平線に呑まれてしまいそうだ。
現在は、夕方の五時丁度。
対戦相手が決まったことで、俺達の日常は、以前より早く、めまぐるしく過ぎ去っていっている。
ふと、我に帰ると、浦島太郎みたいな気持だ。
あっという間に、一日がもう終わりに近づいている。
俺は、その様子を、一人東洋亭の前で、眺めている。
人を待っているのだ。
今日の一日の流れを、簡潔に話そう。
昨日も、結局、カプセル泊だった。
カプセルホテルの雑誌が更新されていて、俺の復帰記事が小さなスペースに載っていた。
一応、俺の復帰も世間に認知されているらしい。
うれしいことである。
次の対戦は、話題のスーパーリーガーとの対戦だ。
相手の名前は、グレイ・ミリアムハートJr。
目下、プレミアプロの世界で、『台風の目』と呼ばれる選手である。
奴の特性は厄介だ。
ミリアムハートJrの巻き起こす旋風は、俺の凍結ブレスをも跳ね返してしまう。
それに、キーロの話では、奴は更なる特性を隠しているようだ。
ずいぶん、手の込んだアニマ―ガスである。
どうやって勝てばいいのだろう?
その答えは、キーロが図書館で調べてくるはずだ。
俺は、万全の状態で、奴に向かっていけばいい。
だが、キーロの奴、ずいぶん遅い。俺が東洋亭の前に着いてから、かれこれ三十分は待たされている。早めについたとはいえ、時間厳守人間のキーロにしては、珍しい大遅刻だ。
今日の鍛錬が午後一時に終わった後、キーロは一人で図書館に公式記録を調べに行った。
ミリアムハートJrの親、グレイ・ミリアムハートSrの公式記録を調べるためだ。
ミリアムハートSrは、俺より数世代前の選手だが、元プレミアプロらしいので、めぼしい記録が見つかる可能性は高い。そう、キーロは図書館に向かう前に言っていた。
期待はできるだろう。
だが、キーロが感じたミリアムハートJrの『違和感』が判った所で、それに対応できなければ、試合で役にたたない。
つまり、昨日キーロが言っていた奴の『珍しい波動』、その正体がわかった所で、まだ半分だ。
後の半分は、俺がどうにかするしかない。
……それにしても、遅いな。
待っているのが暇だから、こういう真面目な話をもっともらしくしているのに。
キーロの奴、ずいぶん、てこずってるようだ。
もう、先に「東洋亭」に入ろうかな……。
そう思ったときだった。
路地の向こうから、見知った姿がこちらに向かって走ってくる。
キーロだ。だいぶ焦ってるみたいだな。
彼女は、息を切らして走り込んでくる。
「ごめんなさい! 記録を調べるのに夢中になって、遅れちゃったわ」
む。三十分待たされたから、憤るべきか寛大になるべきか、迷うな。
まあ、此処は両方で行こう。
「夕方の冷気が体に沁みたぜ。それで? 収穫はあったのか?」
キーロは荒い呼吸を平静に戻しながら、答える。
「ぜい、ふう。その話は、中でしましょ」
そういって、キーロは木製の引き戸をくぐる。
確かに、夕方の冷気の中、立ち話はつらいな。
此処は、キーロの後に続こう。
俺も、「東洋亭」の店内に入る。
まだ夕方の五時すぎだからか、客は俺達だけだった。
大将とおかみさんは、いつも通り仕込みの最中である。
特に、大将は忙しそうに煮込みや魚の下ごしらえを行っている。
あまり、邪魔しない方が良さそうだ。
「あら。キーロちゃん。ザザ選手も。いらっしゃい」
おかみさんが、入店した俺達を出迎えてくれる。
「おかみさん。まだ、注文はいいわ。おじさん、忙しそうだし。少しだけ、カウンターを借りてもいい?」
「いいわよ。うふふ」
柔和な笑みを残して、おかみさんは大将を手伝いに行った。
俺は二人に会釈してから、カウンターの席に座る。
いつの間にか指定席になった、一番左端のカウンター席。
キーロは、その隣である。
「さて。改めて聞こう。どうだった?」
「グレイ・ミリアムハートSrのこと?」
「そうだ」
「それが。結論から言うと、『珍しい波動』の正体は、分からなかったの」
「なんだって!?」
俺は少し落胆する。
キーロが遅刻するほど、奴の情報を調べたのだ。
それで見つからないということは、もう打つ手なし、ということになる。
参ったな。これは、大きな誤算だ。相手に謎の切り札があるまま、当日の決戦を向かることになる。
「困った。何も分からなかったのか、キーロ? 手掛かりすらも?」
「うーん。調べられたことは、結構多かったの。例えば、先代のミリアムハートSrは、かなり腕の立つスーパーリーガーだったということ。灰色の嵐飛竜だったこと。翼は二枚だったのも、確認したわ。プレースタイルも、親と子で似ているわね。二人とも、風を自在に操る性質をフルに駆使した、撃ち合い型よ。……そういうことは、調べられたんだけれど」
「ふむ。状況証拠は上がっても、確たる証拠がない。そういうことか?」
キーロはこくこく頷く。
「うん。そうなの。ごめんなさい。どうにかして、分かると思ったんだけれど……」
キーロは珍しく落ち込んでいた。
責任を感じているのかもしれない。
「ま、仕方ないさ。判らなかったのは、お前が手を抜いたからじゃない。ミリアムハートJrが、徹底的に身元を洗われても、それを隠す用心をしていたってことだ。お前のせいじゃないさ」
「そうね。でも……、すごく気になるわ。何を隠しているのかしら、ミリアムハートJrは」
俺は考え込んだ。
だが、推理する材料がそろっていない中で結論を出しても、当て推量になるだけだ。
「なあ、キーロ。他に、何か判ったことはないのか?」
より情報が欲しい。
キーロに戦果の報告を促してみる。
「重要そうなことは、さっき伝えたわ。でも、一つだけ、気になったことがあるのよ」
「気になったこと?」
「そう。一つだけ、興味深い記録があったの。Srの方の、休場記録よ」
「休場記録?」
休場記録とは、選手が何らかの事情で試合に出れない状況に陥ったとき、公式戦績に記されるデータだ。
基本的に、身内の急死や急病などで申請され、受理されて記録されるものなのだが……。
そういえば。俺が一度目の現役だった頃。
当時ランク二位だった紫呼帝モハドが、奥さんの急病でその休場申請を出していたな。
当時ランク三位だった俺との対戦は、モハドの休場申請によって、俺の不戦勝になった。
「……それで? ミリアムハートSrは、一体、いつ、どんな事情で、休場したんだよ?」
話を、Srの休場記録に戻そう。
キーロは、探偵のように顎を指でなぞる。
「引退の五年前よ。調べてみると、その年は、丁度ミリアムハートJrが、アニマ―ガス試験に合格した年だったの」
「繋がったな。やっぱり、奴の変身後には、何かあるぜ。親が出場を取りやめるくらいだ。大病か、それとも休んで祝いたくなるほどの贈り物か……」
「そういうことでしょうね。でも、それが何かは分からないわ」
キーロは、困った様子で首を横に振る。
うーむ。口惜しいな。あと少しで、奴の『妙な波動』、その正体がつかめそうなのに。
まあ、それはこの眼で確かめろという思し召しなのだろう。
天空闘竜の神からの試練だ。しかたあるまい。
俺達の会話が一通り済んで、閉そく感が訪れそうになったとき。
その光景が、カウンターの背後にあるテレビから、俺に届いた。
「ねえ、ザザ! あれ!」
先にキーロが気づいた。
「ねえったら! 後ろのテレビに映ってるの、ミリアムハートJrじゃない!?」
「なんだと!」
俺は光の速さでカウンターの後ろを視認した。
そこには、一台のテレビが、店内の天井からつりさげられている。
そして、そこには昨日会ったあの『台風の目』がいた。
奴は、大勢の記者に囲まれている中でも、不敵な態度を一ミリも崩さない。
そして、画面に踊るテロップはこうだ。
『復帰した氷息帝、台風の目と因縁の決闘!』
画面の記者が、『台風の目』グレイ・ミリアムハートJrにマイクを向ける。
――「では、本当に。今度の対戦相手は、あの氷息帝ザザ・ムーファランド選手なのですね、ミリアムハートJr選手?」
奴は、ものすごく自信満々の表情で答える。
――「ええ。そういうことです。相手にとって不足はありません。元七帝。いいじゃありませんか。これからインペリアルリーグを目指す肩慣らしに、丁度いい」
肩慣らしだと?
ふ。ふふ。フフフ。
ずいぶん、舐め腐ったことをこの氷息帝相手に言えたもんだ。
しかも、奴は俺が必ずこの放送を見ると踏んでいて、この発言をしている。
つまり、メディアを通した俺への宣戦布告だ。これは。
俺の沸き上がる感情とは、無関係に、奴へのインタビューは続く。
――『なんでも、一人の女性を巡って、この対戦が実現したそうですが。事実でしょうか、ミリアムハートJr選手?』
キーロが、グラスの水を噴き出した。
が、それに構っている暇はない。
奴は質問に、素早く滑らかに受け答える。
――『事実です。彼女を賭けて、次の試合は戦うことになるでしょう』
答え自体は端的だったが、奴は思わせぶりな笑みをニヤリと浮かべ、マスコミたちの興味を煽る。
画面の中で、盛大にフラッシュが焚かれた。奴の試みは、成功したらしい。
興奮した様子の記者が、堂々とカメラの前にたたずむミリアムハートJrに、最後の質問を投げかける。
――『ミリアムハートJr選手! その女性に一言!』
奴は、右手の人差し指をすっと持ち上げ、カメラの前で止めた。
東洋亭のTV画面から、ミリアムハートJrの人差し指が、キーロを狙い撃つ。
――『待ってろ。四日後だ。あと四日で、お前は俺の傍にいる。そうなるまでに、そう時間はとらせない。俺が言いたいのは、それだけだ』
キーロは、眉間に皺を寄せられるだけ寄せて、その宣告を聞いていた。
インタビューの映像は、そこで終わりだった。
画面では、コメンテーター達が、俺とミリアムハートJrのプロフィールを解説している。
「……衝撃的だったわね」
キーロは、それだけ感想を言うと、自分が噴き出した水を拭き始めた。
「やってくれるぜ。だが。あいつは俺を怒らせた」
驚くほど険悪な声が、俺の口から出る。
キーロは、カウンターを拭き終って訊いた。
「肩慣らしって、言われたこと?」
「当たり前だろ!」
俺は、珍しく熱くなっている。
どん! と、カウンターに拳を振り下ろした。
「……俺は、元七帝だぜ。元とはいえ、円形闘技場の王者だったプライドがある。だというのにだ。現七帝の奴らより、格下だと宣言された。しかも、メディアの前で。いたずらにしては、ずいぶんやり過ぎの挑発だぜ……! この代償は、きっちり! 円形闘技場で払ってもらう!」
キーロは、その様子を眉根一つ動かさずに、観察している。
「ふうん。やっぱり、あなたは天空闘竜士ね。だって、怪我をしても、自分の強さに誇りを持ってる。そうでしょ?」
こういうとき、キーロはいつも冷静だ。
リハビリのとき、俺が熱くなり過ぎたときは、調和を保つように、キーロは俺が熱くなった分、沈着になってくれた。
今も、そうだ。
「ああ。例え、一度止めたとしても。一度目の現役時代は、生涯の宝だ。そして、いうまでもなく。お前との二度目も。だから、さっきの奴の台詞は、見逃せねぇ。燃えてきたぜ、この勝負……!」
俺の闘志が、紅恋帝の火炎ブレスよりも熱く、燃え上がる。
「そう。よかったわ。やる気になってくれて。残りの日数、台風への対策をしましょ。ストーム・
バスターになるために。ね?」
「おう! キーロ。俺はやるぜ!! ぜってー、地に沈めてやる!!!」
俺とキーロは、互いに拳を軽くぶつけた。
十二月七日の決選まで、あと四日。




