グレイ・ミリアムハートJr
(天空都市群グングニル中央島中央区:市庁舎前掲示板付近)
「それに。俺を無視する女は、久しぶりだぜ。この、グレイ・ミリアムハートJr様を無視する女はな」
ミリアムハートJrだって!?
知っている名だ。
スーパーリーグで台風の目となっている男。
それが、この金髪の正体だったのか。
黒いチェスターコートに、同色のマフラー、パンツ、ブーツ。黒ずくめの恰好だが、野暮ったさはない。寧ろ、高級な生地によって、洗練された雰囲気を、ミリアムハートJrは纏っている。
実年齢よりも、大人な感じだ。
「ふうん。やっぱりあなた、天空闘竜士だったのね。見立てが正しかったみたい」
険悪な眼つきで、ミリアムハートJrを睨むキーロが、彼に応じる。
見立て? 何のことだろう?
「……そばを通りがかっただけで、変身後の姿を見抜かれたんだ。驚いたぜ。だが、感心しもした。そういう『天眼』を持っている天獣師は、少ない。おまけに芯があって、気も強い。俺の要求通りだぜ。合格だ」
狼のような眼つきで、キーロを見つめる台風の目。
その雰囲気に、遊びは見られない。本気で、キーロを気に行っているようだ。
「知らないわよ。不合格にしてくれないかしら」
キーロは相変わらず、絶対零度の対応だ。よくめげないなぁ、あの金髪。
まあ、それだけ自分に自信があるんだろう。
そこらへんのプロとは、別格の実力を秘めている自信が。
キーロの冷気を浴びてもなお、金髪の男は不敵な笑みを崩さない。
「ふふ。そういうところも、お前の良さだな。従順なやつより、よっぽど面白みがある――」
「――おい、用は済んだろ。袖にされたんだ。帰れよ」
放っておくと、ずっと蚊帳の外に置かれそうなので、ミリアムハートJrの言葉を遮る。
暇じゃないのだ。指名戦を受けるならまだしも、そういう空気もなさそうだし。
さっさと、お引き取り願おう。
そう思って、キーロの背後から金髪男に声をかけた。
刹那、奴の鋭い視線が俺に刺さる。
「――誰だか知らんが、俺もお前に用は――」
が、視線を指した相手が、元氷息帝だったことに気づき、ミリアムハートJrは右目を見開いた。
「――うん? 知ってる顔だな」
ブロンド男が、俺の顔を凝視する。
「……その銀髪。青い目。おまけに、飛竜型の波動。ザザか。氷息帝のザザ」
「ご存じとは、うれしいね。ファンだったのか、俺の?」
キーロだけを相手にしていたときより、男の表情に余裕がなくなる。
だが、それでも奴の好戦的な姿勢は揺らがない。
「ふん。俺は、アウラ派だ。怪我をしたあんたに用はない。現役ならいざ知らず」
アウラ派だと。まったく、可愛げのない後輩だ。
「知らないの? そこの人、還って来たのよ。円形闘技場に」
キーロがミリアムハートJrに最新の事実を伝える。
「ふん、知ってる。くだらない茶番劇さ。元七帝が、わざわざノーマルプロからやり直すなんて」
つまらなさそうに、ミリアムハートJrは吐き捨てる。
そして、試すように俺を凝視する。
「あんた、まだ完全に治ってないんだろ。元の実力なら、今すぐ七帝の誰かに指名戦をかけるはずだ。だが、それができない。つまり、怪我をした第一右翼の調子は、万全じゃない。そうだろ? ――だから、こんな掲示板でスーパーリーガーの対戦相手を募ってる」
正しい読みだ。
こういう指摘に、見栄を張るのは適当じゃない。
「よく知ってるな。やっぱり、ザザ派なんじゃないか? 隠れザザ派とか」
俺の冗談を無視して、ミリアムハートJrは鼻を鳴らした。
「やっぱりそうか。尚更、あんたに用はない。寧ろ、気になるのは……誰があんたを治したか、だ」
その言下、狼の視線が、俺からキーロに移る。
「見たところ、まだ免許すら持っていなさそうだが……。お前だな?」
ミリアムハートJrは、更にキーロへの興味を強めたようだ。
「答える義務、ないから。さっさと消えて」
「……その返事は、肯定も同じだ。面白い。実に、面白い。俺と同じくらいの歳で、もう天獣師の真似事とは。クラウンも驚くだろうな」
「だからなんなの?」
ずっと自らのペースを崩さないミリアムハートJrに、キーロは半ば呆れている。
が、とうの金髪は歯牙にもかけない。
「答えは、行動で示すのが、ミリアムハート流だ!」
「きゃあ!」
油断していた。
一瞬で、ミリアムハートJrがキーロを腕に、俺から数メートル離れてしまう。
強引に主治医を、奪われてしまった。
だが、無論逃がすつもりはない。
数メートル先の石畳にいる台風の目に、警告する。
「おい。そこの若手」
「なんだ。手負いの氷息帝」
「紳士的なのは、此処までだぞ」
「へえ?」
「キーロを放して、さっさと消えろ」
「嫌だといえば?」
俺は、部分変身で頭部を竜に変え、奴に凍結ブレスを見舞った。
だが、凍気はミリアムハートJrに到達する寸前、見えない壁に阻まれ、霧散する。
風だ。奴の周囲を突風が守護している。
嵐の壁に阻まれた凍気は、逆流して俺を襲った。
自慢の銀髪に、霜が降りる。
今度こそ、俺は全身から闘気を揺らめかせた。
久しぶりに本気になるべき相手だと、ミリアムハートJrを認識したのだ。
「……後悔するなよ」
「そっちこそな」
俺と金髪が睨みあう。一触即発だ。
だが、奴はキーロを静かに放した。
「ここであんたとやり合うには、狭い。決着は、第二円形闘技場でつけようぜ、手負いの氷息帝!」
言下、凄まじい嵐が市庁舎前の広場に吹き荒れる。
街路樹の落ち葉がまい、人々は立っていられずに地に伏した。
風が止んだとき、ミリアムハートJrはもとの位置にした。数メートル先にいるキーロの背後だ。
手には、俺の指名戦申請書がある。
「なあ、氷息帝。指名戦の決まりは知っているだろう?」
「……条件のことか」
指名戦では、格下が負けた場合、格上の要求を一つ、飲まなければならない。奴は、そのことを言っているのだ。
「そうさ。俺があんたを沈めたときの要求だよ」
「何にする?」
ミリアムハートJrは、背後からキーロを指差した。
「この女を、俺によこせ」
「なんだと?」
しまった。嫌な予感はあったが、これが狙いだったのか。
ミリアムハートJrは、キーロを自分のメディカルスタッフにするために、俺との指名戦を受けたのだ。
相手は十番台のランカー。インペリアルリーグまで駆け上がるには、ぜひとも対戦したい相手ではある。
だが、他人を担保にしての勝負には、乗れない。
それに。態度は極端だが、奴の実力は恐らく、本物だ。危険な相手である。
口惜しいが、此処は対戦しない以外の選択肢がない。くそっ。
「――いいわよ。受けるわ」
そのとき、キーロが振り返って金髪を睨みつけた。
しかも、対戦を了承している。
「おい! よせ――」
「――その指名戦、受けるから。ケチョンケチョンにされても、泣かずに家まで帰るのね」
静止しようとしたが、とき既に遅し。
キーロは、喧嘩腰でミリアムハートJrに、了承の意志表示をしてしまう。
それを聴いた金髪は、不敵に口角を吊り上げる。
「へえ。ずいぶん、自信家だな。撤回は、今しか受け付けないぞ?」
「しないわよ。あんたなんかに、氷息帝が負けるわけないんだから。私が、主治医なのよ」
完全に、キーロは乗り気だ。
ミリアムハートJrも、それを聞いて高笑いする。
「はっ! はっは!! いいねぇ。本当に求めていた天獣師が、こんなところにいたぜ。要求を忘れるなよ。俺が勝てば、お前は俺のものだ」
「永遠に通らない要求だけどね」
睨みあう二人。
その均衡は、一瞬で崩れる。
金髪が、再び突風を吹かせたのだ。
目を覆うほどの風速が、広場を征服する。
「――約束を忘れるなよ、氷息帝! 勝負は五日後だ!」
その木霊とともに、風は凪へと変わっていく。
あとには、平穏な広場が残された。
ミリアムハートJrは、いなくなってしまった。
俺との決闘の約束を、残して。
「おい、キーロ!」
嵐の中心があった場所に取り残されたキーロは、無事だった。
彼女の元まで急ぐ。
「なんで受けた!? わざわざあんな要求する奴と対戦しなくても――」
「――うるさい大馬鹿!」
「――ぐおぉぅ!!」
猛抗議は、キーロの電撃で遮られた。
「あんたが飲み物買ってくるの遅いせいで、自意識過剰な金髪に絡まれたじゃない! あんたのせいよ!! このノロマ! トンマ! ヘチマ!!」
「うぐ! ぐへ! おほぅ!!」
理不尽だ。ミリアムハートJrによって蓄積されたキーロのイライラが、俺によって解消されている。不条理の権化である。
「ふんっ。まあ、いいわ。あいつ、確か二桁ランカーだったし。あいつを一足早い聖夜の七面鳥にすれば、私達の目標は、すぐそこよ」
「……その前に、俺が調理されてるぞ」
「誰が、落語家に転職しろといったの。早く、帰って作戦を練るわよ。あの自意識過剰自己中金髪を、こてんぱんにする作戦をね!」
そういって、キーロは先にいってしまった。
電撃に潰れた俺を残して。
とほほ。何故、こんな憂き目にあわなきゃいけない?
あいつのせいだ。金髪の優男、ミリアムハートJr。
スーパーリーグで嵐をおこす男が、この惨劇を引き起こした。
許すまじ。
絶対に、五日後、コロッセウムの床に沈めてやる。
……だが。けして、侮れる相手ではない。
寧ろ、これまでのノーマルプロより、数段は格の違う相手だ。
俺の凍結ブレスを難なくあしらい、嵐を自在に操るアニマ―ガス。
嵐飛竜の天空闘竜士。
俺は、奴に勝てるのだろうか?
それに、俺が負ければ、キーロが奴に獲られてしまう。
それをちゃんと分かってるのか、キーロ?
……兎に角。
すべきことは、一つだ。
ミリアムハートJrとの指名戦に、勝とう。
決戦は、五日後だ。
(続く)




