台風の目
(天空都市群グングニル・中央島北西地区:第三・コロッセウム周辺)
カプセルホテルに一泊し、12月2日の朝を迎えた俺は、この第三円形闘技場でキーロと合流した。
早朝から、ここで訓練するためだ。
俺は今、555位のノーマルプロ。
そのランクに与えられる練習場は、試験会場と同じ第三コロッセウムである。
スーパーリーガーになれば第二、インペリアルリーガーになれば第一が使える。早く、第一とは言わずとも、第二円形闘技場くらいは使えるようになりたい。
第三コロッセウムも、広さ的にはまあまあなのだが、人口密度に余裕がない。
俺の変身後の姿である、翼長27メートル、体調17メートルのブリザード・ワイバーンが飛びまわるには、少し窮屈なのである。
なので、人のいない早朝四時から、俺達は訓練に励むというわけだ。はあ。眠いなぁ。
「はい! 人型練習は此処までよ。次、変身訓練(アニマ―ジュ)!」
号令のホイッスルを、キーロが鳴らす。
やっているメニューは、リハビリのときと同じものだ。だが、消化速度は格段に早くなっている。
「おう! 人のいないうちに、飛んでおくぜ!」
俺も明朗に応えて、アニマ―ジュを完了させる。
一気に上空まで舞い上がり、準備がてらにコロッセウムを数周する。
朝の新鮮な空気が、俺の巻き起こす風圧によってかき乱される。
舞い上がる砂塵も、最北島の新雪のように真新しい。いい気分だ。
と、ここでキーロの笛がまた俺に注意を促す。
「なに締まりなく悠長に飛んでるの! それで七帝に返り咲くつもり? さっさと、外周してきなさい! 二十分よ!」
この場合、中央島の沿岸にそって、一周二十分で飛んで来い、という指示だ。
「何周だ? 四か?」
「四じゃダメ! 六よ!」
「うへえ。それで二十分かよ」
「泣き言はいりません。もう、時間測ってるから」
「厳しいねぇ。行ってくる!」
俺は第三円形闘技場から飛び去って、真っ直ぐに北西の沿岸地帯を目指した。外周トレーニングは、そこから始まる。
不可視の保護膜を抜けて、天空都市の外側に出る。
そこは、上空数万メートルの厳しい環境だ。雲すら俺の下界にある。
酸素が薄いこの環境で、身体能力を鍛えることが、キーロの狙いだろう。
なんとか、毎周ニ十分で五周したあと、燕返し(ターン)や急旋回の切れを確認して、今日の訓練は正午くらいに終了した。
午前中で訓練のを終わらせたのには、理由がある。
午後は、指名戦を受けてくれる対戦相手を探すのだ。
なんでも、キーロは午前中、競技協会に申請書類を出していたらしい。
俺が外周でいない間に、申請しに行ったのだろう。
勿論、申請書類とは、指名戦の申請書類である。
有り体にいえば、「ザザと対戦希望の選手は、ぜひ名乗り出るように」という張り紙を、専門の掲示板に張り出すのだ。
指名戦が成立するには、直接お互いが合意するか、掲示板を見て希望の相手を選ぶか、二通りがある。
この場合は、後者だ。俺よりもランクの高いスーパーリーガーを、今回は指名している。
掲載された申請書をみたスーパーリーガーの誰かが、指名戦を承諾し、協会にその旨を伝えれば、条件の確認作業を経て、指名戦が成立する。
さて、俺の申請書が張り出されたのが、今日の朝十時。
市庁舎前の専用掲示板に着いたのが、昼の十二時半。
まだ二時間ほどしか経っていないが、誰か承諾者がいるかもしれない。
期待に胸を躍らせて、キーロと掲示板をのぞきこむ。
……が。結果は空振りだった。
「……ないな」
「ないわね。署名が。張り紙が触られた痕跡すら、ないわ」
「参ったな。張り紙の位置、間違えたんじゃないのか?」
「そんな訳ないでしょ! 私を疑うつもり?」
「いや、そうじゃないが……。もっと、目立つ場所に張ってもいいと思うぞ?」
キーロが掲載した俺の用紙は、巨大な掲示板の右隅に追いやられている。
「あ……。そうかも。申込者が殺到すると、それはそれで困るから、わざと人目につかない所に、張ってみたんだけど……」
「裏目に出たな」
「うう」
キーロは、天才だがこういうところは少しドジだ。意外な弱点である。
「まあ、まだ掲載されて二時間だ。焦ることはない。真ん中らへんの空いてるスペースに張り直して、誰か承諾者がいないか、待ってみよう」
「そこのベンチで? いいけど。寒いわ、私」
「着込めばいいだろ?」
「気のきかない人ね」
「……。つまり。飲み物を催促してるのか?」
「温かいの。ロイヤルミルティーよ。あと、微糖。カロリーもオフのやつにして」
全く。俺は相変わらず小間使いさんだ。
「はいはい。分かりましたよ」
この付近に自販機はない。
確か、市庁舎の中にあったはずだ。休憩スペースに、数台置いてあるだろう。
「ちょっと行ってくるから、変なのに絡まれるなよ」
「失礼ね。私、これでも大人なんだから。もう十七歳。成人なのよ」
確かに、天空都市の成人年齢は満十七歳だ。
だが、自信満々のキーロをみると、何となく不安になる。
こいつ、一応、そこそこ小奇麗な顔だからな。なんとなく、精緻な人形然とした雰囲気があるし。
それに魅せられる男がいないとも、限らない。……俺は魅せられないけど。
それに、十二月は恋愛シーズンだ。ナンパされないとも限らない。
……ま、心配のしすぎか。
こいつなら、軽いナンパくらい、あの電気ショックで撃退できるだろう。
「早く買ってきなさい。乙女を凍えさせるつもり?」
キーロが催促する。二度目だ。
「わかった。いってくる。そこにいろ」
俺は、自分で浮かびあがらせた不安を自分で始末し、自販機へ歩き出した。
思った通りに、市庁舎の休憩スペースに、自販機はあった。
ロイヤルミルクティーもある。これは、キーロの分だ。
俺は、青汁に飽きていたので、ミネラルウォーターを買った。
熱々のミルクティーを右手、冷たい水を左手にもち、キーロの元に帰る。
代金は、俺持ちだ。そろそろプロとしての給料が振りこまれないと、財布事情がさびしいってのに。
まあ、嘆いても仕方ない。次の指名戦で、勝てばいいのだ。そうすれば、プロとしてのファイトマネーが、懐に入る。財布も分厚くなる。色々買える。万々歳だ。
最初のファイトマネーで、バイクでも買おうかと夢想していたとき。
俺は、異変に気がついた。
キーロが、背の高い男に絡まれている。
男は一人だ。ブロンドで、洒落たコートを着ている。
「もう、興味ないったら! あっちへ行って!!」
キーロは辛辣な態度をとっているが、男はどこ吹く風だ。
慣れた様子で、キーロに話しかけている。
へー。ほんとにいたんだな。キーロをナンパする奴。
感心してる場合じゃない。助けないとだめだよな、やっぱり?
でも、ナンパ男が電撃に痺れる様も見てみたい気もする。
あ、待てよ。隠れて見てたことがばれたら、俺も一緒に電撃の餌食になりそうだな。
……うむ。助けよう。情けは人のためならずだ。
そうおもって駆け出した一歩目。先にキーロが帯電する指をナンパ男に向けた。
一瞬、手遅れだったかと脳裏で呟きかける。
――だが、その指は空を切った。
見切られていたのだ。手のうちを知らないのに、男はキーロの手首を掴んで止めている。
すごい動体視力と反射神経だ。
タダものじゃないな。
しかも、空いている方の手で、ナンパ男はキーロの顎を持ち上げている。
あー。なんだっけ、あの動作。たしか、地上界の極東地域一部で一時期流行ったやつだ。
思い出した。顎クイだ。顎クイ。初めて見たな。
いや。感心している場合じゃないか。
唐突過ぎてどう反応すればいいか分からなかったが、こう反応するのが正解だろう。
「おい! 何して――」
颯爽と登場しようと思った。
が、その瞬間、今度は男に塞がれていない反対の手で、キーロが不届きものに電撃を流し込む。
男は悲鳴をあげた後、地面に倒れた。そうとう加減なしで打ち込まれたのだろう、男の全身から煙が立ち昇っている。
「ふん! このスケベ!! 地獄に落ちなさいよ、ナンパ野郎!」
やっぱり、キーロに護衛は必要ないな。こいつ、人間の姿なら最強だ。
電撃に痺れたナンパ男は、暫く痙攣していたが、しばらくして回復したようだ。
金髪のナンパ男が、ゆっくりと立ち上がる。
「痛えなあ。利き腕だけじゃないのかよ。顔に見惚れてる間に、油断したわ」
ハスキーで淀みのない声だ。しかも、声の端々に自信が満ちている。
何事もなかったように、頭をかく金髪。キーロの電撃から、もう回復している。
こいつ、相当タフだな。何者だ?
「ふん。さっきのでわかったでしょ。私、興味ないから。何処へでも消えて」
キーロが俺の凍結ブレスより冷たい目で、金髪を睨む。
「気の強い女は、タイプだぜ。おまけに、才能もあって芯もあるタイプはな」
冷たい眼で睨まれても、金髪は意に介しない。
奴は、正面からキーロを見つめた。
獲物を狙う獣の目で。
「それに。俺を無視する女は、久しぶりだぜ。この、グレイ・ミリアムハートJr様を無視する女はな」
ミリアムハートJrだって!?
知っている名だ。
スーパーリーグで台風の目となっている男。
それが、この金髪の正体だったのか。
その金髪ナンパ男――ミリアムハートJrは、キーロを獲物でも眺めるように、凝視していた。
(続く)




