復帰戦
(天空都市群グングニル中央島北西地区:第三コロッセウム)
歓声が聞える。
複数のカメラが俺を捉え、久方ぶりに凍結飛竜の姿が、天空都市群に中継される。
ロッジの主人、見てくれているだろうか?
あと。アウラも、見てるかな。だとすれば、下手な闘いは、できない。
ふう。息を吸い込む。この華々しい円形闘技場の風景を、一服する。
そして、吐き出す。息は、冷気に白化していた。
俺の冷たい闘志が、砂の床まで降り、対戦相手まで届く。
彼らにとって、俺は季節外れの渡り竜だ。ほとんど出くわさない相手に出くわして、かなり表情が強張っている。
地を這う冷気に戦きながら、試験監督三人が仲間内で話し合う。
「……おい、あれ本物だよな」
「他にどういう選択肢がある? 名前だって、ザザだ」
「じゃあ、やっぱり……」
三人の混乱した会話に、割って入ることにする。
俺だけ蚊帳の外は、なんだか居心地悪いし。
「元・氷息帝、ザザ・ムーファランドだ。一回辞めたけど、色々あって戻ることにした。以後、よろしく」
獰猛性の化身である飛竜の姿で、アニマ―ジュ前の三人と朗らかなコミュニケーションを図ろうとする。
が、その試みは失敗した。
三人の試験監督は、今度こそ口を半開きにしたのである。
「……見ろ。やっぱり、本物だ」
「そっくりさんじゃなくて?」
「自分で氷息帝っていったろ。本物だよ!」
また三人で会議を始める。やれやれ。
「あー、申し訳ないが。早く試験をしてくれないか? 後ろにまだ十人、受験者が控えてる。プロテストは迅速かつ効率的に行うものだろ?」
俺が話しかけても、三人はまだ会議を継続させた。
どうやら、順番で揉めているらしい。
「おい、俺が最初に行く。それでいいだろ」
「何言ってる。元とはいえ、七帝だぞ。倒せば、名が売れる」
「そうだ。お前だけに、いい売名案件を譲ってたまるか」
なるほど。確かにノーマルプロなら、七帝と対戦できる機会なんてほぼ皆無だ。
元とはいえ七帝に勝てば、結構名前が売れるだろう。
今日の試験は、平日とはいえ全天空都市に中継されてるし。
「でもな、試験監督で一番ランクが高いのは俺だ」
「でも、お前、前の試験で最終戦だったろ。連戦は規定違反だ」
「なあ、いっそ運だめしで決めないか……」
だめだ。この三人に任せていても、日が暮れちまう。
「それなら三人同時で、かかってくればどうだ?」
腕組みしている三人組が、こちらを見る。
何か言われる前に、俺は端的に彼らを諭した。
「それが一番、揉めずに済む。平等だろ?」
三人は、俺をじっと凝視した後、僅かに不快感を滲ませる。
「つまり、なんだ」
「三人束になっても、お前が勝つと?」
「ずいぶんな自信だな、氷息帝さんよ」
思った通り、やる気になった。
この三人も、ノーマルプロとはいえ、プロ天空闘竜士なのだ。
それなりの自尊感情を持ってる。刺激すれば、平気な顔ではいられない。
「やるのか。やらないのか?」
俺は、ワイバーンの姿で尋ねる。
三人は、さっきとは違って一瞬で結託した。
「おい、やるぞ」
「そうだな」
「一度引退した若造に、これ以上言わせるかよ」
さっきとは違う敵意が、俺に向けられる。
久方ぶりの闘気だ。七帝クラスに比べれば、ひな鳥の威嚇みたいだが、それでも鍛錬とは違うひりひりする感覚。
俺の身体を、獰猛な血が駆け巡る。
実況が、三人同時の試験に変更されたことを伝える。
観客席は、俄然沸いた。
だが、飛竜の視力でこっそりキーロを盗み見ると、明らかに憤慨している。
俺が目立ちたいばかりに馬鹿をやったと思っているらしい。
寧ろ、逆である。三人とも一試合で葬った方が、戦闘時間が短くなる。負担も少ない。
後は、どう三人を仕留めるかだ。
まあ、算段はついてる。
「おい! 氷息帝さんよ。ずいぶん目立ちたがりだな」
「出る杭は打たれるってこと、その身をもって、教えてやろう」
「覚悟しておくんだな。負けても知らんぞ」
試験監督達が、俺へ威勢のいい言葉をかける。
「ごたくはいい。さっさとアニマ―ジュして、かかってこい」
「上等だ……!」
「あとで吠え面かくなよ!」
「見せてやろうじゃねえか!」
三人を閃光が包む。アニマ―ジュの光だ。三人とも、鳥型だった。
全員、猛禽類だった。黒と白の斑。南国の原色。最後は、白頭鷲だ。
一番巨大な鷲で、翼長十四メートルほど。鳥の中では、まあまあ大型だろう。
俺よりは、俄然小さい。だが、三人同時なら、俺を墜落させる力もありそうだ。
お互い初期位置について、睨みあう。結構、怒ってるな。
でも、あの三人より、キーロの方が怖い。
そう思っているうちに、実況の絶叫とともに、試合開始のブザーが鳴った。
「さっそく堕ちろ! 小生意気な怪我人が!」
合図と同時に、白黒の鷲が俺に突撃してくる。
かなりの早さだ。俺の首元を、正確に狙っている。
だが、鋭利な嘴は空を切った。
俺は、すでに離陸している。
ただ離陸した訳ではない。嵐のような風圧を、元いた場所に残して、いなくなったのだ。
突如発生した乱気流に巻き込まれ、そいつは成す術がなくなる。
気流に呑まれ、平衡感覚も完全に失った。洗濯機に入れられた羽毛布団、同然である。
六枚の翼が巻き起こした砂塵は、砂嵐のようだ。その中枢に突っ込めば、いくら大型の猛禽類でも、飛んでいられない。
終に、そいつは石壁に激突してしまった。そこから、砂の地面に落下する。
見届けた俺は、上空に舞い上がった。
と、背後から、先に上がって待ち受けていた鮮やかな体色の猛禽類が、俺に襲いかかる。
クレバーな攻撃だ。浮上した直後を、狙う算段だったらしい。
だが、飛竜の索敵に資格はない。脳天めがけたその攻撃をぎりぎりまで引き付け、回避する。
二人目が、俺の胴体に沿う角度で落下してきた。
その終点には、鞭のような尻尾が待っている。
頭部を尻尾で振りはらわれた二人目は、意識を失ったのかそのまま地上に潰えた。
さて。これで二人目。
あと一人は、どこだ?
たぶん、一番強い奴だな。
そう思っていると、野太い叫びが左から聞えた。
急旋回して交わす。今日は体が軽いな。
これが終わったら、キーロとリハビリでもしよう。動き足りないし。
「くそ、どうしてそんなに動けるんだ!? 怪我をして飛べないはずじゃ……」
「生憎だったな。治ったのさ。完全じゃないけど」
「くそ! そういうことか!!」
「落ち込むなよ。いい腕してるぜ」
「う、ううっ! 昇格試験なのに、その余裕はなんだぁぁぁぁぁ!」
巨大な白頭鷲が一直線に突っ込んでくる。
それも、正面からだ。
ブレス持ちの対戦相手に、それは自殺行為である。
俺の口内で、氷河時代の冷気が渦巻く。
「悪いな、これで三連勝だ!」
冷気が解き放たれ、白頭鷲に殺到する。
奴の両翼は凍り付き、石像のように固まった。
もう、飛ぶことはできない。
そのまま、墜落するだけだ。
重い物体が堕ちた音がして、試合終了のブザーが静寂を破る。
直後、観客席は歓声に沸いた。
勝者をたたえる礼賛である。うむ。いい気分だ。これぞ、円形闘技場の醍醐味だな。
『――やはり、やはり氷息帝は本物です! ノーマルのグラディエーターをものともしない闘技! 流石は、元インペリアルリーガー! 最高ランク二位の男! 受験者ザザ・ムーファランド、見事プロに再昇格であります!!』
実況のアナウンサーが、かなり熱のこもった様子でまくしたてる。
カメラの全てが俺を映している。けっこう、いい画だ。景気づけに咆哮しておこう。
うむ。これで、結構ファンが増えたかもしれないな。勇ましい咆哮は勝者の特権だし。
俺はアニマ―ジュを解除して、試験の舞台を後にした。
久々に浴びる歓声が、俺の背中に降りかかる。
懐かしい感覚だ。四か月も忘れていた。
でも、俺は戻ってきたのだ。
この栄光を浴びるための舞台へ。
地下へと続く階段を降りたあと、控室には戻らず、別の階段で地上へ出る。
地上にある協会の事務所で、プロの証書を受け取るためだ。
それが発行されれば、俺は晴れて天空闘竜士に復帰である。
えーと、事務所はどこだっけ。十五のとき、一度目の試験を受けに来て以来だから、迷うな。
暫く迷ったあと、事務所に辿り着くことができた。
そこには、キーロが待っている。
キーロと目が合う。
三人同時に相手して、怒ってるかとも思ったが、どうやら大丈夫のようだ。
笑顔でキーロは俺を出迎える。
「おめでとう。これで、第一段階はクリアね。 氷息帝さん?」
「動き足りないな。一瞬で片付いたし。このあと、訓練しないか? どっか借りてさ」
証書の発行を待ちながら、キーロと話す。
事務所の周辺にカメラはない。ここは、関係者専用の空間なのだ。
キーロには、俺の関係者証を与えている。だから、観客席からここまで来れた。
「勿論、するわよ。整体もね」
「訓練はいいけど。電撃マッサージは、どうにかならないのかよ……」
「な・り・ま・せ・ん! 証書を受け取って、すぐに帰るわよ。訓練量、減らすつもりないから」
「それはいいけど、今日くらい、ステーキ食わせてくれ。サーロインだ。サーロインが食いたい」
「だめ。いつも通りササミとプロテインよ。あと、青汁」
「はあ……」
今日くらい、お祝いで霜降り肉が食えるかと思ったが、甘かったようだ。
俺とササミの蜜月は、まだ続くようである。
そうやって会話しているうちに、証書が発行できたようだ。
結構、上等な羊皮紙でできている。インペリアルリーグの証書よりは質素だが、それでも最初の一枚としては上出来だろう。
「それに恥じないように食事制限に勤めてね。新人グラディエーターのザザ選手?」
「あのな。俺、すでに一回なったことあるんだぞ? 新人じゃないっての」
「そういう気持ちで臨みなさいってこと。氷息帝って実況に呼ばれるたびに、あなた、ニヤニヤしてたわ。恥ずかしい」
「え、嘘」
「嘘よ。でも――心の中はそうだったみたいね」
くそ。嵌められた。いつも引っ掛かるやり口だったのに。
迂闊だったな。
キーロは、俺の後ろで小賢しく勝ち誇っている。
ふん。いつか、この顔を真っ赤にしてやろう。
そう思いながら、コロッセウムの出口を俺がくぐった瞬間。
眩いフラッシュが、俺とキーロを照らした。
(続く)




