二度目のプロテスト
(天空都市群グングニル中央島北西地区:第三コロッセウム)
天空闘竜のプロテストは、偶数月の1日に行われる。
受験資格は、アニマ―ガス免許を持ち、三か月以上のセミプロ経験がある選手だ。
今日は、十二月一日である。
本日行われるプロテストは、今年最後の昇格機会だ。
そのせいもあってか、受け付けは混んでいた。
最大で四万人を収容する第三コロッセウムに、かなりの人が詰め掛けている。
全員がテストを受けに来た受験者じゃないだろうが、今年最後の望みをかけて受験するセミプロは多いようだ。俺のような復帰組もいるかもしれない。
俺は、マスクとサングラス、そしてフードつきの黒いジャンパーという不審者みたいな恰好で、受付に並んでいた。
俺だって、ひったくりみたいなファッションはご免だ。しかし、元七帝が再びプロテストを受けにくると周囲に知られれば、騒ぎになるかもしれない。
好奇の目に晒されるのはご免なので、妖しい変装に甘んじている。
「次の方、どうぞ」
ニ十分ほど待って、俺の番が回ってきた。受付の協会関係者に促されるまま、俺は必要な書類を作成する。
「……できました。ごほごほ」
風邪を装って、俺は受付嬢に記入し終えた申請書を渡す。
若い受付嬢は、親切そうに受け取ってくれた。
「ありがとうございます。お名前は、ザザ・ムーファランド様で、お間違いありませ……。え? ザざ――」
「――ありがとう。たぶん間違いない。行ってもいいかな? 後ろが待ってる」
俺の正体に気づいた受付嬢が何言う前に、サングラスを外して、受付嬢だけに俺の素顔を見せる。
受付嬢は、呆気にとられた様子で、こくこく頷いた。可哀想に。少し脅すみたいになってしまったではないか。
だが、背に腹は代えられまい。せいぜい、笑顔で去って、後腐れのないようにしよう。
「どうも。親切な対応、ありがとう」
「……あ。は、はい。試験会場はあちらです」
引きつった微笑で、受付嬢が俺に進路を示す。
「どうも。すまない」
俺は再びサングラスをかけ、会場であるコロッセウムの競技場に向かった。
途中の通路で、待っていたキーロに脇を小突かれる。キーロはいつもの苦学生姿だ。
これから最初の関門を迎えるというのに、キーロは落ち着き払っている。俺の実力を信用しているのだろうか。
「馬鹿。完全にバレてたじゃない」
「仕方ないだろ? 本名書かなきゃいけないんだから。どうしても、あそこで一人には感づかれる」
競技前の体調をチェックするために、両眼を妖しく光らせたキーロが、呆れた口調で言う。
「あなた、受付のお姉さんに口封じしてるとき、強盗みたいだったわよ」
「強盗って。そこまで酷くないだろ!」
「ほとんど同じよ。気をつけてよね。私を、悪徳グラディエーターの専属医にするつもり?」
「……わかったよ。極力、大人しく合格してくるさ」
「肝に銘じてよね。じゃ、私、観客席の方で見てるから」
「おい、それだけか? 応援とかは?」
キーロは一度だけ立ち止まり、こちらを振り返った。
「がんばってね。でも、無理は駄目よ。無茶して怪我したら、強制送還だから。わかった?」
「おう。いってくる!」
「あ、それと」
「なんだ?」
「今日、テレビ局のカメラが来てるわ。振る舞いは、紳士にね」
そういって、キーロは観客席の方へ行ってしまった。
あっさりした別れ方だ。俺のことを少しも心配していない。
俺が元七帝だから、ノーマルプロへの昇格試験くらい、軽く受かると高を括っているのか。
それとも、あえて応援しないで、俺の奮起を促しているのか。
まあ、どちらにせよ。合格してこい、ということなのだろう。
俺にとっても、久々の円形闘技場だ。
わくわくするし、血が沸き立つ。
あの円形の決闘場で、久しぶりに人々の歓声を浴びることができる。
それだけで、俺はうれしいのである。
よし! 一丁、派手にかましてやろう。
氷息帝ザザ復活の軌跡が、この試験から始まるのだ。
あ、そうだ。プロテストの内容を説明しとこう。
試験は単純だ。三人の試験監督と、総当たりで試合をやる。二勝すればプロに昇格。勿論、参照すれば文句なし。単純明快だろう?
今回の試験はノーマルプロのものだから、対戦する試験監督は、ノーマルプロの中位選手だ。
だいたい、抽選で選ばれた選手が、試験監督に抜擢される。中には、試験監督としての古株もいて、長年勤めている選手もいるらしい。
もしかすると、俺が一回目の試験を受けたときの監督官が、今回も相手かも。……流石にそれは、ないか。やっぱり。
俺は、試験を受ける選手たちが案内される控室にやってきた。
広い室内には、ざっと二十人ほどがいる。受付のとき、俺の後ろにあと十人はいたから、今回の受験者は三十人ほど。まあ、平均くらいの受験者数だ。
試合会場では、テスト戦を観戦しにきたお客のために、アナウンスが始まっている。
今回の試験種、試験監督たちの名前、観戦上の注意。
あ。あと、受験者名も教えてくれるのか。知らない名前ばかりだな。
いや。ちょっと待て。これってやばいんじゃ……。
そう思った瞬間に、観客を煽る実況の大声が聞えてきた。拡張器ごしに。
『――そしてぇ、なんと十九番目の挑戦者は、あの氷息帝! ザザ・ムーファランド選手です! 四か月の沈黙を経て、彼がコロッセウムに還ってきました!! みなさん! 今日いらしたみなさん! あなた達はかなりの強運の持ち主です! あの幻となった凍結ブレスを、再び見られるのですから!!』
コロッセウムが、どよめきと歓声に沸き立つ。
それに調子に乗った実況が、俺の名前を連呼する。
『――ザザ! あのザザです! ザザ・ムーファランドが、この第三コロッセウムに、間もなく降臨いたします!!』
今度はすごい拍手と歓声が上がる。
ああ、もう変装する意味ないな、これ。
……いや、でも、そこそこうれしいかも。
還ってきたのに無関心でいられるよりは、騒がれる方がずっといい。
それだけ、一度目の現役時代が、人々の記憶に残ったということだ。
俺は、すこしだけ小さな地鳴りのような歓声を、堪能した。
俺は、戻ってきたのだ。俺のいる場所に。天空闘竜の舞台に。
「よお、人気者だな。氷息帝の旦那」
と、感慨にふけっていたのだが。隣の選手に話しかけられた。
そいつの両目は、ばっちり俺をロックオンしてる。
やっぱり、変装は限界か。しかたないな。溢れ出るスター性があるからだろう。うむ。
と、馬鹿な事を夢想して、俺はサングラスとマスクとニット帽をとった。
「なにか?」
俺が顔をみた男は、驚いて両目をかっぴらいた。
「うお! 本物だ。あんた、戻ってきたんだな。怪我したとか聞いてたが……」
「ああ。また一からの出直しでね。今日はお互い昇格できるといいな」
「……あ、はい。ありがとうございます。……、」
「まだ、なにか?」
「……あの、握手してくれねえか?」
俺は、にこやかに握手することにした。
何しろ、うちの大本営が紳士的に行動しろと指令を出している。背いて強制送還はご免だ。
「かまわない」
「あ、ありがとうございます! すげえな。今日は、勝てそうな気がするぜ。ありがとよ氷息帝の旦那!」
喜ぶ隣の男。その様子を見て、控室の選手が次々に握手を求めてくる。
「おい、俺とも握手してくれ」
「もちろん」
「僕ともお願いします!」
「ああ。ほら」
「ツキがきそうだ。頼む!」
「勝てるといいな」
「氷息帝さん、私とも!」
「君も勝てるといいね」
次々に、俺は握手を求められた。やっぱりいい気分だ。四か月ぶりに、有名人気分を堪能しておこう。
俺は紳士的な態度で、握手を求めた選手たちに一言かけることにした。こうした方が、過去のヒールの印象を撤回できる。
半分の選手は、思ったよりも俺に行為的だった。もしかすると、試合前の緊張を、俺で紛らわせたかったのかもしれない。
だが。
残り半分は、俺を冷めた眼つきで見ていた。
「はん。今更還ってきて、何ができるんだよ。どうせ、冷やかしだろ?」
そういう陰口も聞こえてくる。
はん。こういうヤジは、一度目の競技人生で、山ほど経験済みだ。
無論、対処法も。
色々レパトリーはある。が、今回はキーロの忠告を聞いて、紳士的なものを選ぼう。
昇格したのに、キーロに目くじら立てられるのはご免だ。
「俺は、冷やかしで天空闘竜をやったことは、一度もない。今後もない。だから、自分の面倒だけみてくれれば、結構だ。そこの、君」
「な、なんだと」
俺に指摘されたそいつが、立ち上がりかける。俺と同年代くらいの若手だ。
が、その前に呼び出しアナウンスがかかる。
最初の選手が試験を行うのだ。
いよいよ始まるらしい。
しかも、予想通り、呼ばれたのはさっきの若手選手だ。
「ほら、あんたの番だ。ちゃんと勝って、あんたが冷やかしじゃないところを、俺に見せてくれ。この氷息帝に、見せてくれるんだろ?」
余裕たっぷりに、俺が若手選手を見つめる。
試合の緊張と俺の眼光に気押されて、そいつは徐々に青くなった。
後は、俺は微笑を浮かべるだけだ。
試合前に他人に噛みつく奴は、だいたい極度の緊張からそうする。
その火の粉を払うには、そいつが本来感じるべきプレッシャーを可視化させるだけでいい。
そうすれば、そのプレッシャーの相手に忙しくなって、他人に構う暇がなくなる。
今のやり取りを見たからか、これ以上、俺に蔭口を叩く奴はいなくなった。
誰だって、大事な試合の前に、必要以上のプレッシャーをかけられたくないだろう。
プロへの昇格試験なら、尚更だ。
俺は、その心理を利用しただけである。
よしよし、うまくいったな。これだけうまくいくとは、やはり元七帝の威光があるからだろう。きっと。
思ったよりもうまく事が運んで、俺は上機嫌である。いい状態で、試合を迎えられそうだ。
さっきの若手選手は、俺に上乗せされたプレッシャーに負けたのか、惜しくも一勝二敗で昇格はならなかった。ほーら。いわんこっちゃない。
その後も、試合はどんどん消化され、終に十九人目。
俺の番となった。
出陣である。
『――さあ、いよいよお待ちかね! かの氷息帝の登場だ! 観客席の皆さま、あの冷気を目に焼き付ける準備はよろしいか!? では、お呼びしましょう! 十九人目の挑戦者、ザザ・ムーファランドォ―――――!!』
実況、気合い入ってんなあ。
まあ、お通夜みたいに送り出されるより、よっぽどいい。
「氷息帝の旦那! 頑張ってください!」
最初に握手を求めてきた選手が、控室にでる俺にエールを送る。
俺は、ありがたく受け取った。
「ありがとう。暴れてくるぜ」
「ヒュー! 痺れるねぇ。さっきの返しといい、あんたやっぱり七帝だったんだな」
「そうだな。そして、また戻るんだ。その王座に」
俺は軽く手を振って、ノリのいいその選手に分かれを告げた。
控室を出た後、長い階段に出る。コロッセウムの地上へと続く階段だ。
(※控室は地下にあるから、廊下ではなく、階段なのである)
一段一段踏み締めるたびに、俺の野性と本能が疼く。
これからの戦いと歓声が、待ちきれない。
戻ってきたのだ。この石段を踏みしめ、決闘の舞台に近付いて行くたび、その実感が大きくなる。
そして、それは地上に出たとき、頂点に達する。
円形に三百六十度を囲む高層の客席。乾いた土の床。そして、頭上に広がる空。
ここが、俺の戻ってきたかった場所だ。
『――では! これより! 十九番目の挑戦者。還ってきた氷息帝、ザザ・ムーファランド選手のノーマルプロ昇格テストを行います!!!』
その実況を合図に、俺をアニマ―ジュの光が包む。
「――『あるべき鏡の巨躯よ、我が真の姿となれ』!!!」




