雪の国との別れ
(天空都市群グングニル 最北島内陸部北側:プラト山村 エアバス停留所)
一か月のリハビリは、無事に全行程を終了した。
本日、十二月一日は、俺達が中央島に帰る日である。
今日、この最北島から数時間かけ中央島に戻り、そこでプロテストを受け直す予定だ。
いよいよ、待ちに待った復帰の瞬間が訪れたのだ。まあ、もう数時間だけ、先になりそうだが。
まだ黄金の朝日が昇りきらぬころ、俺とキーロはエアバスの始発便を待っていた。
「忘れ物、ないわよね? 財布に、チケットに、聴診器――」
「お前に聴診器なんて、必要ないだろう。キーロ、お前は『サーチ』でなんでも可視化できるじゃないか」
「雰囲気よ。ふ・ん・い・き! でもまあ、今回の合宿では使わなかったわね。大学に入れば、使うかもしれないわ」
「心配するなって。俺が、さっさと七帝に返り咲いてやる。そうすれば、お前は首席でGUAに入学できる。お互いにとって、ビジネスは大成功。俺は怪我を治し、お前は大学に入る。お互い、当初の目的が果たせる」
「そうね。でも、油断は禁物よ。まだ、一か月のリハビリが終わっただけなんだから。大変なのは、寧ろここからで――」
「――ここから、だな。分かってるさ。分かってる。勝負は、此処からだ。まだ、俺の調子は万全じゃない。これからもリハビリに励み、ストイックな日々を送らないと。実戦で勘を取り戻しながらな。……そのためにも、主治医の力がこれからも必要だ。頼むぜ、名医殿?」
「ふん。褒めたって、リハビリの量を減らすつもり、ないから。整体も止めない」
「ああ、そう。頼もしいね」
軽口を叩き合いながら、二人でエアバスを待つ。
「……この一カ月、最初は半信半疑だったけど、あなたを信じて良かったわ。私、実を言うと、あなたの怪我が本当に治るかどうか、毎日不安だったの。勿論、理論は完璧だった。でも、それを実現できる人の意志が無いと、理論は現実にはならない」
キーロが、早朝の静寂の中、ぽつりと告白する。
そうか、キーロも不安だったんだな。俺と同じように。
「俺も、最初は信じられなかった。お前をただの苦学生だと、勘違いしていたんだ。お前がバカロレア試験で十五科目満点だったって知ったときも、それが俺の怪我を治す確証になるとは、思わなかった。ここに来た時ですら、まだお前の力を信じてなかったよ。……でも。一カ月、お前とリハビリをして分かったぜ。お前は本物だ。間違いない天才だって。天空獣医師になるべき人間だって。だから、もうお前を疑わない」
「そう。じゃあ、私もそうする」
そこで、会話が途切れる。
なんだか、恥ずかしい雰囲気だな。二人きりだし、お互い隠してた本音を打ち明けてしまったし。
でも、キーロとの関係は、この一カ月で明確に発展したと思う。
それだけ、俺が主治医としてキーロを信頼し、キーロもまた、俺を選手として尊敬してくれている、ということだ。
まあ、異性として意識するかどうかは、また別の問題だが……。
エアバスがやってくる。俺達を新たな舞台に運ぶ一便だ。
「さ。行きましょ、ザザ」
「よし。行くか、キーロ」
俺は二人分の手荷物を持って、キーロのあとを追う。
「お昼の二時から、プロテストが始まるわ。あなたは身体を休めておくこと。いいわね?」
「昼の二時か。待ち遠しいねぇ。久しぶりのコロッセウムに、衝撃の復活旋風を吹かせてやる」
「張りきるのはいいけれど。馬鹿やっていきなり怪我を悪化させたら……」
「悪化させたら……?」
「その日のうちに、ここに戻ってくるから。いいわね?」
キーロは『魔女の笑み』を浮かべていた。
彼女は本気だ。間違いなく、俺が加減を間違えてやらかせば、今日の夜には此処に俺を引きずってくるだろう。
ここでの暮らしは実りあるものだった。が、もう一カ月なんて冗談じゃない。
これは、くれぐれも肝に銘じなければ。無茶はだめだ。駄目、絶対。
「……わかりました。気をつけます」
「そう。ならいいのよ。復活した氷息帝を、見せつけてやりましょう?」
「お、おう。無茶し過ぎない範囲でな」
「安心して。私、中央島に帰っても、あなたの主治医だから。試合の怪我は、私が治すわ。だから、あなたは勝つこと。全てに勝利すること。それが、あなたの使命。いいわね?」
「言われるまでもないぜ、キーロ。俺は、復帰すると決めたときから、そのつもりだ。どのグラディエーター相手でも、コロッセウムの床に、沈めてやる」
「そのいきよ、氷息帝さん」
「おかげさまでな、主治医」
エアバスのドアが閉まり、エアポートに向かって動き出した。
怪我をした元七帝と恵まれぬ天才の復活劇が、幕を開ける。




