メイド参上
遅れました、すみません
やっとここに戻ってきました
まだ続きますが、そろそろ決着に向かうハズです
「……アーティア……?」
俺は掠れる頭で何とか参上した金髪のメイドを呼ぶ。
攻撃する程に強くなる脅威の能力を持つカオスが背後に佇んでいるというのに、いつも通り優雅に微笑むアーティアは少し異様ではあったが、俺にとって頼もしいモノではあった。
カオスも隙だらけなハズのアーティアに攻撃することはなく、警戒するように様子を窺っている。
多分だがカオスの生まれた過程で発生したアーティアに、興味を持っているのかもしれない。
いや、警戒しているんだろう。
俺はそこでやっと分かったが、生物としては最強のカオスが放つ魔力が、アーティアの放つ魔力で緩和されている。
それは俺に安心感をもたらすモノで、カオスに対抗出来る程に強いということだった。
おそらくここに来る前に魔物を倒して手にした力だろうが、アーティアの強さは跳ね上がっている。これについては強い魔物を集めていたアンドゥー教の失策だっただろう。
倒した相手の全ステータスをそのまま奪うという脅威の能力を持つアーティアにとって、自分よりも弱い魔物など俺達から見た経験値と変わらないだろう。
毒々しい紫と黒を鋼色で覆って出来たドロドロの(ように見える)身体と無数に生えている触手。カオスはアーティアを警戒して何も仕掛けてこないが、油断なく構えている。
「……ご主人様、大丈夫ですか?」
立てます? と聞きながら俺に手を差し伸べてくる。俺は頷いてアーティアの手を取り、立ち上がる。……魔力が切れて弱気になっていたのかもしれない。それとも最近一人で戦うことがなかったから心細かったのだろうか。どっちにしろ、アーティアにカッコ悪いとこを見せたのには変わりない。こんな場面でも「ご主人様」と呼ぶ目の前の美女がそんなことで幻滅するとは思えないが、俺にも通したい意地がある。
もう仲間内では一番弱いのが決定事項ではあるが、主となってしまった以上無様な姿を晒すことはしないようにしよう、と思っていた。……まあ俺が一番無様になっているのは仕方のないことなのかもしれなかったが。
「……悪いな、アーティア。そっちはどうだったんだ? 階層にいた魔物はちゃんと倒してきたのか?」
そんな場合ではないと分かっていながら、俺はアーティアに聞かずにはいられなかった。アーティアと共に残ったのはリフィアだ。アーティアがそんなことをするとは思えないが、リフィアの無事を確認したかった。
「はい。何か最後に人工的に作られたらしいフェニックスが出てきたので、リフィアさんに任せて来ました。残る階層も素通りしてきましたが全員無事ですよ。ご主人様以外、全員苦戦はあっても負けることはないかと」
アーティアは俺が危惧していることを読み取ったかのように言う。……最後はちょっとトゲがある言葉だったが。
「……まあ、それも事実だけどさ」
俺は苦笑しながら魔力回復薬を飲む。……流石にここは共闘するべき場面だ。相手もそうだが、この先にいるアンドゥー教がどんな力を隠し持っているか分からない。協力して戦うのは当然だろう。
「……ご主人様は先に行って下さい。ここは私が」
だがアーティアは今までと同じように俺を先に行かせようとする。……確かに俺がいても足手纏いだ。だがスキルもステータスとして奪えるアーティアとは言え、カオスをまとめて消し飛ばすような広範囲超威力の魔法や技を持っている訳ではないだろう。
「……いや、こいつを倒すのはアーティアじゃ無理だ」
他の魔物である仲間やリフィアならまだいけるだろうが、アーティアの戦い方は短剣を使った高速戦闘。素早く移動し時には短剣を投げつける。そんな範囲の狭い攻撃ではカオスが倒せない。
「……ご主人様でもそんなことを言われると傷付きますよ? 私、これでも前回とは桁違いに強くなってるんですから」
アーティアはわざとらしく眉を寄せておどけたように言うと、カオスに単身突っ込んでいった。……あいつ、俺の話聞いてねえ。態度が大きくなりやがった。
「……カオスが生まれたのは私達への研究があってのことなんですよね? では一応の姉として、敗北をプレゼントしましょう」
アーティアは俺のジト目にも気付かずカオスにそう告げて、魔力を全身から溢れ出させる。
「……っ」
隠しているのは分かっていたが、実際に肌で感じてみるとその異常さが分かる。アーティアは俺やリフィアと違ってこの世界で生まれ育った普通の人間だ。もしかしたらその中でも類い稀なる才能を持っていたからこそ実験の産物として強大な力を手にしたのかもしれないが、英雄として異世界から召喚された訳ではない。
それなのにここまでの力を持っているのは、脅威であった。
フィネア達にも言えることだが俺達なんて必要ないくらいに強いヤツが揃っている。その気になれば人間のフリをしながら英雄として生きていくことだって出来る。グランは兎も角フィネアはそういう道を選ぶことが出来たハズだ。フィネアは聞いていた戦女神・ヴァルキリーと違って人間である俺にも比較的友好な態度を取っていた。それなら人間に混じって生活するのも出来なくはないだろう。
つまり、何が言いたいのかというと、俺達異世界人の英雄は果たして本当にいるのだろうか、ということだ。現段階では何とも言えないが、少なくとも戦いに関しては必要がないように思える。……まあ魔物と人間が相容れない存在であるのだから、その接点がなければ魔物が人間に干渉することはないのだろうが。
もしかしたら先入観を持たない魔物と人間を繋ぐ者が欲しかったのかもしれないと、漠然とだが思った。
俺がそんなことを考えている間にもアーティアは高速で動き、カオスの身体を切り刻んでいく。その端から再生しているが、叫ぶ暇を与えていないのでこれ以上の進展はなかった。……カオスの口みたいな部分を封じれば叫ぶことは出来なくなる。だがそんなことで終わるようなカオスなんだろうか。魔物を融合させたらしきこいつはつまり、口をいくつでも作れるということではないのだろうか。
そう考えていると、カオスは触手の先端に口のようなモノを作り、
「イイイイイィィィィィリイイィィィィィx!」
と奇妙な叫び声を上げた。アーティアはそれに驚いていたがカオスの能力を知らないので構わずカオスの身体を斬りつける――と今までスパスパ斬れていたカオスの身体に弾かれた。カオスの身体はさらに硬度を上げたんだろう、赤黒い色に変化していた。
だがアーティアは慌てることなく渾身の力でカオスの身体を斬りつける。するとカオスの身体に再び切り傷がついた。……今までアーティアはカオスの攻撃を避けるのに労力を向けていて、攻撃はついでという風だった。だからこそ渾身の力で攻撃すれば斬れる訳だが、カオスは再び奇妙な叫び声を上げる。自分よりも速く斬ってくる敵に対抗するためだろう。
「っ……!」
次に攻撃を放った時、カオスの体表は半透明で綺麗な水色に変わっていた。――それはアーティアが持つ短剣と同じ素材である。鉱石では最強の硬度を誇るそれは、オリハルコンである。
そのためガキィン! と思いっきり弾かれてしまった。剣の腕はアーティアも立つ方だが、カオスの硬度は鉱石をそのまま山にしたようなモノである。斬れずに弾かれるのは当然というべきか。
「……何ですか、あれ。叫ぶ度に硬度が上がるんですけど」
気持ちを整理しようと思ったのか、アーティアは一っ跳びで俺の隣に着地すると文句を言ってきた。
「……お前が勝手に突っ込んでいったせいで言えなかったが、カオスは叫ぶと今までのこちらの攻撃に対応するような力を発動してくる。つまり、相手に合わせて強くなるってヤツだな。速度も上がるから油断出来ないし、俺もボコボコにされたから分かるが、一筋縄ではいかないぞ」
「……分かってるなら最初から教えて欲しかったです。でもご主人様の言う通り、これは共闘するしかなさそうですね。カオスを倒すには一撃で消し飛ばす必要があるみたいですし」
アーティアは拗ねたように言いながら、最終的な解決策を見つけた。……さすがだな。頭が切れるようでもあるようだ。無限に強くなるのかどうかは分からないが、最終的には全部まとめて消し飛ばすのが一番だ。
俺とアーティアは横に並び、カオスを見据えて身構えた。