異端と追撃部隊
俺とフィネアの二人になってしまったが、ついに終盤だろう九階に到着した。
……このままだとカオスのいる階に辿り着く前に全滅だぞ。
フィネアがいくら強いとはいえ、同じ戦女神・ヴァルキリーや同等のモンスターに出てこられてはキツいだろう。しかも俺という足手まといを抱えての戦闘だ。もっとキツい。
「……あら」
九階への階段を上り切って階の中が見渡せるようになってから、フィネアが惚けたような声を上げた。だがその顔は少し焦ったようで、冷や汗をかいていた。
「……フィネア」
鋭い目付きをしたフィネアと同じような装備で、しかし純白のモノを纏った有翼の女性達。
髪は白銀か純白で、装備も同じ。
フィネアの色違いーーつまりは戦女神・ヴァルキリーの集団だ。
ざっと見百以上いる。
「……戦女神・ヴァルキリーともあろう者が、人工魔物に乗っ取られるなんて情けないわね」
フィネアは挑発するようなことを言う。……いやいや、あんまり刺激しないで? 俺が危ないかもしれないから。
「……誰のせいだと思っている……っ!」
先頭にいるキツそうな性格っぽいヴァルキリーがギロリ、と鋭い睨みをフィネアに向ける。……何かあったんだろうか。何か長年の因縁っぽい雰囲気なんだが。
「……はぁ。私のせいなんでしょ?」
フィネアはため息をついて言った。……相変わらず飄々とした態度だが。
「……ご主人様。戦女神・ヴァルキリーは他の魔物と違って同種でいくつも群れがあったりしないのよ。ヴァルキリー全員がその集落に住んで暮らすのよ。ま、私みたいな追放者もいるけど、それは例外ね。ヴァルキリーの集落にはかなり厳しい掟があるのよ。ヴァルキリーはその名の通り女しかいないから血を絶やさないためにも外出は許可されるけど。私は生まれつきこんな姿だったから、捨てる予定だったらしいわよ? 清廉潔白なヴァルキリーが穢れた黒をしてるなんて、みたいな。でも私はヴァルキリーの成人、十四になるまでは魔力が乏しかったのよ。だから例え楯突いても押さえられるから生かしたの。そしたらヴァルキリーの成人式って本来持つ潜在能力を開花させるんだけど、半端じゃない程の魔力になっちゃって。追放されたのよ」
フィネアはいつもと変わらぬ軽い口調で事情を少し説明してくれる。
「で、彼女達は追放ーーというか処刑されそうになって逃げた私を追う部隊なの」
やっと相手の正体が知れた。かといってどうという訳でもないが、フィネアの知り合いなんだということは分かった。
……フィネアも苦労してきたんだな。
そう思うとフィネアの頭を撫でてやりたくなるが、ここはグッと堪える。
「……よくこの人数から生き延びてきたな」
「……ま、異端のヴァルキリーはそれくらい強いってことよ」
俺の言葉にフィネアは肩を竦めた。……さりげなく自分が戦女神・ヴァルキリーの最強だった言ってるのか。さすがだな。
「……ご主人様? 戦女神・ヴァルキリーの主は神のみ。古より伝わる掟を忘れたか!」
ヴァルキリー達はフィネアと俺をキッと睨んでくる。……何で俺まで。
「……異端で逃げてきた私が、何で古い掟に従わないといけないのよ。もう純潔でもないわよ?」
「なっ……!?」
声を上げたのは先程からフィネアと喋っているヴァルキリーだったが、ヴァルキリー達は驚きざわめいた。
……何? 純潔は正式な儀式で捧げなきゃいけないとか? でもまあ、フィネアは追放された身だし、掟を守る必要はないと思うんだが。
「……あんな恥ずかしい儀式、追放されてなくてもならないわよ。何よ神に純血を捧げる儀式って。ただ膜に穴開けるだけじゃない。しかもよく分かんない棒で。あんな人間から見たら何のプレイって思われるの、やる訳ないわよ」
フィネアはほんのり頬を赤くして、やや早口で言った。……危ない、想像しそうになった。フィネアは兎も角目の前にいるヴァルキリー達がそんなことをやったのかやるのかは知らないが、そんな状況になるのを想像しそうになってしまった。こんなシリアスな状況でそんな想像を繰り広げるもんじゃない。
「……煩い! あれは神聖な儀式だ! 下賤な人間などにはそれが分からないだけだ!」
先頭のヴァルキリーはフィネアを睨み付けるが、その顔は少し赤かった。……やっぱり恥ずかしいのかもしれない。
「……下賤って、それはご主人様のことを言ってるのかしら?」
ゾクッ。
隣から発せられた冷たい声に、俺は背筋が凍りついたような感覚を覚えた。
向けられている訳でもないのに足が竦んで震える。
「……どうやら、堕ちるところまで堕ちたようだな」
フィネアの殺気に応じてヴァルキリー達も殺気を放ち、すっかり臨戦態勢だ。
「……フィネア」
俺は何と声をかけたらいいのか、フィネアを呼んだ。
「……ご主人様は先に行って。ここは私がやるわ。いえ、やらなくてはならないのよ。それに、味方を気にしないで戦わないと勝てないのよ。だから、お願い」
フィネアは俺を見ずに、敵を見据えて言った。
……でも、この先進んでいく自信がないんだが。かといって俺がここに残っても瞬殺されそうだが。
……他の皆に託されて進んできた俺だが、やっぱりアーティアと代わって残れば良かったかという思いが消えない。
正直、不安だ。
「……大丈夫よ」
そんな俺の不安を見透かしたように、優しい声音が聞こえた。
「……皆口には出さないけど、ご主人様には感謝してるのよ。ご主人様に召喚されたおかげで私達は欲しいモノを手に入れたの。ご主人様を先に行かせて後悔することなんてないわ。それに、信じてるもの」
フィネアはこちらに優しい微笑みを向ける。
その微笑みは言葉が真実であるという裏付けのように思えた。
「……分かった。ここは任せた。死ぬなよ」
「誰に言ってるのよ。ご主人様も、皆に生きて帰るように言っておいて、死ぬなんて狡い真似しないでね」
俺が言うと、フィネアはそう返してきた。
……それもそうか。
俺はポリポリと頭を掻いて階段へ駆け出す。
「……分かってるよ」
俺は小さく呟いて、階段へ一歩踏み出した。




