↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹の代わりに嫁ぎましたので、嫁入り支度はもう縫いません  作者: 綾瀬つむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/43

第36話 王都へまいります

 書付は、一枚でございました。文は短うございます。裁定所の書付は、用件と日と場所しか書かないのだと、去年教わりました。


 <王都縫い手組合より、ブルーメ工房名義の登録三十七件につき、書式不備を理由とする登録し直しの願い出があった。>


 <昨春の四十七番の取り消しは当所の裁定によるものであり、同工房の残る登録も当所の見るところとなる。>


 <よって、六月十一日、当所にて検分を開く。>


 <オストマルク辺境伯夫人ユーリアは、昨春の一件の当事者として出頭されたい。>


    ◇


 願い出をしたのは、ヴァイス様でございます。わたしではございません。わたしは何も出しておりません。手紙の返事も書いておりません。


 あの方は、ご自分で裁定所へ持っていかれました。三十七件を組合の名で載せ直すには、裁定所の裁可が要ります。去年、四十七番が当所の裁定で取り消されておりますので。


 通らないはずがない、とお考えなのでございましょう。書式は完璧でございます。不備を正すという願い出でございます。断る理由がございません。


 わたしが呼ばれますのは、去年の当事者だからでございます。意見を申せと書いてはございません。出頭されたい、とだけ書いてございます。


    ◇


 支度に、十九日ございました。道のりが十四日でございます。残り五日で、持っていくものを決めます。


    ◇


 まず、十四枚の控え。


 これは、紙のまま持ってまいります。巻いて、母の包み紙で包んで、紐を二か所。箱には入れません。木の箱は、湿気を吸って中へ移します。旅のあいだの湿気は、雨より汗のほうが多うございます。


 油紙で包んで、その上を麻布で包んで、荷のいちばん上に置きます。下へ入れますと、押されます。


 次に、写しを十四枚。


 これは別の荷に入れます。同じ荷に入れますと、荷ごと失くしたときに両方なくなります。旦那様がお持ちくださることになりました。


 それから、母の褥布。イルゼ様の支度箱から出した、あの一枚でございます。


 持ってまいりますかどうか、迷いました。卓に並べれば、ヴァイス様の一枚と同じものが二枚並びます。並べても、どちらが先かは出てまいりません。


 それでも、持ってまいります。


 二十三年前に、あの人が十四枚を縫い込んだ布でございます。縫い込んだ人が、二十三年後に誰かがそれを解くと思って縫っております。解いた者が持ってこなければ、あの人の仕事は途中で終わります。


    ◇


 人でございます。


 ローゼ様。麓の宿場でございますので、下りに寄ってまいります。


 グレータ様。七十六。シュタイン男爵家から、イルゼ様が馬車でお連れになります。王都で落ち合います。


 残る十一人につきましては、名前しかございません。名前のうち、四つは姓がございません。工房におりました頃に姓を書かなかった方でございます。姓のない名前で人を探すのは、できないことでございます。


 七つには姓がございます。そのうち三つは、リンデ様が「帳に名前がある」とおっしゃった三人でございました。ご自分の届け出で、ご自分の意匠を登録しておられる方々でございます。


 その三人へは、宿場から手紙を出しました。返事はまだございません。


 残りの四つは、王都へ着いてから探すことになります。二十三年前の名前でございますので、当てはございません。


    ◇


 出立の三日前に、グレーテが工房へ来られました。


「奥様。留守は預かります」


「はい」


「今年の依頼は、十七人のうち十一人が済んでおります。残り六人は、丈詰めが四つと、褥布が二つ。褥布はわたしが縫います」


「芯は、四隅から三寸でございますよ」


「存じております。宿場のやり方でございましょう」


 グレーテは、卓の上の寝かせ糸をご覧になりました。


「白い十六枷は、置いていかれますか」


「はい」


「六月に戻られるのでしたら、あと二枷は寝かせが足ります。下ろしておきます」


「お願いします」


「日付の札は、書き足しておきます。奥様の字と混ざりますと、あとで分かりませんので、こちらは裏へ書きます」


 留守のあいだの布のことを、二人で紙に書き出しました。蔵の櫃は、六月に一度開けて風を通します。開けるのは晴れて三日目でございます。降ってすぐは、外のほうが湿っております。


 二階の東の部屋は、昼に半刻。工房の窓は朝のうちだけ。日が回ってからは閉めます。日に当てますと、白いものが黄いろに寄ります。


 寝かせ糸の棚は、壁から拳ひとつ。北の端の三枷は染めに回す。


 書き出しますと、十九ございました。グレーテは、それを一度読んで、紙を返してこられました。


「覚えました」


「置いていかれませんか」


「置きますと、見ながらやることになります。見ながらやりますと、書いてないことをやらなくなります」


    ◇


 その晩、旦那様が工房へお見えになりました。卓の上の荷を、ひとつずつご覧になります。油紙。麻布。紐の掛け方。


 控えの包みを取り上げて、裏を返されました。


「紐が結んでいない」


「はい。母が、そのようにしておりましたので」


「解く者が解きやすいように、か」


「はい」


 旦那様は、包みを卓へ戻されました。


「ユーリア」


「はい」


「王都は、一年半ぶりか」


「はい」


「実家の家は、どのあたりだ」


 わたしは、そこで手を止めました。旦那様は、荷のほうをご覧になっております。こちらは見ておられません。


「西の門から入りまして、大通りを東へ。坂をふたつ上がったところでございます」


「裁定所は」


「……同じ大通りでございます」


「通るのか」


「通ります」


 旦那様は、しばらく何もおっしゃいませんでした。それから、荷の紐をひとつ結び直されます。緩んでおりましたのを、締め直されたのでございました。


「馬車は、速度を落とさない」


「はい」


「窓も開けない」


「……はい」


「おれが同じ側に座る」


    ◇


 わたしは、旦那様のお顔を見ました。いつもと同じお顔でございます。


 この方は、去年の秋、婚礼の前に一度だけ、実家のことをお聞きになりました。あのとき、わたしは「戻りません」と申しました。それきり、お聞きになっておりません。


 今日も、なぜ通るのかとはお聞きになりません。


 道が一本しかないことを、ご存じでございますので。


    ◇


 出立は、五月の末でございました。馬車が二台。荷馬車が一台。ヨハンが先頭でございます。


 バルトが門のところで数えられました。


「ご出立まで、あと四つ数えます。三、二、一」


「バルト」


「ご無事に」


    ◇


 坂を下りますと、宿場でローゼ様が待っておられました。荷は、風呂敷がひとつ。それから、縫い道具の箱でございます。


 馬車へお乗りになる前に、その箱を一度、両手で持ち直されました。


「五十年ぶりに、王都へまいります」


    ◇


 街道は、十四日でございます。六日目から、道の脇の草の丈が変わりました。辺境の草は低うございます。低いのは、風が強いからでございます。


 九日目に、麦が見えました。辺境では麦を作りません。十二日目の夕方に、丘の向こうに屋根がいくつか見えました。


    ◇


 十三日目の昼に、西の門が見えました。門は、覚えているより小そうございました。


 一年半前、わたしがここから出ましたときは、荷車の後ろに座っておりました。座って、門が遠くなるのを見ておりました。晩秋でございます。


 膝に載せておりましたのは、母の道具箱でございました。支度箱は十、後ろの荷車に積んでございます。妹の名前で縫った十年ぶんでございます。


 あのとき、この門をもう一度くぐるとは思っておりませんでした。いま、その道具箱は荷馬車の上にございます。


 中に、十四枚が入っております。

布は、裏に本当のことが書いてあります。


大事な紙を旅へ持ち出すときは、木の箱に入れません。木は湿気を吸って、中へ移します。油紙で包んで、その上を麻布で包んで、荷のいちばん上に置きます。下へ入れれば押されます。それから、写しは別の荷へ入れます。同じ荷に入れておくと、荷ごと失くしたときに両方なくなりますので。


次話、大通りを東へまいります。坂をふたつ上がったところに、あの家がございます。


ブックマークと評価をいただけますと、この工房が続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。