第33話 裏まで、写してございました
荷は、三日後の昼に着きました。木の箱でございます。麻布で二重に包んで、その上から縄を掛けてございます。
縄の掛け方が、荷主のものではございませんでした。組合で掛けたものでございます。結び目が、荷馬車屋の結び方ではございません。箱の四隅に、薄い板が当ててございました。角が潰れないようにでございます。
工房の卓で開けました。中は油紙。その中に、綿を薄く敷いて、その上に一枚ございます。
褥布でございます。一組ではなく、一枚。片方だけでございました。
わたしは、まず表を見ました。麻でございます。王都の麻でございました。目が詰まって、糸が細うございます。辺境では手に入りません。
仕立ては丁寧でございました。角が四つとも同じ形に落ちております。落とし方は、隅を三角に折ってから縫うやり方でございます。四つとも、折る位置が同じでございました。
縫い目は、一尺のあいだに二百二十ほど。二百二十というのは、速く縫った目ではございません。丁寧に縫った目でもございません。ちょうど、真ん中でございます。
目が細かすぎますと、布が硬くなります。粗すぎますと、洗ったときに口が開きます。褥布は毎日体重が乗って、月に一度は洗います。二百二十が、いちばん保ちます。
これを知っている手でございます。
布の目も、見ました。窓を背にして、斜めに透かします。真上から見ても目は数えられません。
経糸が三十二、緯糸が三十。緯を一本落としてございます。落としますと、洗ったときの縮みが縦横で揃います。揃わないものは、二度目の洗いで斜めに歪みます。
これも、知っている手でございます。
◇
次に、裏を見ました。縫い代でございます。
幅が揃っております。二分、二分、二分、二分。四方とも同じでございます。始末は、折り伏せ縫い。二度折って、内側を縫い留めてございます。ほつれる余地がございません。
わたしは、脇の下から三寸のところを探しました。褥布に脇の下はございません。けれど、支度の一式の中では、褥布にも同じ位置の目印を入れます。角から三寸のところでございます。
ございました。
◇
縫い取りでございます。母の形でございました。
わたしは灯りを近くへ寄せて、糸の運びを追いました。
返しが、三度。
糸は、本体より一段細く。
結び目は――
◇
左でございました。
◇
わたしは、しばらく手を離しませんでした。離すと、見間違いだったことにしてしまいそうでございます。
もう一度、初めから追いました。
三寸。三度。一段細く。左。
四つとも、合っております。
◇
ブルーメ様には、これができませんでした。去年の春、検分の卓の上に二枚が並びました。ブルーメ様の一枚と、わたしの一枚でございます。
表は、同じでございました。形は写せておりました。
裏が、違っておりました。縫い代の始末が写せておりません。返しの二度目が浅く、糸が本体と同じ太さで、結び目が右へ寄っておりました。
あの方の指は太うございます。細かい始末ができません。できないものは、見ても写せません。それが、去年の決着でございました。
◇
ヴァイス様の指は、太くないのでございます。
太くない指の方は、たくさんおられます。太くなければ写せる、というものでもございません。写すには、まず読めなければなりません。
縫い代の始末は、表からは見えません。見えないところにあるものを写すには、その一枚を解くことになります。解いて、順を見て、戻します。解いた者は、戻せます。戻せる者でなければ、解きません。
この方は、去年の卓に並んだわたしの一枚を、どこかで手に入れて、解いておられます。解いて、戻して、それから写された。
あるいは、解いてはおられないのかもしれません。縫い代は、光を当てて透かせば、糸の重なりが影で出ます。リンデ様が字の話でおっしゃったのと同じでございます。段の影で読む。
どちらにしても、読める方でございます。
◇
わたしは褥布を裏返して、卓の上に広げました。旦那様が工房へ来られたのは、そのあとでございます。
卓の上をご覧になって、それから褥布を取り上げて、裏を返されました。しばらく見ておられます。
「これは、おまえのか」
「いいえ」
「そうか」
旦那様は、褥布を卓へ戻されました。戻し方が、いつもより丁寧でございました。
「ユーリア」
「はい」
「去年、卓に二枚並べた。あのとき、おまえは何と言った」
「裏を、ご覧くださいと申しました」
「今日、同じことを言えるか」
言えません。
並べれば、同じものが二枚並びます。どちらが先かは、布からは分かりません。布は、いつ縫われたかを書いておりませんので。
◇
その晩、わたしは工房に残りました。卓の上には、ヴァイス様の褥布と、母の縫い取りの入った古い褥布が並んでございます。イルゼ様の支度箱から出したほうでございます。十四枚を挟んでいた、あの一枚でございました。
二枚を、同じ向きに置きました。
違うところが、ひとつだけございました。母のほうは、糸が細うございます。
本体より一段細く、と申しますのは、決まった太さがあるわけではございません。使った布の糸より一段細いものを選ぶ、という意味でございます。母の褥布は、麻の目が粗うございます。二十三年前の、工房で使っていた麻でございましょう。その一段細い糸が入っております。
ヴァイス様の褥布は、麻の目が細こうございます。ですから、糸はさらに細うございます。
同じ決まりで縫えば、布が違えば、糸の太さは違います。当たり前でございます。
当たり前のことしか、違っておりませんでした。
わたしは、ほかに違うところを探しました。角の落とし方。同じでございます。耳の始末。同じでございます。糸の撚りの向き。同じでございます。
母の褥布のほうは、二十三年ぶん古うございます。麻が黄いろに寄って、糸が痩せております。ヴァイス様のほうは新しく、まだ張りがございます。
古さは、違いのうちに入りません。二十三年経てば、どの布も同じように古びます。古びたことは、誰が縫ったかを言いません。
卓の上のものだけを見て、どちらが先かを言う方法は、ございませんでした。
わたしは、二枚を重ねて畳みました。畳んで、両手で押します。空気を抜くためでございます。グレーテのやり方でございました。
技では、勝てません。去年勝てましたのは、相手が写せなかったからでございます。写せない相手だったからでございます。
写せる相手が来ましたら、それで終わりでございます。
◇
わたしは灯りを消して、廊下へ出ました。外はもう暗く、遠くで水の音がしております。雪解けの水でございます。今年はまだ、村の川が濁ったままでございました。
母の道具箱の底には、十四枚がございます。
あの紙は、証拠になりません。誰でも今日書けるものでございますので。布は、証拠になりません。裏まで写せる方がおられますので。
残っておりますのは、人でございます。十四枚に、名前が十四ございます。
その方々が、まだどこかにおられます。おられて、ご自分の形を覚えておられれば。
覚えておられて、二十三年前にご自分がその紙を書いたと、おっしゃっていただけるのであれば。
◇
わたしは階段の途中で止まりました。
十四人を探すというのは、この屋敷を出るということでございます。
◇
翌朝、わたしは十四枚の写しを持って、広間へ下りました。バルトが、いつもの数え方をなさいます。
「今年の一通目から、十四日でございます」
「バルト。この名前を、ご存じですか」
わたしは写しを卓へ広げました。
バルトは一枚ずつ、名前のところだけをご覧になります。それから、七枚目で手を止められました。
「ローゼ。これは、ローゼ様でございますか」
布は、裏に本当のことが書いてあります。
「糸は本体より一段細く」と申しますのは、決まった太さがあるわけではございません。使った布の糸を見て、それより一段細いものを選ぶという意味です。ですから同じ決まりで縫っても、布が違えば糸の太さは違います。決まりというのは数字ではなく、その場で選ぶやり方のことでございました。
次話、七十八のローゼ様は、まだ縫っておられました。
ブックマークと評価をいただけますと、この工房が続きます。




