第32話 正しく、登録し直すそうでございます
封を切りましたのは、その日の晩でございます。昼のうちは開けませんでした。開ければ手が止まりますので、その日の仕事を終わらせてからにいたしました。
三人ぶんの丈詰めがございました。冬に生まれた子の上の兄姉の分でございます。
丈を詰めますときは、裾から詰めません。肩で詰めます。裾で詰めますと、裾の縫い代がなくなって、次に伸ばせなくなります。肩で詰めておけば、翌年また出せます。手間は肩のほうが三倍かかります。三倍かけておくと、四年もちます。
◇
便箋は二枚でございました。紙は上等でございます。厚みが一定で、簀の目が細こうございます。裏を透かしても、字が抜けておりません。
折り目は二つ。三つ折りでございます。折り目の線が、両方とも紙の端と平行でございました。
字は、細うございます。行の間隔が、上から下まで同じでございました。リンデ様の帳と同じでございます。
こういう字を、わたしは一度だけ見たことがございます。去年の春、検分の卓の上に置かれた書付でございます。ブルーメ様がお持ちになったものでございました。あれも、行が揃っておりました。あれを書いたのはリンデ様でございましょう。
この手紙は、別の手でございます。揃い方が違います。リンデ様の行は、同じ息で書いた揃い方でございました。息が一定ですので、字の大きさがわずかに揺れます。揺れたまま、間隔だけが揃います。
この手紙の行は、揺れておりません。一字ずつ、同じ大きさに収めて書いておられます。速い書き方ではございません。時間をかけて、揃えて書く書き方でございます。
◇
書いてあることは、四つでございました。
ひとつ。冬の暮れに、王都縫い手組合の肝煎りが代わったこと。
ふたつ。前の親方の代に届け出られた登録のうち、書式に不備のあるものが多く見つかったこと。ブルーメ工房の三十七件は、その全部が不備であること。
みっつ。不備のあるものは取り消しにせず、正しい書式で登録し直すこと。作業は五月から始まり、秋までに終える見込みであること。
よっつ。
◇
よっつめのところで、わたしは紙を卓へ置きました。置いてから、もう一度取り上げました。
<四十七番につきましては、昨春の取り消しの経緯を承知しております。あの意匠は現在、どなたの登録にもなっておりません。>
<つきましては、奥様のお名前で届け出をなさいますよう、お勧め申し上げます。>
<書式の作り方は、当方より人を差し向けてご説明いたします。届け出はこちらで通します。ご負担はございません。>
わたしは、二枚目の終わりまで読みました。
脅しはございません。条件もございません。何かと引き換えに、とは書いてございません。
勧めておられます。
◇
通れば、母の形はわたしの名前で登録されます。
脇の下から三寸。返しは三度。糸は本体より一段細く。結び目は左。
あれが、ユーリア・フォン・オストマルクの登録意匠になります。
誰も文句を申しません。母の娘でございますので。十一年前に取られたものが、十一年かけて戻ってまいります。
わたしがそれを届け出れば、話は終わります。
◇
終わりません。
母の形は、十四枚のうちの一枚でございます。残り十三枚は、五月から秋までのあいだに、正しい書式で、組合の名前で登録し直されます。
届け出をした者の名前で、ではございません。組合の名前で。
不備を正した、正しい登録として。
◇
わたしは便箋を折り直して、封筒へ戻しました。折り目は、元の二本のところで折ります。別のところで折りますと、紙に線が二重に入りますので。
抽斗へ入れました。実家からの手紙を三通入れてある、あの抽斗でございます。
三通は、封筒の大きさがばらばらでございます。紙も違います。一通目は上等で、三通目はいちばん薄うございました。家の具合がそのまま出ております。
その隣へ、揃った紙の一通が並びました。
抽斗は、閉めますと少し引っかかります。木が湿気で膨らんでおります。冬のあいだに一度削ろうと思っておりましたのに、そのままでございました。
◇
次の朝、グレーテが工房へ入ってこられました。
「奥様。手が止まっておられます」
「止まっておりません」
「肩の詰めを、三度ほどいておられます」
ほどいておりました。
肩で詰めますときは、前と後ろで詰め幅を変えます。同じにいたしますと、袖の付け位置が前へ寄って、腕が上がらなくなります。前を二分、後ろを三分。わたしは三度とも、同じ幅で詰めておりました。
「グレーテさん」
「はい」
「王都から、手紙がまいりました」
「存じております。バルト様が数えておられました。今年の一通目でございますと」
わたしは、詰めた肩をもう一度ほどきました。四度目でございます。四度もほどきますと、布に穴の跡が残ります。この一枚は、もう詰められません。
新しい布へ移すことになります。
「グレーテさん。ひとつ、お聞きしてもよろしいですか」
「どうぞ」
「あなたのお母上の織りには、名前が入っておりますか」
グレーテは、しばらく黙っておられました。それから、卓の端に腰を下ろされます。この方が仕事の途中で座られるのは、珍しゅうございました。
「入っておりません」
「一度も」
「一度も。ここらの織りは、耳のところで見ます。詰め方と、返しの数と、幅の癖。見る者が見れば分かります」
「見る者がいなくなりましたら」
「なくなります」
「それで、よろしいのですか」
「よろしいも悪いもございません。そういうものでございますので」
グレーテは立ち上がって、卓の上の布を畳まれました。畳み方が速うございます。四つ折りにして、角を揃えて、上から手で押します。押すのは、空気を抜くためでございます。
「ただ」
「はい」
「母の織りが、よその名前で売られているのを見ましたら、わたしは黙っておらんでしょうな」
◇
グレーテが出ていかれたあと、わたしは新しい布を出しました。四度ほどいた一枚は、脇へ置きます。捨てはいたしません。穴の残った布は、当て布に使えます。当て布は表から見えないところへ入りますので、穴の跡は構いません。
新しいほうへ型紙を置いて、印をつけました。前を二分、後ろを三分。
手は動きます。動きますけれど、今日は同じ布を二度裁ちませんでした。今日のわたしは、そういう手でございます。
◇
その晩、わたしは母の道具箱を開けました。底板を起こして、十四枚を出します。
卓へ並べます。日付の順でございます。二十九年前から、二十三年前まで。八枚目に母の名がございました。
わたしは、その一枚を手に取りました。それから、置きました。
一枚だけを手に取りますと、残りの十三枚が、卓の上に置き去りになります。
◇
十三枚のうち、九枚は日付が二十四年前と二十三年前に固まっております。その二年に、あの工房で何が起きたのか、わたしは知りません。届け出が九つ出て、九つとも通らなかったということだけが分かります。
通らなかった理由は、紙のどこにも書いてございません。書いてありますのは、形と、寸法と、日付と、名前でございます。
わたしは十四枚を包み直して、道具箱へ戻しました。
返事は、書きませんでした。書かないというのは、この十年、わたしがずっとしてきたことでございます。実家からの三通にも、書きませんでした。
あのときは、書くことがなかったのでございます。
今度は、書くことがございます。
書けば、十三枚を置き去りにすることになります。
◇
十日ほどして、二通目がまいりました。同じ紙。同じ折り目。同じ細い字。
前の手紙のお返事をいただいておりませんが、と、初めに一行ございます。それから、こう書いてございました。
<ご判断の助けになりますよう、当方の縫いました見本をお送りいたします。>
<荷は、この手紙の三日後に着く見込みでございます。>
布は、裏に本当のことが書いてあります。
子の丈を詰めますときは、裾ではなく肩で詰めます。裾で詰めると縫い代がなくなって、翌年に伸ばせなくなるからです。肩で詰めれば、また出せます。手間は三倍かかりますが、三倍かけておくと四年もちます。詰めるというのは、今年のためだけの仕事ではございません。
次話、荷が着きました。ヴァイス様の見本は、裏まで写してございました。
ブックマークをいただけますと、続きが届きます。




