第28話 探しても、出てまいりません
冬の仕事は、二度目の月から中身が変わります。最初の月は、まだ夏の続きでございます。片づけと、繕いと、乾かすもの。それが尽きますと、次は作るものになります。
工房では、寝かせ糸が十一枷から十九枷に増えました。グレーテのお母上の織りは、幅の狭いものを三反。褥布の芯に入れる分でございます。
バルトは数え続けておられます。
「四十一日目でございます」
「バルト」
「三月の末まで、あと九十九」
◇
わたしたちは、探しておりました。
最初に、母の道具箱を全部出しました。針を刺した布。目打ちが二本。糸切り鋏。骨のへら。型紙が十七枚、巻いて紐で束ねたもの。分銅の錘が三つ。それから底板。
卓に並べて、一つずつ持ち上げて、裏を見ました。型紙は一枚ずつ開いて、透かします。紙を貼り合わせた型紙は、二枚のあいだに薄いものを挟めます。挟んであれば、光に当てたときに影が出ます。
十七枚、出ませんでした。
底板は、二度外しました。一度目は、わたしが去年の春に外しております。空きを見つけたのはそのときでございます。
二度目は、リンデ様が外されました。外し方が違いました。わたしは端を持ち上げて抜きましたが、リンデ様は板の真ん中を指で押して、しなり具合を確かめてから抜かれました。
「奥様。この板は、あとから入れたものでございます」
「あとから」
「箱の内側の角に、古い糊の跡が三か所ございます。今の板は二か所で留めてございます。合っておりません」
母が、自分で仕切りを作ったということでございます。空きの寸法は、母が決めた寸法でございます。
入れるつもりの物が先にあって、それに合わせて板を切ったのでございます。
◇
次に、修業帳を疑いました。綴じの糸を解けば、紙の枚数が数えられます。あいだに一枚だけ違う紙が挟まっていれば、そこで分かります。
わたしは解きませんでした。
「解いても、よろしいのですが」
「よろしゅうございません」
リンデ様がそうおっしゃいました。
「解いた綴じは、同じには戻りません。四つ目綴じは穴が決まっておりますので、二度目は穴が緩みます。それに、お母上が結び直したところがございます」
「はい」
「あれは、あの人の手でございます。ほどけば消えます」
解かずに調べる方法は、ございます。小口を握って、少しだけ撓ませます。紙の厚さが違うところがあれば、撓みが揃いません。
三度やって、三度とも揃いました。
工房を探しました。棚を全部下ろして、板の裏を見ました。糸箱の底を抜きました。窓の下の造り付けの卓は、天板を持ち上げると中が空でございます。そこも見ました。
蔵へも降りました。
冬の蔵は寒うございます。息が白く残ります。櫃を七つ開けて、中の布を全部出して、また戻しました。出したものを戻すときは、下から重い順に入れます。順を変えますと、下のものが潰れます。
櫃の底板も見ました。二重になっているものはございません。
探すというのは、順番を決めることでございます。思いついたところから開けますと、開けたかどうかが分からなくなります。二度開けたところと、一度も開けていないところが混ざります。混ざったあとで数えても、もう戻せません。
わたしは紙に、屋敷の間取りを描きました。工房、蔵、広間、廊下の物入れ、二階の東と西。それぞれに番号を振って、見終えたところへ横棒を引きます。
リンデ様が、その紙をご覧になって、番号の付け方を直されました。
「奥様。番号は、近いところから振るものではございません」
「では、どこから」
「置いた人が、置きそうな順でございます」
置きそうな順、というものがございます。人は、大事なものを遠くへ置きません。遠くへ置きますと、無事かどうかを確かめに行けなくなります。かといって、目につくところにも置きません。
毎日通るけれど、通るだけで手を触れないところ。そこへ置きます。
わたしたちは番号を振り直して、もう一度回りました。
◇
十日かかりました。
十日目の晩に、わたしは工房の卓に道具箱を置いて、その前に座っておりました。リンデ様は向かいでございます。
「ございませんね」
「ございません」
考えれば、当たり前のことでございました。母は二十三年前に工房を出て、ヴァルトハイムへ入りました。それから十二年、あの屋敷で暮らして、亡くなっております。
道具箱の空きは、母が工房を出るときに作ったものでございます。持ち出したものを、母はどこかへ置きました。置いた先が道具箱の中でないのなら、母が十二年暮らした場所でございます。
「王都の、実家でございますね」
わたしは、そう申しました。リンデ様は答えられません。
答える必要がございませんでした。ほかにございませんので。
◇
わたしは、あの家へ戻りません。去年の秋に三通目の手紙が参りまして、それにも返事を書きませんでした。戻れと書いてございます。書いてあることは十年ぶん同じでございました。
戻らないと決めております。決めたのではなく、そうなっております。
母の遺したものが、あの家の中にございます。それを取りに行くには、あの家の門を入って、あの人たちに用件を言って、頭を下げることになります。
◇
「奥様」
「はい」
「わたくしが参りましょうか」
「リンデ様が」
「春に道が開きましたら、王都へ戻ります。ヴァルトハイム家へ伺うことはできます」
わたしは首を振りました。
「あの家に、母のものは残っておりません」
「なぜ、そう思われます」
「母が亡くなりました年に、母のものは全部片づけられました」
◇
わたしは十一のときに、その日を見ております。中庭に、布を積んだ荷車が二台ございました。継母が指図しておられます。
母の支度でございます。母がヴァルトハイムへ来たときに持ってきた、二十八点。
三日で、家から出ていきました。どこへ行ったかは存じません。売ったのか、譲ったのか、それも聞いておりません。継母は「前の奥様のものは、前の奥様のところへお返しした」とおっしゃいました。
母の実家はもうございませんでしたので、返す先はございません。
◇
リンデ様は、しばらく黙っておられました。それから、こうおっしゃいました。
「奥様。ひとつ、お伝えしておかねばならないことがございます」
「はい」
「春の洗い直しでございますが」
「はい」
「差配なさるのは、ブルーメ様ではございません。組合の肝煎りが、去年の暮れに替わりました」
「コンラート・ヴァイスと申される方でございます。三十八でございます」
「若うございますね」
「若うございます。手が速くて、字がお上手で、書式に一分の隙もございません」
リンデ様は、そこで言葉を切られました。言い方が、これまでと違います。この方が人の話をなさるとき、いつもは仕事の言葉でございます。速い、上手い、隙がない。それは褒め言葉の並びでございました。
褒めておられませんでした。
「あの方は、洗い直しの結果を『取り消し』にはなさいません」
「では」
「『登録し直し』になさいます。不備のあった帳を正して、正しい書式で、改めて組合の名で載せ直す。そうお決めになりました」
わたしは、その言葉の意味を、しばらく掴めませんでした。掴めてから、指が冷たくなりました。
取り消されれば、四十七番のように消えます。消えたところへは、あとから誰でも届け出ができます。
載せ直されれば、消えません。不備を正した、正しい登録として残ります。十一人ぶんが、これから先ずっと、組合のものとして。
「いつからでございますか」
「雪が解けてからでございます」
雪が解けるのは三月の末でございます。道が開くのも三月の末でございます。
この屋敷から一歩も出られないまま、王都では帳が開かれます。開いたときに控えが出てこなければ、順番は誰にも分かりません。
◇
その晩、旦那様が工房へお見えになりました。
戸口で肩の雪を落として、灯りのところまで来られました。卓の上の道具箱をご覧になって、それから中身の並びをご覧になります。型紙の束を取り上げて、裏を返されました。
それを戻して、こうおっしゃいました。
「蔵に、まだ開けていないものがある」
「櫃は、七つとも開けました」
「櫃ではない」
旦那様は、蔵の方角へ顎を向けられました。
「箱が三つある。奥の壁のところだ。おまえが去年、底を見た」
布は、裏に本当のことが書いてあります。
四つ目綴じは、紙に開ける穴の位置が決まっております。一度ほどいて綴じ直しますと、同じ穴を通しても緩みます。紙のほうが穴を覚えているからです。ですから古い綴じは、調べるためであってもほどきません。小口を握って撓ませれば、厚さの違うところは撓みが揃いません。ほどかずに済む調べ方が、たいていはございます。
次話、旦那様が、蔵から箱を三つ運ばせます。去年の冬に一度だけ開けた、あの三つでございます。
ブックマークと評価をいただけますと、この工房が続きます。




