表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹の代わりに嫁ぎましたので、嫁入り支度はもう縫いません  作者: 綾瀬つむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/23

第19話 何も、申し上げません

 検分の日は、晴れました。


 広間の卓を三つ並べて、そこへ布を置きます。十七人ぶんと、屋敷の寝具十七組と、幕。それに、櫃の婚礼衣装。


 村の方は、朝のうちに坂を上がってこられました。誰も帰りません。広間の壁際に、そのまま立っておられます。


 組合から三名。立会が一名。


 立会の方はホルストと名乗られました。王都の商工裁定所の方でございます。五十くらいで、痩せていて、書き物机を持ち込んで、ずっと紙に何か書いておられました。


    ◇


 数え始めたのは、昼前でございました。


 組合の若い方が二人で、布を一枚ずつ取り上げます。裏を返して、縫い代を探して、指でなぞる。あれば「あり」と言う。もう一人が帳面に線を引きます。


 ブルーメ様は、卓の端に座って、見ておられました。


「あり」


「あり」


「あり」


 声が続きます。線が増えます。


 ミナの婚礼衣装。ヘルガの上衣。ドロテアさんの黒。産着。前掛け。外套。


 数え方を、わたしは横から見ておりました。


 手つきは丁寧でございます。布を痛めないように扱っておられる。縫い代を探すのも早い。脇の下から三寸のあたりに指を入れて、二度なぞれば見つけます。二度で見つけるということは、どこにあるかを知っているということでございます。


 知っているのは、事前に教わったからでしょう。


 ただ、見つけたあとが同じでした。見つけて、「あり」と言って、次の布へ移る。糸の太さを見比べる方はおられません。返しの数を数える方も。


 数える帳面には、線が一本ずつ引かれていきます。線に大小はありません。産着の縁取りも、婚礼衣装も、同じ一本でございます。


 寝具十七組。これは一組で二枚ですので、三十四。


「――六十八でございます」


 昼を過ぎて、若い方がそう言われました。


    ◇


「六十八点」


 ホルスト様が書き取られました。


「ブルーメ殿。請求額は」


「仕立て代の三倍でございます。ただ、この土地の仕立て代を存じませんので、王都の相場で計算いたしますと」


 紙に数字が書かれて、ホルスト様の前へ置かれました。


 わたしの立っているところからは見えません。見えませんでしたが、壁際の村の方が息を吸った音は聞こえました。誰かが見えたのでしょう。


「ヴァルトハイム殿。いえ、オストマルクの奥方。よろしいか」


 ホルスト様がこちらを向かれました。


「この六十八点について、あなたが縫ったものに相違ないか」


「相違ございません」


「登録意匠の使用について、申し開きは」


    ◇


 わたしは、少し待ちました。


 言えることはございました。母の修業帳がここにあります。二十三年前の日付で、印のことが書いてあります。位置と寸法を決めたのは母だと書いてある。


 それを出せば、話は動きます。


 ただ、出したあとに何が起きるかを、朝から考えておりました。


 あの帳面は、母が自分で書いたものでございます。母が自分に都合よく書いた、と言われれば、それまでです。書いた本人はもうおりません。


 証人もおりません。二十三年前にあの工房にいた方が、いまも組合においでかどうか。おられたとして、こちらの側で証言してくださるかどうか。


 それに、帳面を出せば、話の中身が変わります。


 いま争われているのは「六十八点が登録意匠にあたるか」でございます。帳面を出すと「四十七番の登録が正しいか」に変わります。


 変わったほうが本筋には近うございます。近いのですが、それは王都の裁定所で、何年もかけてやることでございます。この広間で今日決まる話ではありません。


 今日ここで決められるのは、目の前の卓の上にあるものだけです。


 ――弱いのだわ。


 紙は弱うございます。書いた人がいないと、紙は何も言いません。


 いちばん強いものを、まだ出しておりません。


「申し開きは、ございません」


 広間が、動きました。


    ◇


「奥様!」


 ドロテアさんの声でございました。


 グレーテが腕を掴んで止められました。ミナは口を押さえたまま、こちらを見ております。バルトは帳面を持ったまま、目を閉じました。


 旦那様は、卓の向こうで動かれませんでした。


 わたしは、この方が止めに入られるかどうかを考えておりませんでした。考えていなかったというより、入らないと分かっておりました。この方は、人の仕事に手を出しません。


 辺境伯が口を挟めば、この場はすぐ終わります。この土地でいちばん力のある方でございます。組合の三名は王都から来た客人にすぎません。


 終わらせることはできます。終わらせても、何も決まりません。


 力で止めた話は、力の弱い日に蒸し返されます。ここで黙っていただくのは、そういうことでございました。


 朝、広間へ入る前に、一度だけ声をかけられました。


「どうする」


「布を、見ていただきます」


 それだけで、旦那様は頷かれました。中身をお聞きになりませんでした。


「申し開きが無い、と」


 ホルスト様が、もう一度お聞きになりました。


「ございません」


「使用の事実を認め、争わないということでよろしいか」


「使用の事実は、認めます」


    ◇


 ホルスト様の筆が、止まりました。


「――使用の事実は、と仰った」


「はい」


「では、何を争われるのか」


「何も」


 わたしは頭を下げました。


「ただ、お願いがひとつございます」


 ブルーメ様が、初めて椅子から少し身を起こされました。


「裏を、ご覧いただけますか」


    ◇


「六十八点、すべて見ました」


 組合の若い方が言われました。


「見ておられません」


「なんですと」


「あなたがたは、あるかないかをご覧になりました。ある、とおっしゃった。それだけでございます」


 わたしは卓のほうへ一歩出ました。


「返しが何度か、数えていらっしゃいますか」


 若い方が、二人とも黙りました。


「糸の太さを、本体と比べていらっしゃいますか。結び目が右か左か、控えていらっしゃいますか」


 誰も答えません。


「ですから、まだ見ておられません」


    ◇


 ホルスト様が、筆を置かれました。


「奥方。それを見ると、何が変わるのか」


「変わりません」


「では、なぜ」


「六十八点が同じ形かどうかは、それで決まりますので」


 ホルスト様は、しばらく考えておられました。


 この方は裁定所の方でございます。組合の方ではありません。組合の登録を守るのが仕事ではなく、争いの筋道を通すのが仕事です。


「――ブルーメ殿。登録意匠との一致を確かめるのは、そちらの務めですな」


「それは、そうでございますが」


「六十八点が四十七番と一致するか。一致すると主張されたのはそちらだ」


 ブルーメ様は、答えられませんでした。


    ◇


「では、比べましょう」


 ホルスト様が言われました。


「登録意匠を施した布を、ブルーメ工房からお持ちですかな」


「……持参しております」


「こちらの奥方の布と、並べて」


 組合の若い方が、鞄から布を出しました。


 新しい麻でございます。畳んだ跡がまだ立っている。今年織ったものでしょう。


 卓の真ん中に、二枚が並べられました。


 左が、ブルーメ工房の一枚。


 右が、ミナの婚礼衣装。半年着られて、洗われて、裾の当て布が少し馴染んだものでございます。


 二枚は、並べると釣り合いません。


 左は新しく、白く、皺がありません。畳み跡が四角に立っていて、一度も洗っていないのが分かります。右は生成りが黄ばんで、袖口が薄くなって、裾が少し歪んでおります。


 どちらが上等かと聞かれれば、誰でも左と答えるでしょう。


 左のほうが、値も高うございます。布として、新しさとして、見た目として。この場に並べるための一枚として作られたのですから、当然でございます。


 ただ、今日ここで見るのは表ではありません。


 ホルスト様が、両方の裾を裏返しました。

布は、裏に本当のことが書いてあります。


「ある」と「同じ」は違います。あるかないかを見るのは、指でなぞれば済みます。同じかどうかを見るには、返しの回数と、糸の太さと、結び目の向きを、いちいち控えなければなりません。


次話、卓の上の二枚を、四人が順に覗き込みます。ユーリアは、まだ何も申し上げません。


ブックマークと評価をいただけますと、続きが届きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ