第18話 十七人が、布を持ってまいりました
中庭に立っていたのは、十七人でございました。
ミナが前に出ました。三日後の婚礼が半年前のことになって、いまは砦の炊事場を仕切っております。
「奥様。王都の人が、村へ来ました」
「――村へ」
「三日前です。麓の家を一軒ずつ回って、着てるものを見せろって」
わたしは、しばらく言葉が出ませんでした。
検分はひと月後だと言われておりました。ひと月後に来るのは組合の検分でございます。その前に、村を回った者がいる。
「見せたのですか」
「見せた家もあります。うち、見せませんでした」
ミナは抱えていた包みを、両手で差し出しました。
「これ、預かってもらえませんか」
◇
包みの中身は、婚礼衣装でございました。
母上の形見を直したものです。裾に当て布を一枚入れて、線を消しました。半年前の仕事でございます。
「隠せば、なかったことになりますか」
「なりませんけど」
ミナは口ごもって、それから言い直しました。
「奥様が困るなら、隠したほうがいいかと思って」
◇
後ろの方から、声が上がりました。
「うちのは持ってきました。見せます」
ドロテアさんでございました。黒の婚礼衣装を腕にかけておられます。白い線の入ったものです。
「見せて、いくら払えって言うなら、払いますよ。三倍でも」
「ドロテアさん」
「鍛冶で稼ぎますから」
その後ろで、ヘルガが上衣を抱えたまま俯いておりました。この子の家は羊しかありません。三倍を払える家ではございません。
わたしは、みなさまの顔を見ました。
十七人。冬のあいだに来られた方が、全員そろっております。誰かが呼びかけたのでしょう。呼びかけた人が誰かは、聞きませんでした。
抱えている布を見れば、誰が何を持ってきたかは分かります。
いちばん端の方は、産着でございました。冬に縁取りをした一枚です。縁取りに使ったのは、ヴァルトハイムの櫃の手巾でした。生まれたのは二月で、いまはもう首がすわっている頃でしょう。
その隣は、前掛けです。紐の付け根が抜けていたのを直しました。毎日使うものですから、半年でまた擦れております。
その隣は、外套。裏を入れ替えたものです。裏に使ったのは、屋敷の納戸から出た、黒い点を切り落とした褥布の残りでした。
どれも、たいした仕事ではございません。半日か、一日で終わるものばかりです。
その半日ぶんを、みなさまは坂を上がって取りに来て、また坂を下りて、半年着ておられます。
◇
「みなさま」
わたしは中庭の石の上に立って、そう申し上げました。
「布は、置いていってくださらなくて結構です」
「でも」
「隠していただかなくても結構です。それから、払っていただく必要もございません」
誰も動きませんでした。
「請求は、縫った者に来ます。わたしでございます」
◇
それは本当のことでございました。
組合の定めは、縫った者に対するものです。着ている方から回収する例もあると、あの方は仰いました。仰っただけで、それが定めだとは仰っておりません。
言い方に、そういう作り方をなさる方でございました。
嘘は一つも仰っていません。ただ、こちらが怖くなるように並べてある。
村を回ったのも、同じでございましょう。回って、着ているものを見て、それで何かをするわけではありません。回られた家が怖くなれば、それで足ります。
怖くなった家は、次から工房へ持ってきません。持ってこなければ、縫い手は仕事を失います。差し止めなくても、止まります。
◇
「奥様。ひとつ、よろしいですか」
グレーテが、後ろから出てまいりました。
「その、王都の人ってのは、うちの縫い代を見て何をするんです」
「点数を数えます」
「数えて、何が分かるんです」
わたしは、グレーテの顔を見ました。
――何が、分かるのでしょう。
数えて分かるのは、点数だけでございます。同じ形が何点あるか。それだけです。
誰が縫ったかは、点数からは出ません。
◇
その場で、思いつきました。
思いついたというより、ずっとそこにあったものに気づいた、という感じでございます。
「みなさま。お願いがございます」
十七人がこちらを向きました。
「その布を、検分の日にお持ちください」
「持ってくるんですか」
「はい。隠さずに、全部」
ミナが包みを抱え直しました。
「点数が増えますけど」
「増えます」
わたしは頷きました。
「増えても構いません。数えていただきたいのです」
点数が増えれば、請求は増えます。増えたところで、払える額を超えていることに変わりはありません。六十点でも百点でも、払えないものは払えません。
変わるのは、別のことでございます。
卓の上に十七人ぶんの布が並ぶと、そこには十七通りの布と、十七通りの直しがございます。産着の縁取りと、前掛けの紐と、外套の裏と、婚礼の当て布。布の種類が違い、傷み方が違い、直し方が違う。
違うものの、縫い代の内側だけが同じ。
それを見て「同じ形だ」と数えるのは簡単でございます。数えるだけなら、誰にでもできます。
けれど、十七通りの布に十七通りの直しをして、その全部の縫い代へ同じものを入れられる人は、そう多くありません。
数えれば数えるほど、数えた人は、それを縫った人のことを考えることになります。
◇
その晩、工房で母の帳面をもう一度開きました。
――返しは三度。二度では抜ける。四度は厚くなって、肌に当たる。
――糸は本体より一段細いものを。
――結び目は左へ。
この三行が、そのまま道具になります。
組合の登録帳の四十七番には、線が三本と点がひとつしか書いてありません。返しの回数も、糸の太さも、結び目の向きも書いてない。
書いていないものは、写せません。
写せないものを、あの方の工房は、この十一年、どうやって縫ってきたのでしょうか。
――縫っていらっしゃらないのだわ。
登録した意匠を、一度も使っていない。使う必要がなかったのです。表に出ない印ですから、使わなくても誰にも分かりません。
登録だけしておいて、誰かが使ったときに止める。そのための番号でございます。
◇
わたしは新しい紙を出して、書きました。
検分の日に用意するもの。
一、村の十七人の布。縫い代の入っているもの。
二、屋敷の寝具。同じく。
三、母の修業帳。二十三年前の日付のもの。
四、ヴァルトハイム家の櫃の婚礼衣装。四年前の縫い。
五、それから――
五番目のところで、筆が止まりました。
書くべきことは分かっておりました。書くと、それをしなければならなくなります。
わたしは筆を置いて、糸巻きの箱を見ました。寝かせた糸が三つ。左から太さの順に立ててあります。
人前で縫うのは、好きではございません。
縫っているところを見られると、手が硬くなります。硬くなると目が揃いません。十年、誰にも見られずに縫ってまいりました。縫い部屋は屋敷の下にあって、誰も下りてきませんでした。
それでよかったのです。見られないところで縫って、出来上がったものだけが上がっていく。名前は残らない。
その形のままで、いま、困っております。
わたしが縫ったという証拠が、どこにもないからでございます。
それから、書きました。
――五、当日、その場で縫うための布と糸。
◇
三日後、王都から使いが来ました。
検分は十日後。組合から三名、それに王都の商工裁定所から立会が一名。場所はオストマルクの広間。
立会が来るというのは、こちらが思っていたより大きな話になっているということでございます。
バルトが書状を読み上げ終えて、顔を上げました。
「奥様。三名のうち、お一方の名が」
「はい」
「ゲルハルト・ブルーメ、とございます」
布は、裏に本当のことが書いてあります。
図に書けるのは形だけです。返しを何度にするか、糸をどれだけ細くするか、結び目をどちらへ寄せるか。そういうものは書いてありません。書いていないものは、写せません。
次話、検分の日が来ます。卓の上に布が並びます。ユーリアは、弁明を一言もいたしません。
ブックマークと評価をいただけますと、この工房が続きます。




