第17話 母の道具箱を、開けます
留め金が外れて、蓋が上がりました。
匂いがいたしました。
油と、蝋と、木の匂いでございます。針を錆びさせないために、油を染ませた布を入れておくのです。十一年経っても、まだ残っておりました。
いちばん上に、その布がありました。
◇
中身を、卓へ順に並べました。
針を刺した布が一枚。針は十四本。太さが四種。うち二本は先が丸くなっております。母が使い切る前に亡くなったのでしょう。
目打ちが二本。片方は柄が割れて、糸で巻いて留めてあります。
へらが三枚。木、竹、骨。骨のへらは端が欠けておりました。
糸切り鋏。小さいものです。母は歯で切ることを嫌っておりました。わたしは歯で切ります。
それから、型紙の束。
◇
型紙は油紙で、二十枚ほどございました。
袖、身頃、襟、袴の腰。どれも端が擦り切れて、繰り返し使われた跡があります。角に小さく数字が書いてあって、寸法の目安が書き込まれておりました。
わたしはそのうちの一枚を広げました。
袖の型でございます。前側が後ろ側より広く取ってある。腕が前へ出るぶんの余裕です。クラーラに説明しようとして、半分で行ってしまわれた、あの話でございます。
余裕の取り方が、わたしの型とほんの少し違いました。
母のほうが、広い。
ということは、母は腕をよく動かす人の衣装を多く縫っていたということです。伯爵家の令嬢は、腕を動かしません。
◇
糸見本の束がございました。
紙に糸を巻きつけて、番号と染めの名を書いたものです。四十本ほど。麻が多く、絹が少し。羊毛はありません。
番号の書き方が、几帳面でした。母の字は、わたしより小さくて角ばっております。
その束の下に、帳面がありました。
◇
表紙は無地で、革ではなく厚紙です。
開くと、一行目にこうございました。
――ブルーメ工房 修業帳 アニェス
わたしは、しばらく次の頁をめくれませんでした。
母は、あの方の工房にいたのでございます。
修業帳というものは、王都の工房では珍しくありません。弟子が毎日つけて、親方が折々に見る。何を習ったか、何点縫ったかを控えておくと、年季が明けるときに一人前かどうかを測る目安になります。
わたしは、つけたことがありません。工房に入ったことがないからです。母から一人で習いました。
だから、母が誰かの弟子だったということを、考えたことがありませんでした。母は最初から縫えるものだと思っておりました。子どもというのは、そういうふうに親を見ます。
◇
中身は、記録でした。
日付と、その日に習ったことと、縫った点数。びっしり書いてあります。最初の頁は十六の年でした。
――襟の返し、三度やり直し。親方に、まだ甘いと言われる。
――脇の始末。片返しと割りの使い分けを教わる。
――今日から縫い代の印を入れることを許される。工房の者は皆これを入れる。四十七番。
わたしは、その行で手を止めました。
四十七番。
登録帳と同じ番号でございます。
◇
読み進めました。
母は七年、その工房にいたようです。修業帳は途中から、習ったことより、工夫したことのほうが多くなっていきます。
――麻の湿りを止めるのに、灰袋を四隅へ。親方は要らぬと言うが、夏の櫃は明らかに違う。
――脇の下から三寸のところが、いちばん擦れない。ここへ入れることにする。
わたしは、その行を二度読みました。
脇の下から三寸。
工房の印は「縫い代へ入れる」までが決まりで、位置は決まっていなかったのです。母が自分で決めました。擦れない場所を探して、そこにした。
わたしが七つのときに手を取って三度返させたのは、工房の印ではありません。工房の印を、母が自分の手で置き直したものでございます。
もう少し読むと、寸法のことも書いてありました。
――返しは三度。二度では抜ける。四度は厚くなって、肌に当たる。
――糸は本体より一段細いものを。同じ太さだと縫い代が硬くなる。
――結び目は左へ。右へ寄せると、洗いのときに縫い代が起きる方向とぶつかる。
どれも、登録帳の図には書いてないことでございます。
図に書いてあるのは、線が三本と点がひとつ。書いてないのは、なぜ三度なのか、なぜ細い糸なのか、なぜ左なのか。
形は写せます。理由は写せません。理由を知らずに真似ると、二度で抜けるものを作るか、四度で肌に当たるものを作るかのどちらかになります。
◇
最後のほうの頁に、こうありました。
――工房を出る。親方と話し合いがつかず。
――印のことで揉める。工房の者が入れるのは工房の印であって、出た者は使えぬと言われる。それはそうだ。ただ、位置と寸法は私が決めた。そこまで置いていけとは言われなかった。
――ヴァルトハイム家へ入る。今日から一人で縫う。
日付は、二十三年前でございました。
その三行を、何度か読み返しました。
母は、印を持って出たと言っているわけではありません。工房の印は工房のものだと認めております。認めたうえで、位置と寸法は自分が決めたと書いている。
この区別は、たぶん、当時も伝わりませんでした。
伝わっていれば、揉めずに済んだはずでございます。揉めたということは、あちらは「印そのものを持ち出した」と受け取ったということです。
わたしはヴァルトハイムの櫃に、母が置き直したほうの形を入れてまいりました。工房の印ではなく、母の決めた位置と寸法のほうです。
そのつもりもありませんでした。母がそうしていたから、そうしただけでございます。
そのあと、頁が三枚ほど白く、それから字が変わります。細く、急いで書いたような字です。
――娘に印を教える。返しの向きを三度間違えた。明日また。
わたしのことでございました。
◇
帳面は、そこで終わっておりました。
最後の頁から先は、書かれておりません。母が死んだのは、その四年後でございます。書かなくなったのか、別の帳面へ移ったのか。
わたしは帳面を閉じて、道具箱へ戻そうとして、手が止まりました。
箱の底が、浅うございます。
外から見た高さと、中に入るものの高さが合いません。指を入れて、底板の縁をなぞりました。四隅のうち一つに、爪のかかる隙間がありました。
起こすと、底板が上がりました。
◇
下は、空でございました。
板で仕切ってあって、細長い空間が一つ。長さは一尺ほど、幅は三寸ほど。
何かが入っていた形に、埃が残っておりました。
埃というのは、物のあった場所には積もりません。周りにだけ積もります。ですから抜いたあとの形が、そのまま残ります。
細長い箱でございます。角が丸い。
わたしは指でその跡をなぞりました。
道具箱に二重底を作るのは、珍しいことではございません。針や糸切り鋏のような、なくすと困る小さなものを分けて入れます。
ただ、この仕切りは細長すぎます。針を入れるには長く、鋏を入れるには狭い。
入るとしたら、細長い箱でございます。
母の帳面には、この仕切りのことは書いてありませんでした。
――もう一箱、あったのだわ。
どこにあるのか、何が入っていたのか、見当もつきません。
ただ、この道具箱は十一年、実家の物置にありました。持ち出したのはヘドヴィヒ様です。持ち出すときに底板を起こすとは思えません。
空になったのは、たぶん、もっと前でございます。
◇
扉を叩く音がしました。
バルトでございました。息が上がっております。
「奥様。中庭に」
「はい」
「その、人が」
窓の高いところからは見えませんので、階段を下りました。
中庭に、人が立っておりました。
ミナと、ヘルガと、ドロテアさんと、それから顔を知らない方が何人も。みなさま、布を抱えておられます。
布は、裏に本当のことが書いてあります。
型紙の袖は、前側を後ろ側より広く取ります。腕が前へ出るぶんの余裕です。その余裕をどれだけ取るかで、縫い手が誰の衣装を多く縫ってきたかが分かります。よく動く人の衣装を縫っていた人の型は、広うございます。
次話、中庭の人数は十七人でした。みなさま、自分の布の裏を見せに来られたのです。
ブックマークと評価をいただけますと、励みになります。




