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妹の代わりに嫁ぎましたので、嫁入り支度はもう縫いません  作者: 綾瀬つむぎ


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11/23

第11話 喪の黒を、婚礼の黒に

 鍛冶屋の後家は、ドロテアと申しました。


 四十を少し過ぎたくらいでしょうか。工房の入口で立ち止まって、なかなか入ってこられません。抱えている包みが小さいので、直しものではないのだろうと思いました。


「奥様。あの、婚礼の」


「どうぞ、お入りください」


 卓の上で包みを開くと、黒い布が一枚出てまいりました。


 喪服でございます。羊毛の厚手で、染めは黒。ただ、黒というより、いまは灰に近い色になっておりました。日と洗いで抜けたのでしょう。襟と袖口だけ、まだ濃い黒が残っております。


「これしか、ないんです」


    ◇


 話を伺いました。


 ドロテアさんは十二日後に婚礼を挙げるのだそうです。相手は同じ村の男の方で、二人とも二度目。前のご主人は五年前に亡くなって、この喪服はそのときに仕立てたものでした。


「そのときに、いい布を買ってしまって」


 喪服というのは、たいてい一生に何着も作りません。だから作るときには少し無理をします。ドロテアさんも無理をして、それが五年後に一枚だけ残った上等な布になりました。


 わたしは布を持ち上げて、光から外して見ました。


 織りは詰まっております。目方もある。裏を返すと、縫い代の始末が丁寧でした。村の仕立て屋の仕事でしょうが、手を抜いておりません。


 黒は難しい色でございます。


 染めるのに手間がかかります。一度で黒くはなりません。青か茶を先に入れて、その上から重ねる。重ねる回数で深さが決まるのです。回数の少ない黒は、日に当たると赤く抜けます。多い黒は、抜けても灰に留まりました。


 この布は灰に抜けております。つまり手間のかかった黒です。


 抜けたのは表だけでした。裏はまだ濃い。日は表にしか当たりません。当たり前のことですが、この当たり前が使えます。


 仕立て直すとき、表と裏を入れ替えるという手があるのです。ただ、この衣装ではできません。縫い代の始末が丁寧すぎました。丁寧な始末は、裏を見せる前提で作られておりません。ほどけば跡が残ります。


「奥様。これ、染め直せますか」


「染め直しは、いたしません」


「……やっぱり、だめですか」


「だめではございません。染め直さないほうがよい、という意味でございます」


    ◇


 黒は、染め直すと重くなります。


 もともと黒く染めた布にもう一度黒を入れると、染料が繊維の外側に溜まります。溜まった染料は光を吸って、艶がなくなる。艶のない黒は、遠目に喪服に見えます。喪服に見えるものを婚礼に着ることになります。


 それに、この土地では乾きません。厚手の羊毛を染めて乾かすには、十日以上かかります。十二日しかないのに、十日を染めに使うわけにはまいりません。


「黒のままで、婚礼にいたします」


「黒のまま、ですか」


「黒は、婚礼に使えない色ではございません。この国では白が多うございますが、それは決まりではなく、流行りでございます。北の村では黒の婚礼衣装もあったと聞きました」


 ドロテアさんは、少し困った顔をなさいました。


「でも、これ、みんな知ってるんです。わたしがこれを着て、あの人を送ったの」


    ◇


 そこが本当の相談でございました。


 布の問題ではありません。この衣装を見た村の人が、五年前を思い出す。思い出させたくない。それが、この方の言いたかったことです。


 わたしは襟のところを指でつまみました。


 襟と袖口だけ、色が濃く残っております。ここは日に当たらず、洗いでも擦られない場所だからです。ということは、この布はもともとこの色だったということでもあります。


 思いつくのは、二つでございました。


 ひとつ、形を変える。襟の形を変えれば、同じ布でも別の衣装に見えるのです。喪服の襟は詰まっていて、首まで隠すもの。開けて、肩を出す形にすれば、印象は変わります。


 ふたつ、色を足す。染めるのではなく、別の色の布を足すのです。


「襟を落とします。それから、ここへ一本」


 わたしは糸巻きの箱から、ヘルガの上衣の裁ち屑を出しました。生成りの麻でございます。


「白を、細く」


「白」


「襟の縁と、袖口と、裾に、指一本ぶんの幅で。黒の面積は変わりませんが、白の線が入ると、見る人の目は線のほうを追います」


    ◇


 仕立ては六日かかりました。


 襟を落とすというのは、切って開けばよいというものではありません。喪服の襟には芯が入っております。抜けば、そこだけ布が泳ぐ。泳がないように、抜いた跡へ薄い芯を入れ直して、形を作ってから縁を始末しました。


 白の線は、縫いつけではなく挟み込みにいたしました。黒い布の縁を折るときに、白い麻を一緒に折り込んで、端から一分だけ出す。縫いつけると、白の上に黒い糸が渡って濁ります。挟めば、白がそのまま白で出ます。


 麻と羊毛でございますので、また縮み方が違います。裏へ細い麻を渡して、余地を作りました。ヘルガの上衣と同じでございます。


 芯地は、屋敷の古い卓布から取りました。


 芯に使う布は、新しくないほうがよいのです。新しい布は洗うと動きます。動く芯を入れれば、表がつられて歪む。何度も洗って動かなくなった布のほうが、芯には向いております。


 古い卓布を裁つとき、少し迷いました。まだ使える布でございます。


 けれど卓布として使えば卓を汚さないだけですが、芯にすれば衣装の形を十年保ちます。布は、いちばん効く場所へ置くのが正しい。母がそう言っておりました。


 縫っている途中で、一度、手を止めました。


 自分の袖口の縫い代を、めくって見たのです。指の腹でなぞって、糸の盛り上がりを確かめて、また戻しました。


 なぜそうしたのか、自分でもよく分かりませんでした。


    ◇


 六日目の夕方、ドロテアさんが取りに来られました。


 羽織って、袖を通して、それから工房の壁のほうを向いて、しばらく黙っておられました。


 背中しか見えませんでしたので、どんな顔をしていらしたかは存じません。


「これ、あの人の喪服だって、分かりますか」


「分かる方には、分かります」


「そうですか」


「ただ、白い線を見た方は、たぶん、そちらしか覚えません。人は、動くもののほうを見ますので」


 白い線は、体が動くと黒の中で動いて見えます。じっとしていれば黒い衣装ですが、歩けば線が動く。婚礼で人が見るのは、歩いているところでございます。


 これは母から習ったことではありません。


 王都で、ある年の舞踏会の支度を手伝ったときに気づきました。喪の明けた方が久しぶりに人前へ出るというので、黒に銀の細い縁を入れたのです。その方が広間を歩いたとき、誰も喪の話をしませんでした。


 布は記憶を持っております。持っているものを消すことはできません。


 できるのは、その隣に新しいものを置くことだけです。置いたものが動けば、人はそちらを見ます。人の目は薄情なもので、動くものにしか止まりません。薄情ですが、そのおかげで助かることもございます。


 仕上げに、袖の内側だけ手を入れました。


 鍛冶を継いだ方です。腕を使います。喪服の袖は細く作ってありました。細い袖は、腕を上げると肩が引かれます。婚礼で腕を上げる場面は何度もございます。


 脇の下へ小さな菱形の布を足しました。四方をつまんで縫い込むだけの仕事です。表からは見えません。これがあると腕が上がります。


 こういうものを足したことは、言いませんでした。言えば気を遣わせます。着て、楽だと思っていただければ、それで用は足ります。


 ドロテアさんは襟のところを一度だけ触って、それから振り向きました。


「お代は」


「鍛冶をなさるとお聞きしました」


「はい、主人の仕事は継いでおりますけど」


「では、目打ちを一本、直していただけますか。先が丸くなってしまって」


    ◇


 その晩、工房の灯りを消す前に、帳面へ書き足しました。


 黒の羊毛、五年もの、洗いによる褪色。染め直しは不可。形と線で対処。


 それから、蔵のことを書きました。三組を入れて、六日でございます。


 あと四日。

布は、裏に本当のことが書いてあります。


黒は染め直すと艶がなくなります。染料が繊維の外に溜まって、光を吸うからです。艶のない黒は、遠目に喪服に見えます。ですから黒を変えたいときは、黒を触らずに、隣に別の色を置きます。


次話、蔵を開けます。グレーテが言ったのは十日でした。ユーリアは十日目を待たずに、六日目の夜に一度だけ見に行きます。


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