9‐6
「よし、女の方は遊んでから」
「お話し中悪いんだけどさ」
男たちの話がまとまりかけた頃、突然ラウダが大きめの声で話し出す。
彼らが何事かとこちらに視線を向けた。
彼は両手を上げたまま続ける。
「どうしてシルジオに突き出したはずの僕たちがここへ来たか、教えてあげるよ」
「なんだあ、いきなり」
大男が怪訝な顔を浮かべたが、ラウダは気にすることなく話し続ける。
「実は僕たち……おとりなんだ」
「……は?」
少年の言葉の意味が瞬時に理解できず、男たちはぽかんと間の抜けた顔をした。
直後、ラウダは大声で、廃坑の外に向けて叫ぶ。
「シルジオの皆! 今だ!」
「な、なに!?」
驚いた大男は部屋の外へと飛び出すと、小男とともに廃坑の入り口の方を見つめた。
部屋の中にはセルファに短剣を突きつけたまま、おろおろとする細身の男、1人だけ。
ローヴは素早く男に狙いを定めると、手を突き出し、叫んだ。
「イグニス!」
こぶし大の火の玉が手のひらから勢いよく飛び出し、男の顔面に命中する。
「あっぢいいいいいいっ!!!」
手にしていた短剣が、からんからんと音を立てて落ちた。
「セルファを!」
「分かってる!」
ラウダの指示とほぼ同時に、ローヴがセルファのもとへと駆け出す。
「なっ!?」
少年の言葉がハッタリだと気づいたときにはもう遅く。
ラウダは振り返った小男に向けて、体当たりをかました。
「ぷぎゃっ」
よろめく小男の手から剣を奪い返すと、そのまま大男を斬りつける。
「ぐおっ」
戦闘態勢に入ろうとしていた大男がひるんだ。
一方室内では、ローヴがセルファの縄を解くのに苦戦していた。
「もう! なんでこんな頑丈なの!?」
文句を言う少女の横では、細身の男が顔を押さえて地面を転がっている。
ふとローヴの目に、先ほど男が落とした短剣が映った。
「これだ!」
すかさずそれを手に取ると、縄を切ろうとする――が。
切れ味が悪いのか、全然切れない。
「もー!!!」
怒りながら顔を上げると、部屋の外で幼なじみが大男と戦っているのが見えた。
大男の方は腕から血を流しているというのに、平然とした顔で腰に装備していた剣を手に戦っている。
『痛みや恐怖を感じず、戦い続けられるようにって目的で造られたとか』
不意にノーウィンの話を思い出す。
彼らは先ほどリリエル酒を飲んでいた。
もしかするとその薬効が作用しているのかもしれない。
「てめえ……」
そんなことを考えていたせいで、ローヴは背後にゆらりと揺らめく存在に気づくのが遅れてしまった。
ばっとそちらを振り返ると、細身の男が今まさに殴りかからんとしているところ。
反射的に目を閉じ、己の身を両腕でかばう。
「ロックニードル!」
そこへ、聞きなじんだ少女の声が聞こえた。
「うぎゃあっ!」
続けて聞こえた男の悲鳴。
恐る恐る目を開けると、そこには岩塊に打たれて仰向けに気絶している男の姿。
「油断は禁物よ」
ローヴが目を瞬かせていると、後ろから注意が飛んでくる。
振り返ると、涼しい顔をしたセルファがこちらを見ていた。
「セ、セルファ!? 大丈夫なの!?」
いつの間に目を覚ましていたのだろうか。
目を丸くしているローヴに対し、彼女は首を横に振った。
「大丈夫じゃない。早くこれ解いて」
「あ、うん!」
セルファに急かされ、ローヴは再び頑丈な縄と格闘し始める。
部屋の外では、ラウダと大男の戦いが続いていた。
とはいえ、男の方はすでに全身傷だらけ。
「おらおら! どうしたどうしたあ!」
なのにこの威勢の良さ。
剣で散々斬りつけられているのに、まるで効いていないかのようだ。
今回の目的は犯人を捕まえることだ。
しかし、このままでは埒が明かない。
「…………」
もしリリエル酒の効果が続く限り、この状態だとしたら。
そうなると今度は消耗したこちらが危ない。
ならばいっそのこと――
そんなことを考えていると、小男の姿が視界に飛び込んできた。
両手を突き出し、こちらを狙っている。
まずい。
「リガス!」
魔法が発動する――とほぼ同時に、小男が槍の柄で思いきり殴りつけられ、よろめいた。
手元が狂い、飛び出した魔法は――
「あがっ!」
見事、大男に命中。
ゆっくりと前のめりに倒れた。
自分のやらかしたことに愕然とする小男の眼前に、槍が突きつけられる。
「同じ手は、何度も、食らわない」
倒れていたはずの赤髪の男が平然と立っている様を見て、今度は目を白黒させた。
「ば、馬鹿な! 俺の麻痺魔法は1時間はびりびりし続ける! なのにお前、なんで立てるんだ!?」
「気合があれば、どうとでも、なるもんさ」
そう言って、ノーウィンはぎこちなく笑う。
ラウダはそのやりとりを見た後、足下でうつ伏せに倒れている大男を見下ろした。
びくびくと小刻みに震えるだけで、起き上がる様子はない。
ラウダがふうと息をついた。
直後、ばたばたと複数の足音が響く。
何事かと驚き、皆が一様に廃坑の入り口の方を見やると、深緑の制服を着た集団がこちらへと駆けてきた。
そして彼らはあっという間に男たちを取り押さえてしまう。
突然の出来事に一行がぽかんとしていると、1人の人物がこちらに歩み寄ってきた。
「お疲れ様です」
ここへ来るよう指示した女だ。
「おい……これは、どういうことだ」
ノーウィンが相手をきっとにらみつける。
しかし相手は動じることなく、軽く一礼した。
「申し訳ありません。犯人逮捕のため、後をつけさせていただきました」
「…………」
ノーウィンは険しい顔で沈黙する。
何から問い質そうか思案しているようだ。
「今回の件については改めてお話しさせていただきます」
しかしこちらが口を開くより先に、女にそう言われてしまう。
今は何も聞くなということだろう。
「こちらで宿を手配させていただきましたので、今日はそちらでお休みください」
それだけ告げると、彼女は他の協会員たちのもとへと行ってしまった。
ラウダは再度息をつくと、剣を鞘に納め、ノーウィンのもとへと歩み寄る。
「痺れは大丈夫?」
険しい表情で女の背を見送ると、ノーウィンもまた息をつき、槍を納めた。
それからラウダに気の抜けた笑みを見せる。
「実はまだびりびりしてる」
「だと思った。よく立てるね」
「俺だけ寝てるわけにもいかないだろう?」
そんな会話をしていると、セルファとローヴがこちらへ歩いてきた。
「セルファ、大丈夫か?」
ノーウィンが心配そうに声をかけるが、セルファは難しい顔をしたまま返事をしない。
「怪我はないみたい」
彼女の代わりにローヴがそう言うと、彼はほっと安堵した。
「悪かった」
「え?」
突然謝られ、セルファは少し驚いた顔を見せる。
「お前が行った後、すぐに追えばあんな目にも遭わなかったはずだ。だから」
「いい」
申し訳なさそうに謝罪するノーウィンの言葉を、セルファは途中でさえぎった。
「2人のためを思って慎重になってるって分かってたわ。それなのに勝手に飛び出した私が悪い。だから」
そこまで言うと彼女はノーウィンを見上げる。
「……ごめんなさい」
「セルファ……」
2人が仲直りしたのを見届けたローヴは、笑顔でラウダを見た。
それを見たラウダもまた小さく笑んだが、すぐにあることを思い出す。
「そういえば、僕の言ったことよく分かったね」
「ん? ああ。イ、グ、ニ、ス、だよね。ちょっと分かりにくかったけど、なんかピンと来たんだよね」
「あの作戦、ローヴに通じないとどうしようもなかったから。助かったよ」
「つまり、ボク頼みだったんだ?」
その問いにラウダがこくりとうなずくと、ローヴは「ふーん」と声を上げた後、満面の笑みを浮かべた。
「えへへ……そっかそっか!」
頼られたことがそれほど嬉しかったのだろうか、とラウダは首を傾げる。
そんな2人を見て、ノーウィンはふっと笑むのだった。




