9‐4
盗賊がいるという廃坑近くの草むら。
1人で入っていったセルファを待つ一行だが、何の音沙汰もないまま、1時間が経過してしまっていた。
「ねえ、ノーウィン」
それまでの沈黙を破って、ラウダが男の名を呼ぶ。
ノーウィンは視線だけで返事をした。
「セルファに言ってたよね。こっちにはラウダとローヴがいる、って」
「ああ……」
「あれってどういう意味?」
ラウダの問いに、ノーウィンが気まずそうな表情を浮かべる。
そして少年から視線をそらすと、何かを悩む様子を見せた。
「それは、だな」
口を開くも、歯切れが悪い。
対するラウダは静かに首を横に振った。
「本当のことを言って。大丈夫だから」
ノーウィンは目を丸くしてラウダを見る。
「それが原因で慎重になってるんだよね」
一方、ローヴは何のことか分かっていない様子で首を傾げた。
2人の対照的な様子にノーウィンは目を瞬かせるが、やがて観念したように小さく息をつく。
「ああ、そうだ。2人のことが心配だったから慎重になってたんだ」
「え?」
ローヴが不思議そうに声を上げた。
ノーウィンは顔を曇らせ、口を開く。
「もし今回相手にする連中が武器を持っていたら、当然戦いになる。つまり……対人戦だ」
「ええと……?」
ローヴはまだ要領を得ないようだ。再度首を傾げた。
「人を、斬ることになる」
そこまで言われてようやく理解できたようだ。
「あ……」
たじろぎ、そのまま黙り込んでしまった。
ラウダはそんな彼女の様子を見た後、ノーウィンの方に向き直り、口を開く。
「でも、そのせいでセルファと対立した。もしかしたら今、危ない目に遭ってるかもしれない」
まっすぐな目で。冷静な声で。
「それは、良くないことだと思う」
そう言った。
ノーウィンはそんな彼の目をじっと見つめていたが、やがて大きく息を吐いた。
「……そうだな。ラウダの言う通りだ」
2人を心配しすぎた結果、セルファを1人にさせてしまった。
彼女もまた心配すべき存在なのに。
ノーウィンはラウダとローヴを順に見やる。
「2人はここで」
「僕も行くよ」
待っていてくれというより先に、ラウダがそう告げた。
驚く相手に、彼は一言。
「大丈夫」
静かに言った。
果たして本当に連れていって良いのか。
どうすべきか悩んでいるところへ、ローヴが意を決した様子で叫ぶ。
「ボ、ボクも行きます!」
ノーウィンはまたしても驚き、目を丸くした。
「ローヴまで……」
「もしセルファに何かあったら……ボクは、自分を許せそうにないから」
やめておいた方が良いと制する前に、彼女は自身の思いを述べる。
決意は、固いようだ。
どうやら仲間たちのことを思ってやったことは要らぬお節介だったようだ。
「分かった、行こう」
ノーウィンがそう言うと、2人は力強くうなずいた。
草むらから出ると、入り口からそっと内部をうかがう。
相変わらず廃坑内は静かなものだった。
しかし、中に入ったセルファが出てこないということは、誰かがいる、あるいは何かがあるということに違いない。
ノーウィン、ローヴに続いてラウダも廃坑内に入ろうとした――その時。
誰かに見られている。
直感のようなものだったが、ラウダは反射的に背後を振り返った。
誰もいない。
ゆっくりと辺りを見渡すも、やはり人気はない。
先ほど感じた視線ももう感じられない。
そこへ、ローヴがひょこっと顔を出す。
「ラウダ、何してるの?」
ラウダは捜索を諦めると、駆け足で2人の後を追うのだった。
* * *
中に入ってすぐ、あることが分かった。
それは、この廃坑が現在も使われているということ。
そのことを決定づけたのは、壁面に点々と設置されていたカンテラだ。
いずれも本体は比較的新しく、燃料も十分にあった。
やはりここには誰かがいる。
だが、同時にある懸念も出てきていた。
それは、いくつにも分かたれた坑内を照らすカンテラが、特定の道にしか設置されていないことだ。
これはただ普段使用している道ということなのか。
はたまた罠への誘導なのか。
3人はひとまずカンテラのある道を、より慎重に歩いていく。
しかし相変わらず人の姿はない。
「……もしかして留守とか?」
思わずローヴがぽつりとこぼす。
直後、不意にノーウィンが歩みを止めた。
後ろを歩いていたラウダとローヴも同じように立ち止まり、何事かと首を傾げるが、すぐにあることに気づく。
「なんか……臭う?」
「うん……なんだろう、甘い臭いがする」
「2人も気づいたか」
そう言って振り返ったノーウィンは眉間にしわを寄せていた。
「これはリリエル酒の臭いだ」
深刻な顔でそう告げられるも、聞いたことのない名に2人は顔を見合わせる。
「これ、お酒の臭いなんですか?」
ローヴが問う横で、ラウダはすんすんと鼻を利かせた。
花の香りのようにも感じるが、何度も嗅いでいると少々甘ったるくも感じる。
「名前に酒ってついてはいるが、実際には液体の薬物さ。それも良くない方の、な」
「薬物?」
今ひとつぴんと来ない2人に、ノーウィンは難しい顔で説明する。
「鎮痛、高揚効果があるものの、依存性が高くてな……一度口にすると、癖になってやめられなくなる。やめようとしても、幻覚や幻聴に襲われたり、気性が荒くなったり……心をすり減らす病気のもと、とでも思ってくれればいい」
「な、なんでそんなものが……」
それを聞いてローヴは思わず身震いした。
「元々は精力剤の一種だったらしい。大昔、大規模な戦争があった時代に、痛みや恐怖を感じず、戦い続けられるようにって目的で造られたとか」
「痛みや恐怖を感じない薬……」
ラウダが復唱すると、ノーウィンはゆっくりと首を横に振った。
「それだけ聞くとすごい代物のように感じるが、さっきも言った通り依存性の高い薬だ。だから今ではどこの国でも違法品として、所持しているだけで罰されることになってる」
「じゃ、じゃあ、ここにいるのは……」
そんな恐ろしいものの臭いが漂っている。
ローヴの焦る顔を見た後、ノーウィンは廃坑の奥を見やった。
「ああ、どうやらただの盗人じゃないみたいだ……中毒者か密売人ってところだな……」
リリエル酒の香り漂う廃坑。
帰ってこない仲間。
どうやらただの盗人退治では済まないようだ。
3人の心に大きな不安が広がり始めた。




