8‐2
気まずい空気を払拭しきれず、これといった会話もないまま食事会はお開きとなる。
一家に礼を述べた一行は宿へと戻ってきていた。
特訓も終わった。依頼も終わった。
これ以上この村に留まる理由はない。
「俺たちも明日の朝一番に立とうと思う」
ベッドに腰かけていたラウダとローヴが顔を上げる。
そんな彼らを、ノーウィンは優しい表情で交互に見た。
「だから荷物の準備だけは怠らないように、な」
相変わらずローヴは落ち込んでいるようで、口数も少ないまま。
彼の笑みは恐らく彼女を気づかってのことだろう。
そこでふと、ラウダは気になったことを尋ねる。
「ねえ、僕たちって今どこに向かってるの?」
この世界の地理が分からないために、進路に関してはほとんどノーウィンに任せきり。
そのため、自分の目的地がどこなのかもよく分かっていない。
「ガストル帝国」
答えたのはセルファだ。
その表情は険しい。
しかし今ひとつぴんと来ないラウダは首を傾げる。
するとノーウィンが荷物の中から一枚の丸まった紙を取り出してきた。
そして2人と向かい合う形でベッドに腰かけると、膝の上に広げる。
それは世界地図だった。
2人がそれを眺めていると、セルファも彼の隣にすとんと腰かける。
「食事中のビシャスの話、覚えてるか?」
「ええと、帝国が裏であくどいことをしてるって言ってたっけ」
ラウダの答えにノーウィンがうなずいた。
続けて地図の一点を指し示す。
「今世界で起きている様々な事件と関係があると思われている国。それがここだ」
ぐるりと大陸に囲まれた内海。
彼が指すのは、そこに浮かぶ孤島だった。
「各地で魔物が凶暴化し始めたのは去年くらいから。ちょうどその頃、ガストル王国の王が亡くなったらしい」
「王国?」
ラウダが首を傾げる。
間違いかと思ったがそうではないようだ。
「昔はそういう名前だったんだ。それが王亡き後、他の国との交流を一切断ち、軍事国家へと転換……自ら帝国を名乗るようになった」
「軍事国家……」
「だから魔物の凶暴化も帝国の仕業じゃないかって言われてる。どんな手法を使ってるのかは分からないが」
「あの……」
そこでローヴが怪訝な顔で尋ねる。
「師匠の話もそうでしたけど、うわさばっかりですよね。真相は分からないんですか?」
彼女の言う通りビシャスもノーウィンも、うわさや人づてに聞いたものしか話していない。
確かなものが何一つないのだ。
「それを確かめに行くのよ。難攻不落と言われる、その国へ」
「難攻不落……?」
セルファの言葉に、ラウダが眉をひそめる。
ノーウィンは「ああ」とうなずくと、指し示していた箇所から指を離した。
「この島の周りは高い崖と山に囲まれていて、周囲の海も荒れやすい」
「そんな所へ一体どうやって行くんですか?」
ローヴの質問に、彼は表情を曇らせる。
「実を言うと、この島にたどり着く方法はまだ考え中なんだ……」
そう言うと、ため息をついた。
「それって昔からそうなの? 他の国とやりとりがあったなら何かしら方法があるんじゃ……」
ラウダがそう問うも、すぐさま首を横に振られてしまう。
「元は大陸からこの国まで大きな橋がかけられていたんだが、帝国側が崩落させたんだ」
その話を聞いたラウダは目を瞬かせた。
「自分から孤立したってこと? それだと帝国側が不便になって困るんじゃ……」
「そのはずなんだが……それでも帝国に関して悪い話ばかり聞く。正直何が何だかさっぱりだ」
「だからこそ、行かないといけないのよ」
頭を抱えるノーウィンに、セルファがそう告げる。
彼女の表情はやはり険しいまま。
ガストル帝国に対して何かあるのだろうか。
「えっと、ちなみに今はどの辺なんですか?」
「ここだな」
指差した場所は先ほどの地点からほど遠い大陸で、“レブン”と書かれている。
「と、遠いですね……」
ここから目的地に行くためには山や海を越える必要があり、どうあっても一筋縄ではいかないだろう。
果たしてどれほど時間がかかるのか。
「長い旅になると思う」
ノーウィンはそう言うが、珍しくそこに笑みはない。
それはこの旅が決して楽しいことばかりではないことを表していた。
痛み、苦しみ、悲しみ――毎日が辛いことの連続かもしれない。
しかし立ち止まってはいられない。
リジャンナへ帰るためにも。
「行こうよ、ローヴ」
地図から顔を上げたラウダはまっすぐに少女を見る。
驚いた様子で見返すローヴだったが、それはすぐに笑顔へと変わった。
「うん」
そこにはもう落ち込んだ様子などない。
明るくまっすぐな表情を浮かべる2人を見て、ノーウィンはほっと安堵するのであった。
「次の目的地はフォルガナっていう町だ。村の奥にあるトンネルを抜けて、半日ほど歩いたところにある」
そう言うと、彼はにこやかに笑う。
「明日は早いから、今日はもう寝た方がいい」
「はーい」
ローヴが元気よく返事をした。
――とは言われたものの。
皆が寝静まった後も、ラウダはじっと天井を見つめていた。
どうしても気になることがあったのだ。




