8‐1
「えっ? 明日出る?」
突然のことに驚き、ラウダの口から素っ頓狂な声が出る。
しかし相手は事もなげに、皿に盛られたソーセージにフォークを突き刺した。
「俺様だって暇じゃないのよ」
それを口へ運ぶと、くちゃくちゃと音を立てながら食する。
行方不明の少女救出とドラゴン討伐という2つの偉業を成し遂げた一行は、一躍英雄扱い。
その雄姿を一目見ようと人々が押しかけ、村は一時騒然となった。
なんとか皆を落ち着けた後も、救出した少女と両親の強い要望だけは断り切れず、今は彼らの家で夕飯をごちそうになっている。
そこでビシャスが翌朝の出立を告げたのだった。
「あの……結局、特訓ってどうなったんですか?」
ローヴに尋ねられたビシャスは、食べる手を止め、きょとんとした顔を見せる。
が、それはすぐに呆れ顔になった。
「お前なあ……あのドラゴンを倒したんだぞ? これ以上特訓が必要か?」
「でも倒したのって……」
ラウダは男の顔を見る。
そう。ドラゴンを倒したのはビシャスだ。
自分たちは何もしていない。できなかった。
少し落ち込んだ様子のラウダとローヴに対し、彼はにやりと笑う。
「そんなに特訓を続けたいってんなら、俺と一緒に来るか?」
そう言うと分厚いベーコンをかみちぎり、くちゃくちゃと音を立て食した。
――この男、さっきから肉ばかり食べているような気がする。
「遠慮しておきます」
きっぱりと答えたラウダは、野菜を煮込んだスープを口にした。
「なんだよ、つれねえなあ」
そうは言うものの、返事は分かっていたようだ。残念そうな素振りなどこれっぽっちもない。
そこでふと、ノーウィンが気になったことを尋ねる。
「あんた、トンネルを通ってフォルガナへ行くんじゃないのか?」
「残念。俺はベギンに行くんだよ。うまい仕事があってな」
「うまい仕事?」
ラウダが首を傾げると、ビシャスは大げさに両手を広げてみせた。
「おおっと。ここから先は秘密だ。横取りはごめんだからな」
「心配しなくても、そんなことはしない」
ガハハと笑う男に冷静に答えたノーウィンは食事を再開する。
「でも師匠の仕事って言うと、やっぱり魔物退治? あ、でも人助けなら何でもできるか。強いし」
ローヴが楽しそうにそう言うと、ビシャスは眉間にしわを寄せた。
「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困るな」
「え?」
「傭兵の仕事は金が全て。金をもらえるってんなら人助けもするが……真逆の場合だってある」
「真逆……?」
男が何を言いたいのかいまいち分からないローヴはきょとんとする。
一方、横で聞いていたノーウィンの表情が険しくなった。
「知ってるだろうが、世界で今いろんなことが起きてる。たとえば――最近急激に力をつけてきてるっつー帝国の話」
そこで初めて、細々と食事をしていたセルファが、ぴくりと反応する。
「うわさじゃ襲撃やら暗殺やら、裏であくどいことをしてるそうだが、金さえもらえるならその片棒を担ぐことも平然とする。それが傭兵ってもんよ」
傭兵は正義のヒーローではない。
ビシャスの言いたいことを理解したローヴは目を伏せた。
「嫌な世の中になっちまったって嘆く輩は多いが、傭兵どもは皆正直美味しいと思ってるわけだ」
「そんな……」
人の命を奪うこと。それを良かれと思っている人間がいる。
ローヴは暗い顔で手にしていたフォークをそっと置いた。
それを見た男の表情が厳しいものに変わる。
「ローヴ、だからお前は甘いんだよ。魔物の命を奪いたくない。人の命が奪われるのも嫌。お次はなんだ? 今口にしてる肉や魚にまでかわいそうって言うのか?」
「それは……」
食卓に並ぶ料理を見るのが辛くなり、うつむく。
人は他のものの命を犠牲にして成り立っている。そんなこと知っている。分かっている。
「やめろよ」
ノーウィンがビシャスをにらみつけた。
落ち着いた様子ではあるが、怒っているのは一目瞭然だ。
「やれやれ。甘ちゃんのままじゃ、この先の世界で生きてくのは辛いぞ?」
興を削がれたのか、立ち上がった男は一家に軽く礼を告げ、そのまま家を出て行ってしまった。
「ごめんなさい、ノーウィンさん……」
家の扉が閉まってしばらくした後、ローヴが小さく謝る。
食欲をなくしてしまったようで、置いたフォークを取らず、手は膝の上だ。
「どうしてローヴが謝るんだ。俺は自分が気に食わなかったから、ああ言っただけさ」
そう言うノーウィンは、先ほどの怒りの表情から一変して優しい笑みを浮かべている。
しかし、ローヴはそのまま黙り込んでしまった。
一方、セルファはじっと扉の方を見つめていた。
闇夜へ消えた、男の背を見つめるかのように。




