表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボクたちのてのひら【改稿版】  作者: 雨露りんご
第7話 戦うこと
26/44

7‐4

 真上に来た太陽がまぶしい。


「はっ!」


 ラウダは素振りを終えると、傍らに置いていたタオルで汗を拭いた。

 それまで集中力を磨いていたローヴは、その隣で大きく伸びをする。


「なかなか様になってきたんじゃない? この勢いで世界も救っちゃいなよ、勇者様」


 彼女はこちらを見ると、にっと笑ってみせた。


 冗談だとは分かっているが、どうにも慣れない響き。

 そもそもラウダは未だに勇者であることを納得したつもりはない。


 ため息をついた彼はタオルを置き、少女の方へと振り返った。


「そう言うそっちはどう? 勇者を支える魔法使いにはなれそう?」


 それに対し彼女は、あははと笑うと、「どうだろう」と肩をすくめる。


 結局未だビシャスは戻ってこず、仕方なくそれぞれ剣と魔法の練習をしていた。


「はー暑い。シャワー浴びたいなあ」


 手で首元をあおぎながら、ローヴは地面に座る。

 ラウダも休憩を取ることにし、その隣に腰かけた。


 そろって蒼天を仰ぎ見る。


「ねえ、ローヴ」

「うん?」


 不意に声をかけてきたラウダを、ローヴが見やる。

 彼は相変わらず空を見上げたままだ。


「一昨日さ、言ってたよね。命を奪える行為が分からないって」

「あーうん。言ったね」


 そう答えた彼女はうつむく。


 あの時は本当に分からなかった。

 何故ノーウィンやセルファは平然と武器を手に戦えるのか。

 相手だって生きているのに、どうしてそんなことができるのだろうかと。


「ローヴは、その……否定する? ノーウィンやセルファ……僕のやってること」

「否定……否定か……」


 否定したかった。

 一生懸命生きているのだから。

 人間も魔物も一緒じゃないのかと。


「正直ね、まだよく分からない」


 しかしビシャスの言葉が否定させてくれなかった。

 命には限りがある。いつか死んでしまう時が来る。

 それに抵抗するために戦う。自分が、死なないように。


「相手のためだからって、やられるがままに自分が死んじゃったら、意味ないよね。できるうちは抵抗し続けないといけない……と思うんだ」


 ローヴは再度空を仰いだ。


「この世界では、戦わないことイコール死ぬってことなんだよね。ボクは……ボクは死にたくない。死なないって決めてるんだ」


 母を亡くしたあの日の自分と約束したから。

 家族みんなの分もいっぱいいっぱい生きるよ、と。


「ボク、もう大切な人に死んでほしくないんだ。身勝手かもしれないけど、ボクの目の前では誰も死なせない。だからみんなのやってることは否定しないし、ボクも戦うって決めたんだ」


 彼女は顔を上げると、ラウダの方を見て笑ってみせた。


「なんかおかしいかもしれないけど、それが、ボクが戦おうって決めた理由!」


 対する彼は、そんなローヴをじっと見つめる。


「な、何? 言いたいことがあるならはっきり言ってよね!」

「いや……」


 そこでラウダは自身の右手に視線を移した。


「僕ってさ、勇者になれると思う?」

「へ?」

「僕はただ、やらなきゃやられると思ってたから戦ってただけで……考えとしてはローヴの方がずっとしっかりしてるよ」


 ローヴは見逃さなかった。

 寂しそうな、哀しそうな、あの表情。


 ラウダが時たま見せる、本当の顔だ。


 だがすぐに彼はローヴの方を向いて微笑む。


「なんて、こんなこと言ってたらまたセルファに嫌な顔されちゃうね」


 違う。その微笑みは偽りだ。

 彼を長年見てきた彼女には分かってしまう。


 そこでローヴは意を決し、ラウダの方に向き直った。


「あのさ、ラウダはなんで」


 突如、辺り一面が暗くなる。


 さっきまであんなに晴れていたのに、と空を見上げると何か大きなものが太陽をさえぎっていた。

 その正体を確認する間もなく、それは空中で力強く羽ばたく。


 羽ばたきひとつで強風が巻き起こり、わらぶき屋根や干してあった洗濯物、牛舎は牛を巻き込んでどこかへ吹き飛んでしまった。


 それはどしんと地面に降り立つと、ぐるるとうなり声をあげる。

 ラウダは()()を見た。


 全身が灰色の鱗に覆われており、巨大な翼と口。

 手足の先には鋭い爪。


 ギョロリ。


 目が合ってしまった。

 瞬間、全身に鳥肌が立つ。



 これと戦ってはならない。

 胸騒ぎを通り越して、身が裂けそうなほどの危機感を、全身が訴えている。



 それは大空に向かって咆哮した。

 耳をつんざくような声に耳を塞ぐ。


 何故だか分からないが、目が合った瞬間、ラウダは自分に狙いを定められたと感じた。

 逃げたい。逃げ出したい。

 だが同時に胸中で別の何かが叫んでいるような気がした。



 お前が逃げたら誰があいつを倒すんだ?



 知らない。知らない知らない知らない。

 あんなのと戦ったら命がいくつあっても足りない。

 それでも手は自然と剣を握っていた。


 咆哮の後、それはこちらに向けて大きく口を開ける。

 直後、巨大な火炎玉が飛んできた。


 とっさにローヴを勢いよく突き飛ばし、ラウダは反対側へと飛ぶ。

 次の瞬間には辺り一面が煙に包まれ、地面がごっそり削られていた。


 自分があそこにいたら――想像するだけでぞっとする。


「ラウダ!?」


 土煙のせいで姿は見えないが、幼なじみの姿を探す声が聞こえた。

 ローヴは無事なようだ。


 しかし村のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。

 このままいけば、必然的に全滅だ。



 どうすればいい?

 どうすればいい!?



 頭の中は、ほどけた毛糸のようにぐちゃぐちゃ。

 そこから一本、引っ張り出した答えは――


「こっちだ!」


 自分が村から離れることだった。


 相手は自分を狙っている。

 ならば自分が村から離れれば、相手も村から離れるに違いない。

 ――何の根拠もないけれど。


 剣を片手に全力で駆ける。


 しかし、どうして自分なのだろう。


「別に……」


 息が上がってきた。

 がくんとスピードが落ちる。


「僕じゃなくたって……はっ……はあっ」


 そこで、頭上を大きな影が通過した。

 強風によって巻き起こった砂塵から、腕で自身を庇う。


 次に目を開けると、そこには先の怪物の姿。

 ぐるるとうなり声をあげ、その赤い瞳に少年の姿を映し出す。


 こんな時に限って、ノーウィンもセルファもいない。

 ビシャスもどこかへ行ったきり。

 勇者の証とやらも無反応。


 ――なんだこれ?


「……っはは」


 笑えてきた。


 なんだか自分のしていることが馬鹿げている気がして。

 でもここが現実だから。


 そう、これは芝居じゃない。


 荒げていた息を整えるため、ふうっと一息吐いた。

 そして、息を吸い込むと同時に、ビシャスにたたき込まれたとおりに剣を構える。


「行くぞっ!」


 そのかけ声に合わせるかのように怪物がゆっくりと口を開く。

 構わずラウダは一直線に突っ込む。

 怪物が火炎玉を吐き出す。しかしラウダは止まらない。

 耳元でごおっと音が聞こえたが、やはり止まらない。


「うおおおおおっ!」


 一気に距離を詰めると、勢いよく剣を振り下ろした。



 キーン



 硬い鱗に攻撃が弾かれる。

 ラウダは一瞬ひるむが、再度剣を振り下ろす。



 キーン



 剣を持つ手にしびれが走った。

 まるで巨大な岩石をたたいているかのようだ。全く効いていない。


 そこで初めて理解した。


 ノーウィンとセルファ。

 2人が戦闘で見事に連携できるのは、武器と魔法、それぞれ役割があるからだ。


 こいつに剣は効かない。

 ならば必要なのは――


 幼なじみの姿が浮かんだ。

 セルファ不在の今、魔法を使えるのは、ビシャスからたたき込まれていたローヴのみ。


 だがそこで怪物が巨体をぐるりと回し、長い尾を振り払った。

 人間1人を吹き飛ばすには十分すぎるほどの威力で、ラウダは数キロメートル先まで吹き飛ばされ、砂にまみれる。


「い……った……」


 石に引っかかった皮膚にすり傷が大量に出来た。そこからじわじわと血がにじみ出す。

 衝撃と痛みで震える体。


 しかし寝てはいられない。

 横倒しの状態から、剣を支えに何とか立ち上がろうとする。


 今さら村に戻るのは無理だ。

 それこそテレパシーでも使えなければローヴを呼び寄せられない。


 怪物がまた口を開こうとしている。


 ああ、最悪だ。

 悔しい。

 怖いとか痛いとかそんなんじゃない。悔しい。


 火炎玉が吐き出される。


 もう、ダメだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ