7‐4
真上に来た太陽がまぶしい。
「はっ!」
ラウダは素振りを終えると、傍らに置いていたタオルで汗を拭いた。
それまで集中力を磨いていたローヴは、その隣で大きく伸びをする。
「なかなか様になってきたんじゃない? この勢いで世界も救っちゃいなよ、勇者様」
彼女はこちらを見ると、にっと笑ってみせた。
冗談だとは分かっているが、どうにも慣れない響き。
そもそもラウダは未だに勇者であることを納得したつもりはない。
ため息をついた彼はタオルを置き、少女の方へと振り返った。
「そう言うそっちはどう? 勇者を支える魔法使いにはなれそう?」
それに対し彼女は、あははと笑うと、「どうだろう」と肩をすくめる。
結局未だビシャスは戻ってこず、仕方なくそれぞれ剣と魔法の練習をしていた。
「はー暑い。シャワー浴びたいなあ」
手で首元をあおぎながら、ローヴは地面に座る。
ラウダも休憩を取ることにし、その隣に腰かけた。
そろって蒼天を仰ぎ見る。
「ねえ、ローヴ」
「うん?」
不意に声をかけてきたラウダを、ローヴが見やる。
彼は相変わらず空を見上げたままだ。
「一昨日さ、言ってたよね。命を奪える行為が分からないって」
「あーうん。言ったね」
そう答えた彼女はうつむく。
あの時は本当に分からなかった。
何故ノーウィンやセルファは平然と武器を手に戦えるのか。
相手だって生きているのに、どうしてそんなことができるのだろうかと。
「ローヴは、その……否定する? ノーウィンやセルファ……僕のやってること」
「否定……否定か……」
否定したかった。
一生懸命生きているのだから。
人間も魔物も一緒じゃないのかと。
「正直ね、まだよく分からない」
しかしビシャスの言葉が否定させてくれなかった。
命には限りがある。いつか死んでしまう時が来る。
それに抵抗するために戦う。自分が、死なないように。
「相手のためだからって、やられるがままに自分が死んじゃったら、意味ないよね。できるうちは抵抗し続けないといけない……と思うんだ」
ローヴは再度空を仰いだ。
「この世界では、戦わないことイコール死ぬってことなんだよね。ボクは……ボクは死にたくない。死なないって決めてるんだ」
母を亡くしたあの日の自分と約束したから。
家族みんなの分もいっぱいいっぱい生きるよ、と。
「ボク、もう大切な人に死んでほしくないんだ。身勝手かもしれないけど、ボクの目の前では誰も死なせない。だからみんなのやってることは否定しないし、ボクも戦うって決めたんだ」
彼女は顔を上げると、ラウダの方を見て笑ってみせた。
「なんかおかしいかもしれないけど、それが、ボクが戦おうって決めた理由!」
対する彼は、そんなローヴをじっと見つめる。
「な、何? 言いたいことがあるならはっきり言ってよね!」
「いや……」
そこでラウダは自身の右手に視線を移した。
「僕ってさ、勇者になれると思う?」
「へ?」
「僕はただ、やらなきゃやられると思ってたから戦ってただけで……考えとしてはローヴの方がずっとしっかりしてるよ」
ローヴは見逃さなかった。
寂しそうな、哀しそうな、あの表情。
ラウダが時たま見せる、本当の顔だ。
だがすぐに彼はローヴの方を向いて微笑む。
「なんて、こんなこと言ってたらまたセルファに嫌な顔されちゃうね」
違う。その微笑みは偽りだ。
彼を長年見てきた彼女には分かってしまう。
そこでローヴは意を決し、ラウダの方に向き直った。
「あのさ、ラウダはなんで」
突如、辺り一面が暗くなる。
さっきまであんなに晴れていたのに、と空を見上げると何か大きなものが太陽をさえぎっていた。
その正体を確認する間もなく、それは空中で力強く羽ばたく。
羽ばたきひとつで強風が巻き起こり、わらぶき屋根や干してあった洗濯物、牛舎は牛を巻き込んでどこかへ吹き飛んでしまった。
それはどしんと地面に降り立つと、ぐるるとうなり声をあげる。
ラウダはそれを見た。
全身が灰色の鱗に覆われており、巨大な翼と口。
手足の先には鋭い爪。
ギョロリ。
目が合ってしまった。
瞬間、全身に鳥肌が立つ。
これと戦ってはならない。
胸騒ぎを通り越して、身が裂けそうなほどの危機感を、全身が訴えている。
それは大空に向かって咆哮した。
耳をつんざくような声に耳を塞ぐ。
何故だか分からないが、目が合った瞬間、ラウダは自分に狙いを定められたと感じた。
逃げたい。逃げ出したい。
だが同時に胸中で別の何かが叫んでいるような気がした。
お前が逃げたら誰があいつを倒すんだ?
知らない。知らない知らない知らない。
あんなのと戦ったら命がいくつあっても足りない。
それでも手は自然と剣を握っていた。
咆哮の後、それはこちらに向けて大きく口を開ける。
直後、巨大な火炎玉が飛んできた。
とっさにローヴを勢いよく突き飛ばし、ラウダは反対側へと飛ぶ。
次の瞬間には辺り一面が煙に包まれ、地面がごっそり削られていた。
自分があそこにいたら――想像するだけでぞっとする。
「ラウダ!?」
土煙のせいで姿は見えないが、幼なじみの姿を探す声が聞こえた。
ローヴは無事なようだ。
しかし村のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。
このままいけば、必然的に全滅だ。
どうすればいい?
どうすればいい!?
頭の中は、ほどけた毛糸のようにぐちゃぐちゃ。
そこから一本、引っ張り出した答えは――
「こっちだ!」
自分が村から離れることだった。
相手は自分を狙っている。
ならば自分が村から離れれば、相手も村から離れるに違いない。
――何の根拠もないけれど。
剣を片手に全力で駆ける。
しかし、どうして自分なのだろう。
「別に……」
息が上がってきた。
がくんとスピードが落ちる。
「僕じゃなくたって……はっ……はあっ」
そこで、頭上を大きな影が通過した。
強風によって巻き起こった砂塵から、腕で自身を庇う。
次に目を開けると、そこには先の怪物の姿。
ぐるるとうなり声をあげ、その赤い瞳に少年の姿を映し出す。
こんな時に限って、ノーウィンもセルファもいない。
ビシャスもどこかへ行ったきり。
勇者の証とやらも無反応。
――なんだこれ?
「……っはは」
笑えてきた。
なんだか自分のしていることが馬鹿げている気がして。
でもここが現実だから。
そう、これは芝居じゃない。
荒げていた息を整えるため、ふうっと一息吐いた。
そして、息を吸い込むと同時に、ビシャスにたたき込まれたとおりに剣を構える。
「行くぞっ!」
そのかけ声に合わせるかのように怪物がゆっくりと口を開く。
構わずラウダは一直線に突っ込む。
怪物が火炎玉を吐き出す。しかしラウダは止まらない。
耳元でごおっと音が聞こえたが、やはり止まらない。
「うおおおおおっ!」
一気に距離を詰めると、勢いよく剣を振り下ろした。
キーン
硬い鱗に攻撃が弾かれる。
ラウダは一瞬ひるむが、再度剣を振り下ろす。
キーン
剣を持つ手にしびれが走った。
まるで巨大な岩石をたたいているかのようだ。全く効いていない。
そこで初めて理解した。
ノーウィンとセルファ。
2人が戦闘で見事に連携できるのは、武器と魔法、それぞれ役割があるからだ。
こいつに剣は効かない。
ならば必要なのは――
幼なじみの姿が浮かんだ。
セルファ不在の今、魔法を使えるのは、ビシャスからたたき込まれていたローヴのみ。
だがそこで怪物が巨体をぐるりと回し、長い尾を振り払った。
人間1人を吹き飛ばすには十分すぎるほどの威力で、ラウダは数キロメートル先まで吹き飛ばされ、砂にまみれる。
「い……った……」
石に引っかかった皮膚にすり傷が大量に出来た。そこからじわじわと血がにじみ出す。
衝撃と痛みで震える体。
しかし寝てはいられない。
横倒しの状態から、剣を支えに何とか立ち上がろうとする。
今さら村に戻るのは無理だ。
それこそテレパシーでも使えなければローヴを呼び寄せられない。
怪物がまた口を開こうとしている。
ああ、最悪だ。
悔しい。
怖いとか痛いとかそんなんじゃない。悔しい。
火炎玉が吐き出される。
もう、ダメだ。




