7‐3
ノーウィンとセルファは血の道しるべをたどっていた。
その間も武器を手に、警戒は怠らない。
だが相変わらずハウリングの姿は見当たらないままだ。
不意にセルファが立ち止まった。
ノーウィンの方へ振り返った後、傍らの草むらを指差す。
それだけで彼は何かを察したようだ。
「そこに誰かいるな?」
はっきりとした語調で、そう声をかけると、「ひっ」と声が聞こえた。
「人、ですか……?」
可愛らしいが、驚きと不安が含まれた声。
ノーウィンが武器を手にしたまま、奥をのぞき込む。
草むらの向こう、木の根元。
そこに小動物のように震える少女がいた。
栗色のおさげ髪に藍色の瞳。
出かけたときに羽織っていったという水色のカーディガンも着ている。
ノーウィンは武器を下ろして少女の前に移動すると、そっと屈み込んだ。
「君はリースの村の子だな?」
念のため確認すると、小さくこくりとうなずく。
「俺たちはご両親に依頼されて、君を探しに来たんだ」
少女の顔がぱっと明るくなった。
「良かった……私、魔物に追われて逃げている途中に足をくじいて――」
そこまで言った少女の顔色が再度青ざめる。
よほど恐ろしい思いをしたのだろう。
「ハウリングに追われて怖かったんだな。でももう大丈夫だ。俺たちが村まで」
「ちが……ちが……」
これ以上怖がらせないようにと優しく言うも、少女はそれをさえぎって、ぶるぶると震え出す。
見たところ彼女の言うように血が出ている様子はない。
どうやら何かを訴えようとしているようだが――
「大丈夫。大丈夫だから、何があったか順番に話してくれないか?」
少女はしばし震えていたが、胸の前でぎゅっと両手を握ると、ぽつりぽつりと語り出した。
「私……薬草を取りに来たんです……なのに、森に入った途端、ハウリングに追い回されて……」
ノーウィンは小さくうなずき、優しく続きを促す。
「ハウリングは今の時期、子供を産んで、守るために森の奥に集まるんです……そのはずなのに……森中にいて……」
少女の表情は暗い。
「私、足をくじいて、怖くなって、ここに隠れていたんです……そうしたら、ハウリングが集団で森の、奥の方へと駆け出して行って……その後、に……」
そこまで話すとまた恐怖が蘇ったのか、ぶるぶると震え出した。
続きを聞こうにもこれではどうしようもない。
セルファが後ろを振り返った。
血の跡はまだ続いている。
森で何が起こっているのか。
その真相を知るためにもこの跡をたどるべきだろう。
となると、少女をどうするべきか。
ノーウィンは考える。
一度村へ連れ帰るか。
いや、それでは夜が明けて、ハウリングの活動が活発になってしまうかもしれない。
退治するのも、ここまで来るのも、少々難しくなる。
では置いていくか。
彼女は足をくじいている。もしハウリングに見つかったら今度は逃げきれないだろう。
そうなると――
彼は意を決すると、震える少女に話しかける。
「俺たちはこのまま森の奥へ進みたい。君のことは必ず守るから、一緒に来てくれないか」
少女は驚いた顔でノーウィンを見つめた。
しかし、彼の決断は揺るがない。
同じ危険性があるのなら、目に見えるところにいてほしい。
それが、彼なりの考えだった。
少女はしばらく悩んだ様子だったが、やがて小さくうなずく。
どうやら信頼してくれたようだ。
ノーウィンは少女を背負うと、セルファに続いて、再び血の跡をたどり始めた。
道中、少女が震えているのが背中越しに伝わってくる。
しかしあれこれ問いかけるのも余計に怖がらせるだけだと判断し、ただ黙々と歩いた。
だが、彼女の恐怖が如何様のものなのか――2人はすぐに思い知らされる。
血の跡をたどってたどりついた森の奥。
「なんだ……これ……」
最初に声を発したのはノーウィンだった。
引きずられた血の跡。
剥き出しの臓物。
首のない胴。
散乱する手足。
えぐられた腹。
血の海に落ちた頭。
黒く焦げつき炭と化した骨。
血の臭いに混じる焦げた臭い。
想像だにしていなかった凄惨な光景が、そこには広がっていた。
いずれもハウリングの死骸、その山である。
これは、魔物同士が争った跡などではない。
一方的に追い込まれ、虐殺された跡だ。
2人は何も言えぬまま、ただ立ち尽くすことしかできない。
「……が……」
ぽつりと少女が言葉を発した。
その光景に耐えかねて、ノーウィンの背に顔を埋めているため、声がくぐもって聞き取れない。
「え?」
「……あいつが……やったんだ……」
がたがたと震えながら、しかし少女はやっとの思いで、告げた。
「ドラゴンが」
セルファがゆっくりと後ろを振り返る。
そこに浮かぶのは、相棒でさえ見たこともないような、驚きと戸惑いの入り混じった表情。
ノーウィンも少女が何を言ったのか分からなかった。
いや、分かってはいる。
だが脳内でその単語を処理できなかったのだ。
ドラゴン。
その巨体は堅く丈夫な鱗に覆われ、巨大な翼で大空を舞う。
手足には鋭い爪を持ち、大きな口からは炎を吐く。
その威力は町一つなど簡単に吹き飛ばす。
それ故、人々はそれを恐れ、近づくことすらしなかった。
いるとすれば物好きな冒険者くらい。しかし彼らもそのまま戻ることはなかった。
でもそれは、遠い遠い昔の話。
この世界にドラゴンなど、存在するはずがなかった。
彼らはもう――滅んでしまったのだから。
「ハウリングたちが森の奥に逃げた後を……大きな生物が追いかけていったんです……」
少女は、言えなかった言葉を少しずつ、語調を強めて話し出した。
「それは昔おばあちゃんに聞いた、ドラゴンだったんです……! 大きな翼に、大きな口に、鋭い爪を持っていて……! それで、それで、私っ」
興奮を抑えきれずに一気に話し出したがために、そこでむせる。
だが勢いは止まらなかった。
「私見たんです! それが……ドラゴンが村の方に飛んで行ったのを!!!」
ざあっと風が森を大きくざわめかせる。
もし今の話が本当なら、これから村は大変なことになるだろう。
そこにいるラウダとローヴを巻き添えに。
しかし2人は言葉を失い、やはりただ呆然と立ち尽くすしかないのだった。




