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ボクたちのてのひら【改稿版】  作者: 雨露りんご
第7話 戦うこと
25/44

7‐3

 ノーウィンとセルファは血の道しるべをたどっていた。

 その間も武器を手に、警戒は怠らない。


 だが相変わらずハウリングの姿は見当たらないままだ。


 不意にセルファが立ち止まった。

 ノーウィンの方へ振り返った後、傍らの草むらを指差す。


 それだけで彼は何かを察したようだ。


「そこに誰かいるな?」


 はっきりとした語調で、そう声をかけると、「ひっ」と声が聞こえた。


「人、ですか……?」


 可愛らしいが、驚きと不安が含まれた声。


 ノーウィンが武器を手にしたまま、奥をのぞき込む。


 草むらの向こう、木の根元。

 そこに小動物のように震える少女がいた。


 栗色のおさげ髪に藍色の瞳。

 出かけたときに羽織っていったという水色のカーディガンも着ている。


 ノーウィンは武器を下ろして少女の前に移動すると、そっと屈み込んだ。


「君はリースの村の子だな?」


 念のため確認すると、小さくこくりとうなずく。


「俺たちはご両親に依頼されて、君を探しに来たんだ」


 少女の顔がぱっと明るくなった。


「良かった……私、魔物に追われて逃げている途中に足をくじいて――」


 そこまで言った少女の顔色が再度青ざめる。

 よほど恐ろしい思いをしたのだろう。


「ハウリングに追われて怖かったんだな。でももう大丈夫だ。俺たちが村まで」

「ちが……ちが……」


 これ以上怖がらせないようにと優しく言うも、少女はそれをさえぎって、ぶるぶると震え出す。

 見たところ彼女の言うように()()出ている様子はない。

 どうやら何かを訴えようとしているようだが――


「大丈夫。大丈夫だから、何があったか順番に話してくれないか?」


 少女はしばし震えていたが、胸の前でぎゅっと両手を握ると、ぽつりぽつりと語り出した。


「私……薬草を取りに来たんです……なのに、森に入った途端、ハウリングに追い回されて……」


 ノーウィンは小さくうなずき、優しく続きを促す。


「ハウリングは今の時期、子供を産んで、守るために森の奥に集まるんです……そのはずなのに……森中にいて……」


 少女の表情は暗い。


「私、足をくじいて、怖くなって、ここに隠れていたんです……そうしたら、ハウリングが集団で森の、奥の方へと駆け出して行って……その後、に……」


 そこまで話すとまた恐怖が蘇ったのか、ぶるぶると震え出した。

 続きを聞こうにもこれではどうしようもない。


 セルファが後ろを振り返った。

 血の跡はまだ続いている。


 森で何が起こっているのか。

 その真相を知るためにもこの跡をたどるべきだろう。


 となると、少女をどうするべきか。

 ノーウィンは考える。


 一度村へ連れ帰るか。

 いや、それでは夜が明けて、ハウリングの活動が活発になってしまうかもしれない。

 退治するのも、ここまで来るのも、少々難しくなる。


 では置いていくか。

 彼女は足をくじいている。もしハウリングに見つかったら今度は逃げきれないだろう。


 そうなると――


 彼は意を決すると、震える少女に話しかける。


「俺たちはこのまま森の奥へ進みたい。君のことは必ず守るから、一緒に来てくれないか」


 少女は驚いた顔でノーウィンを見つめた。

 しかし、彼の決断は揺るがない。


 同じ危険性があるのなら、目に見えるところにいてほしい。

 それが、彼なりの考えだった。


 少女はしばらく悩んだ様子だったが、やがて小さくうなずく。

 どうやら信頼してくれたようだ。


 ノーウィンは少女を背負うと、セルファに続いて、再び血の跡をたどり始めた。


 道中、少女が震えているのが背中越しに伝わってくる。

 しかしあれこれ問いかけるのも余計に怖がらせるだけだと判断し、ただ黙々と歩いた。


 だが、彼女の恐怖が如何様のものなのか――2人はすぐに思い知らされる。


 血の跡をたどってたどりついた森の奥。


「なんだ……これ……」


 最初に声を発したのはノーウィンだった。


 引きずられた血の跡。

 剥き出しの臓物。

 首のない胴。

 散乱する手足。

 えぐられた腹。

 血の海に落ちた頭。

 黒く焦げつき炭と化した骨。

 血の臭いに混じる焦げた臭い。


 想像だにしていなかった凄惨な光景が、そこには広がっていた。


 いずれもハウリングの死骸、その山である。


 これは、魔物同士が争った跡などではない。

 一方的に追い込まれ、虐殺された跡だ。



 2人は何も言えぬまま、ただ立ち尽くすことしかできない。


「……が……」


 ぽつりと少女が言葉を発した。

 その光景に耐えかねて、ノーウィンの背に顔を埋めているため、声がくぐもって聞き取れない。


「え?」

「……あいつが……やったんだ……」


 がたがたと震えながら、しかし少女はやっとの思いで、告げた。


「ドラゴンが」


 セルファがゆっくりと後ろを振り返る。

 そこに浮かぶのは、相棒でさえ見たこともないような、驚きと戸惑いの入り混じった表情。


 ノーウィンも少女が何を言ったのか分からなかった。

 いや、分かってはいる。

 だが脳内でその単語を処理できなかったのだ。



 ドラゴン。


 その巨体は堅く丈夫な鱗に覆われ、巨大な翼で大空を舞う。

 手足には鋭い爪を持ち、大きな口からは炎を吐く。

 その威力は町一つなど簡単に吹き飛ばす。


 それ故、人々はそれを恐れ、近づくことすらしなかった。

 いるとすれば物好きな冒険者くらい。しかし彼らもそのまま戻ることはなかった。


 でもそれは、遠い遠い昔の話。


 この世界にドラゴンなど、存在するはずがなかった。

 彼らはもう――滅んでしまったのだから。


「ハウリングたちが森の奥に逃げた後を……大きな生物が追いかけていったんです……」


 少女は、言えなかった言葉を少しずつ、語調を強めて話し出した。


「それは昔おばあちゃんに聞いた、ドラゴンだったんです……! 大きな翼に、大きな口に、鋭い爪を持っていて……! それで、それで、私っ」


 興奮を抑えきれずに一気に話し出したがために、そこでむせる。

 だが勢いは止まらなかった。


「私見たんです! それが……ドラゴンが村の方に飛んで行ったのを!!!」


 ざあっと風が森を大きくざわめかせる。


 もし今の話が本当なら、これから村は大変なことになるだろう。

 そこにいるラウダとローヴを巻き添えに。


 しかし2人は言葉を失い、やはりただ呆然と立ち尽くすしかないのだった。

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