7‐2
戦闘訓練2日目の未明。
ぐっすりと眠る2人を見て小さく笑むと、ノーウィンは部屋を出る。
宿の外では、セルファがこちらに背を向けて空を見上げていた。
同じように上空を見ると、そこには丸い月がぽっかりと浮いている。
セルファは両手組むと、目を閉じた。
「月女神よ、我らの道を照らしたまえ……」
彼女は月女神の使徒。
そのため時折こうして月に祈りをささげている。
特に満月の時は女神の力が最も強くなるタイミングだと言い、急にいなくなったと思ったらこのように祈っていることがこれまでに多々あった。
その様子をノーウィンがしばらく見守っていると、やがて祈りを終えたセルファがくるりと振り返る。
「準備はいいか」
声をかけると、彼女は何も言わずこくりとうなずいた。
請け負った仕事は2つ。
1つは、一行が村へ来る少し前に森へ入っていったきり戻らないという少女の捜索。
もう1つは、最近頻繁に姿を見せるようになったハウリングの退治。
森は広いが、少女はこれまで何度も入ったことがあり、迷った可能性は低いという。
となると、ハウリングに襲われたと考えるのが一番自然な考え方である。
しかしそれにしては少々引っかかる点があった。
大前提として、ハウリングにはいくつか特性がある。
まず、群れをなして生活していること。1つの群れにはおよそ5、6体がいると聞く。
次に、縄張り意識を持っていること。
故に生息地である森の木に、牙を使って「ここが自分たちの縄張りだ」という意の傷をいくつもつけるという。
そのため、リースの村では必ず親から子へ「傷のある木を見つけたら静かにその場から離れるべし」と言い聞かせているそうで、もちろん少女にも言い聞かせていたという。
つまり、少女が自分からハウリングの縄張りに踏み入ったとは考えにくい。
引っかかる点はもう一つ。
それは、一行がこの村へ向かっている途中に、ハウリングの襲撃を受けたことだ。
先ほどの大前提を踏まえるならば、奴らが生息地を離れ、平原に出現するというのはあり得ない。
さらに、本来群れにいるであろう数を超える数に襲われたのも、おかしな話だ。
森で何かが起きている。
それがノーウィンとセルファの考えだった。
その森の中。月明かりが照らす道を、2人は無言で、足音を立てないように進む。
時折風が木々を揺らすが、そのたびに足を止め、そろって周囲を警戒した。
不意に、前を歩くセルファが立ち止まる。
そして無言のまま、ノーウィンに向けて目の前の木を指差してみせた。
鋭いものでつけられた数本の傷。
ハウリングの縄張りの印で間違いないだろう。
ここから先は戦いになる可能性が高い。
2人はさらに慎重に歩を進めていく。
しかし――
「どういうことだ……?」
思わずつぶやいてしまった言葉が、静寂に響いた。
肝心のハウリングがどこにも見当たらないのだ。
ここに来るまでに数本、傷のある木を確認している。
縄張り内に踏み入っているのは間違いない。
2人は怪訝な顔で目を合わせた。
直後、背後からかすかに物音がした。
ノーウィンは振り向きざまに、背後の草むらへと槍を突き刺す。
手応えはない。
気のせいかとも思ったが、そのまま草むらの向こうをのぞき見て――思わず顔をしかめた。
そこには、1体のハウリングの姿。
だが、それは横たわったまま微塵も動かない。その下に血だまりがゆっくりと広がっていく。
腹部に大きな裂傷を負っていた。
周囲を確認するが、どうやら他に仲間はおらず、これだけのようだ。
近づいてそっと触れると、ほんのりと生きていた頃の温もりを感じられた。
「何かに襲われたようね」
セルファの言葉にノーウィンがうなずく。
「ああ。その何かから逃げてきて力尽きたってところか」
立ち上がったノーウィンに、彼女がすっと地面を指し示した。
「……良い道標ができたわ」
点々と血が落ちている。
これが走ってきた跡だ。
たどれば、森で何が起こっているのか分かるかもしれない。
「気をつけて」
点々と続く血の先を見ていると、セルファが注意してきた。
「ん?」
「この森……何かいるわ」
どうやらセルファはセルファで何かを感知したらしい。
これは一筋縄では行かないかもしれない。
そんな予感がして。
「セルファも気をつけろよ」
思わずそう声をかけたが、彼女に「気をつけろ、無理するな」などと言うと、決まってこう返される。
「心配は無用よ」
そう言うなり、セルファはさっさと歩き出した。
これまでもそうだ。
彼女は自身について語ろうとしない。
何故幼い身で旅をしていたのか。
何故襲われていたのか。
何故ソルを探していたのか。
相棒を名乗っている割に、ノーウィンはセルファという存在の多くを知らない。
だが、彼女は常に「自分のことは聞くな」というオーラを放っており、問うことすら許されない。
結局ノーウィンはもやもやとしたものを振り払うように、首を横に振るうことだけして、すぐさま彼女の後を追うのだった。




