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訓練2日目の朝。
ラウダは、遠方に広がる景色を眺めていた。
「何か見えますか?」
すると剣を抱えて座るローヴが、不自然な口調で尋ねてくる。
それを聞いてふっと笑んだ後、唐突にラウダは真顔になった。
「いや。ただ、この世界はどうしてこうも暗いのかと考えていた」
はっきりとした静かな口調。
その声と仕草は、まるで別人になったかのようだ。
「それは、騎士様の目が曇っているだけかもしれませんよ」
彼に合わせて、ローヴも仰々しく言ってみせる。
とはいえ、その技量は少年に遠く及ばない。
2人は顔を見合わせると、そろってふふっと笑った。
「台詞、よく覚えてたね」
「ボク、マネージャーだよ? 稽古中ずっと見てるわけだし」
今のは、半年ほど前に演じられた“放浪のカーネリアン”という芝居に出てくる台詞。
祖国を失い、世界を放浪する元騎士の男が、様々な出会いを経て、自分らしさを得る。
絶望から希望に転じるその芝居は、脚本はもちろんのこと、演者の熱演によって多くの人を夢中にさせた大作だ。
ちなみにこの作品でもラウダは主人公を演じており、その名演で泣いた人は数知れず。
「それにしても作品を最初に見られるなんて、マネージャーって良い仕事だよね。忙しいけど」
劇団マネージャーの仕事はとにかく多い。
数十人はいる団員のタオルや水を用意したり、食事を作ったりと、主な仕事は劇団員のサポートだが、たまに大道具担当の舞台セッティングや、小道具担当の作成なども手伝っている。
故になんでも係と言っても過言ではない。
だがその数、たったの10人。
常時募集はしているのだが、とにかく仕事内容がハードなため、新しく入ってもついていけず、皆すぐに辞めてしまう。
中には演者や芝居を見るのを目当てに応募してくる人間もいるが、彼らは決まって1日で辞めてしまった。
そんな地獄のような仕事をこなすローヴに一度だけ「辞めたくならないか」と問うたことがある。
すると彼女は平然とした様子でこう答えた。
『なんで? こんなにやりがいのある仕事、なかなかないよ? たくさんの人と交流できるのも、みんなと一緒に協力して1つのことをやるのも楽しいし』
舞台に立って演技をする華やかな劇団員とは違い、物陰でごそごそと準備をし、彼らがより輝けるように支える。
それが彼女の仕事。
だけど彼女はいつも笑顔だ。どんなに忙しくても、誰に対しても。
客が見ることは決してない。けれど、彼女が見せているのは演技ではなく本物の笑顔なのだ。
「それにしても、遅いね……」
ローヴがため息をこぼす。
そもそも彼らが何故こうしてのんびりしているかというと。
事は2時間ほど前。
「しばらく休憩にしてやる」
昨日と同じく準備運動をこなした彼らに、ビシャスはそう告げた。
2人は顔を見合わせ、何事かと問おうとした――が。
男の鋭い視線、放たれる威圧感が「聞くな。黙って従え」と言っていた。
そうして何も聞けぬうちに、ビシャスは何処かへと行ってしまったのだった。
「このまま帰ってこない……なんてこと、ないよね?」
「それは僕に聞かれても……」
2人はそろってため息をつく。
しかし考えたところで分からないものはどうしようもない。
ラウダは鞘から剣をゆっくりと抜き放った。
「何事も練習あるのみ、だよね」
それを聞いたローヴは立ち上がり、ズボンについた砂を払う。
「まあ、このままじっとしててもね」
そして、自主練習を行うべく、彼と同じように剣を抜き払った。
* * *
時は遡って、特訓1日目のこと。
妙な大男がラウダとローヴの特訓をすると言い出したおかげですっかり暇になってしまったノーウィンとセルファ。
2人はこの間に何か仕事をしようと決めると村を巡り始める。
とはいえ、平和でのんびりとした村なため、大した仕事は得られないだろうと踏んでいた。
しかし予想はあっさりと外れる。
小さな村故に村人たちは皆顔見知りのようで、最初の1人に困ったことはないかと聞いたところ、ある一軒家に案内された。
出てきた夫婦に傭兵だと名乗った途端、妻が悲痛な叫びを上げる。
「うちの娘が帰ってこないんです!」
涙する妻をなだめつつ、夫が詳しく説明するが――
「どう思う?」
夜。
村周辺の地形の把握と探索を終えた彼らは、宿に戻ってきていた。
ノーウィンは、テーブルを挟んで向かい合っている相棒に意見を求める。
「断定はできないけど、私は世界滅亡の一端だと思っているわ」
セルファの言葉を聞いたノーウィンは「ふむ」と目を閉じ、考え込んだ。
しばしその様子を見ていた彼女だが、不意に立ち上がると、その場を立ち去ろうとする。
「どこへ行くんだ?」
セルファが突飛な行動を取るのはいつものことだが、行方をくらましてそのまま帰ってこない、ということは今まで一度もない。
その点は一応信用しているが――
「今夜は満月だから」
それだけ言い残すと、彼女は宿から出て、暗闇の中へと消えた。
いつもこんな調子で、はっきりとどこへ行く、何をしてくる、とは言わない。
彼女の腕も信用している。
だが年端もいかぬ少女なのだ。心配であることに違いはない。
だからノーウィンは常々、少しでいいから、どこへ、何を、を教えておいてほしいと思っていた。
とはいえ、こんなことを本人に言えばきっと機嫌を悪くするわけで。
「……どうしたもんかな」
ため息交じりでそう言うも、どうしようもない。
ひとまず彼女と話した明日の計画を思い返していると、再び宿の扉が開く。
入ってきたのは疲れきった顔の少年。
それをノーウィンは笑顔で迎え入れた。
「おかえり」




