6‐3
「おかえり」
食堂の席に着くノーウィンが笑顔で出迎える。
しかし、迎えられたラウダは笑顔を返す余裕もないほど、疲弊しきっていた。
「その様子じゃ、相当しごかれたみたいだな」
「しごかれたなんてレベルじゃないよ……」
そう言いながら、雪崩れ込むように正面の席に座る。
「ははっ、でもそのおかげで変な癖は直ったんじゃないか?」
ノーウィンは軽く笑うと、頬杖をついた。
「癖?」
机に突っ伏す少年は視線だけを相手に向ける。
「剣を振った後に動きを止める、って動作」
ノーウィンが剣を振るような動作をすると、ラウダは顔をしかめた。
「気づいてたならどうして言ってくれなかったの? それ、すごく怒られたよ」
ため息をつくと、訓練中に言われた言葉の数々を思い出す。
『構え方からすでにおかしい! いいか、手首はこう! 顔の角度はこうだ!』
『魅せる動作は必要ない! 戦うことに集中しろ!』
『剣を力強く、素早く振るためには、その支えである足の踏ん張りが必要だ!』
『何よりも大切なのは、相手に隙を与えないことだ!』
『分かったら返事しろ!』
指示されて。怒られて。その繰り返し。
何だか夢にまで出てきそうな気がして、ラウダはそれ以上思い出すのを止めた。
「いや、俺は槍しか使わないからさ。剣に詳しくないやつがあれこれ指摘して、間違ってたら困るだろう?」
「あー……それもそうだね……」
気だるげに返事をする少年を見て、ノーウィンはふふっと笑う。
それからふと、宿屋の入り口を見やった。
「ところでローヴはどうしたんだ?」
「まだ外だよ。もう少し魔法の練習するって」
ローヴは剣術の基本を教わった後、魔法を教えられていた。
その際、ラウダも一緒に魔法の基礎部分だけ聞いたのだが、そもそも魔法というものは集中力がないと全く使えないらしい。
まず大前提として、この世界には“マナ”と呼ばれるものが漂っている。
普段は目に見えないこれを、意識を集中させて自分の内側にため、一気に解放する。
これが魔法を発動するまでの流れだ。
そのため、それっぽい言葉を並べて呪文のように唱えたり、体でリズムを取ったり、頭で魔法の完成形をイメージしたりと、人それぞれ意識を集中させやすいように工夫しているという。
そうして魔法を主体に戦う者のことを、“魔法使”と呼ぶそうだ。
「ノーウィンは魔法を使わないの?」
ラウダは、ふと気になったことをノーウィンに尋ねてみる。
「ああ、俺には武器があるからな」
「ふーん……でもこの世界では生活にも魔法を使うんだよね。だったら不便じゃない?」
「うーん、不便と思ったことはないな。魔法がなくても生活はできるし、絶対に必要な能力でもない。それに正直に言うと……勉強するのが面倒で」
「あー……」
ノーウィンの本音に、ラウダは思わず首を縦に振って同感を示した。
才能ある者は10年かかるような魔法でもあっという間に使えてしまうというが、そんな人間は多くない。
故に大抵は基礎を学び、集中力を磨き、ようやく初級の魔法を扱えるようになる。
そこからさらに中級、上級と魔法を覚えたい者は魔法学校に通うわけだ。
とはいえ通学は無償ではない。高額な学費がかかるうえ、何年も通う必要がある。
そのため、よほど魔法使になりたいという人間以外は行かないという。
というわけで、残念ながら魔法は誰しもが一朝一夕に使えるようになるものではないのだ。
彼が面倒だというのもよく分かる。
「真面目だな、ローヴは」
感心した様子で微笑むノーウィンだが、ラウダはため息をついた。
「真面目というより、努力家かな。でもそれで無理をすることもあるから……」
そこでノーウィンはふふっと小さく笑う。
「ラウダはローヴのこと、よく分かってるんだな」
「まあ、幼なじみだから」
実に単純な答え。
だがそれにノーウィンはふっと寂しそうな表情を見せた。
「幼なじみ、か……」
その様子に首を傾げるラウダだが、そこでふと気になったことを尋ねてみる。
「ノーウィンとセルファはどういう関係なの?」
すると今度はノーウィンが首を傾げた。
「前に言わなかったか? 相棒だ、って」
「それは聞いたけど……その、2人って年齢差もあるし、性格も違うし……それこそ幼なじみなのかなって」
それを聞いて、彼は笑いながら「違う違う」と首を横に振るう。
そして目を閉じると、ある話を語り出した。
「3年前。その時は俺1人で傭兵をしていてさ。ある日、依頼で森に入ったんだ」
彼はゆっくりと目を開くと、正面にいる少年に視線を向ける。
ラウダは身を起こすと、相手の話を聞く姿勢を取った。
「依頼を終えて森を抜けようとしていると、女の子がたった1人で複数人と戦っているところを見つけたんだ。一対多数で、しかも女の子相手になんて見過ごせない。そう思って、俺は彼女を助けた」
「もしかしてそれが……」
「そう、セルファだ」
驚くラウダに、ノーウィンは少し困った様子で小さく笑ってみせる。
「その後、助けてもらった恩を返すって言って聞かなくて。それからずっと一緒にいるってわけさ」
「そっか……そんな出会いがあったんだね」
「何の話?」
しんみりとした空気の中、不意に少女の声が飛んできた。
ラウダが驚き振り返ると、そこにはセルファが立っている。
話に夢中になっていたとはいえ、一体いつの間に現れたのだろう。
「大した話じゃないさ。それよりもう寝るのか?」
「……もう寝る時間だと思うのだけれど」
はて、とノーウィンは食堂にかけられた時計を見やる。
「おっと、少し話し込みすぎたか」
セルファはやれやれと言いたそうに呆れ顔を浮かべると、次にラウダの方を向いた。
「彼女、高台にいたわよ」
「え」
思わず顔をしかめる。
頑張り屋なローヴのことだ。恐らくまだ魔法の練習に励んでいるのだろう。
「呼びに言った方がいいんじゃないか? 明日もあるんだろ」
そう言うとノーウィンは剣を振る動作をした。
ラウダは軽くうなずくと、椅子から立ち上がり、宿の入り口へと向かう。
扉を開けると、ひやりとした夜風が流れ込んできた。
「足下、気をつけて」
突然のセルファの忠告。
何事かと首を傾げた後、足下を見て――固まる。
そこにはビシャスが大の字で眠っていた。
昼間の威厳はどこへやら。いびきがうるさい。
ラウダはため息をつくと、それを踏まないよう慎重に乗り越え、高台へと駆ける。




