6‐1
熟睡していたラウダは、激しく揺さぶられて目を覚ます。
寝ぼけ眼で身を起こすと、すぐ隣にはローヴが立っていた。
「約束忘れたの?」
呆れ顔でそう言われ、ぼんやりと思考を巡らせる。
はて。約束などしていただろうか。
そういえば――
「……クレープ?」
思い当たったことを口にすると、ローヴは大きなため息をついた。
「昨日、ビシャスさんと約束しちゃったでしょ。戦闘の何たるかを教えてやるーって」
そこまで言われてようやく昨日の記憶が思い起こされる。
リースの村の宿で出会った謎の大男ビシャス。
戦闘のプロフェッショナルを名乗る彼に、特別戦闘訓練なるものをほぼ強制的につけられることになったわけだが――
「……行かなきゃダメ?」
「ダメ」
正直嫌な予感しかせず、苦い顔をするラウダにローヴがきっぱりと言い放つ。
意外なことに、彼女はやる気のようだ。
「きっと面倒なことになるよ?」
ラウダがそう言うと、彼女はぶすっとした表情で「でも」と言った。
「……魔法、使ってみたいし」
ラウダは合点がいった様子でああと声を出す。
魔法という存在に、誰しもが子供の頃一度は憧れを抱き、夢見たものではなかろうか。
それが使えるようになるというのだから気持ちが高ぶるのはまあ、分かる。
だが教えてくれるのは昨日出会ったばかりのうさん臭いひげ面のクマ男。
ラウダは正直未だに詐欺の類だと疑っていた。
ローヴは夢見がちなところがあるからもう少し疑ってかかるべきだ――と言いたいのはやまやまだが、言ったところで「夢がない」と一蹴されるのは目に見えている。
まあ、どこかわくわくしている今の様子に水を差すのもかわいそうか、と考えたラウダは、大人しく準備を始めることにした。
「2人は?」
そういえば部屋にノーウィンとセルファがいないなとローヴに尋ねる。
荷物や武器も見当たらない。
「情報収集に行くって、少し前に出て行ったよ」
話を聞きながら顔を洗い、少し曇った鏡で身支度を整えていく。
「でもこの村小さいから、すぐ戻ってくるって」
最後に星型のヘアピンをつけて、ローヴの方へ振り返った。
彼女はラウダの髪や服に問題がないことを確認すると「よし」とうなずく。
2人は武器を手に取ると、部屋の外へと出た。
が。
「遅えぞお、お前らぁ!」
部屋のすぐ隣にある食堂を見て、彼らは呆れ顔を浮かべる。
そこには片手にジョッキを持ったビシャスの姿。
机の上には大量の空の酒瓶が置かれていた。
「ビシャスさん……何、してるんですか……?」
歩み寄ってきたローヴの問いに答える前に、彼は酒をあおる。
そして叫んだ。
「見りゃ分かるだろうがよお! 俺は酒を飲むことが生きがいなんだぞお」
昨夜は「強い奴を育てるのが生きがいだ」と言っていたはずだが、これ如何に。
それ以前に、一方的に約束をしておきながら朝からこんなに大量に飲酒するとは一体どういう神経をしているのか。
「ほーら、お前らも飲め飲め!」
昨日よりもさらに声が大きい。正直うるさい。
「飲みません! それより特訓は! どうするんですか!」
それに対しローヴも負けじと声を張り、叱るような口調でそう言った。
するとビシャスは2人に向けてびしっと指を差す。
「お前らあ! 先人の言葉を知らねえのかあ!」
何のことかさっぱり分からず、2人は顔を見合わせた後、そろって首を横に振った。
「腹が減っては戦はできぬ、だ。飯はきちんと食え!」
そう言うとビシャスは飲酒を再開する。
その有り様に2人は、果たして本当に教える気があるのかと疑い始める。
しかし空腹なのも確かで、ひとまず朝食を取ることにした。
* * *
パンにコーンスープ、新鮮な野菜サラダと採れたて卵で作った目玉焼き。
いずれもこの村で生産されたものだ。
この村は基本的に自給自足の生活を送っているが、たまにベギンの街まで馬車で行き、村のために資材や植物の種、食料、牛や馬を買いに行くという。
昨日ノーウィンから聞いたことを思い出していると、何やら大いびきが聞こえてきた。
2人は嫌な予感がして渋い顔を見合わせた後、ビシャスの方を振り返る。
彼はジョッキを握ったまま、机に突っ伏していた。
見事に眠り込んでいる。
もう何も言う気が起きないが、このままではどうしようもない。
朝食を終えると、2人はビシャスを起こすことにした。
「ビシャスさん、起きてください!」
ラウダとローヴが2人がかりで思いきり揺らすも、起きる気配がまるでない。
段々とこれも特訓の一環なのかと思い始めていた――その時。
「やるぞ!」
突如ビシャスが顔を上げて叫んだ。
驚き目を丸くする2人だったが、彼はそれを見て叱責する。
「何をぼさっとしてやがる! さっさと行くぞ!」
そして机に立てかけてあった大剣を手にすると、1人で先に外へ出て行ってしまった。
「…………」
男の突飛な行動に2人はしばし呆然と立ち尽くすが、はっと我に返ってすぐさま後を追う。
外に出ると、ビシャスは宿横の少し開けた場所で、大剣を軽々と肩に担いで待っていた。
「ぼやぼやするな!」
先ほどまでのだらしない酔っぱらいは一体どこへやら。
やる気を見せるその様はまるで別人である。
「ようし! ビシャス様特別戦闘訓練の開始だ!」
そこでふと、ローヴが気になったことを尋ねた。
「あの……ちなみにそれは何日くらいやるんですか?」
戦闘向けの特訓と言うが、果たして何日実施するのか。それが気になったのだ。
セルファはラウダに世界を救えと言うが、彼らとしては元の世界に帰るまでの間の戦力を得られればそれで良いと思っていた。
「4、5年だな」
しかしビシャスにそう告げられ、2人は開いた口が塞がらなくなってしまう。
だが相手はこちらを気にする様子もなく、話を続ける。
「戦闘の基礎から多くの訓練を重ね、真の戦士として世に出すにはそれくらいかかって当然だろ」
確かに、ノーウィンのような膂力も、セルファのような魔法も、習得するのは容易ではないだろう。
だが2人は別に戦士になりたいわけでも、まして軍人になりたいわけでもない。
困り果てて顔を見合わせる彼らだったが、そこでビシャスがにやりと笑む。
「と言いたいところだが、お前らも急ぐ身だろうしな。戦闘の基礎だけにする」
それを聞いてほっと安堵する2人に、ビシャスは2本の指を突き出した。
「2日だ。2日でお前たちに俺の知る技術をたたき込む」
またしても2人の口が塞がらなくなる。
本来なら数年かかるところを、2日で済ませる。
ということはつまり――
「2日に詰め込む分、ビシバシやるからな。覚悟しとけ」
1人楽しげな笑みを浮かべる相手に、ラウダとローヴは思わず身震いした。
この男の性格からして、優しく楽しく教える、というのはまずありえない。
2人の胸中は後悔と不安でいっぱいになるのだった。




