5‐2
ローヴは、自分を背に戦うラウダを不安な面持ちで見つめることしかできない。
幼なじみが危険な目に遭っているのだ。助けるべきだというのは分かっている。
でも――その後の言葉がうまく出てこない。
* * *
ラウダとハウリングの戦いは続く。
いつしか敵は数を増して、3体に増えていた。
ガウガウバウバウと詰め寄ってくる狼たちを剣で振り払うも、片手一本ではひらりひらりとかわされるばかりで、全く攻撃が当たらない。
そうこうするうちに右腕も傷を負い、剣を振るのが辛くなってきていた。
そこを追撃するかのように、群れの背後から1体がラウダ目がけて跳びかかってくる。
「うわあっ!」
敵はラウダを押し倒すと、喉元にかみつかんと大きく口を開けた。
とっさにその口に剣をかませて抵抗するものの、相手の勢いは衰えることを知らず、力任せに押し通そうとする。
力尽きたら負けだと、こちらも力を込めるが――そこで右足に痛みが走った。
複数いたうちの1匹が足にかみついている。
このままではバラバラに食いちぎられるか、骨だけにされてしまう。
――そこで初めてローヴが動いた。
腰に下げていた剣の柄にゆっくりと、震える手をかける。
「うおおおっ!!」
力強い叫びと共に、ノーウィンがラウダの上にいた敵を斬り払った。
さらに相手がふらついたところへ槍を突き刺すと、ラウダの上からどかす。
少年が解放されたことを確認すると、ノーウィンはそのまま残敵との戦いに移った。
続けてラウダの脇にセルファが駆けつける。
目を閉じ集中すると、かざした手から黄の輝きがあふれた。
「アースヒール」
光はぱっと全身に散り、吸収される。
するとたちまち傷が癒え、その痕跡もすっかり消えてしまった。
体が軽くなったラウダは寝転んだまま、両手を何度かグーパーと開いたり閉じたりしてみる。
もうどこも痛くない。
「これが、魔法……」
前回の戦いで気を失って魔法を見損ねたラウダは、その力に目を丸くするばかり。
「ここで待っていて」
そんな彼に声をかけると、セルファは立ち上がる。
そして一瞬ローヴの方を見つめた――が、彼女には声をかけることなくノーウィンのもとへと駆け出した。
立ち上がったラウダもまた、彼女の方を振り返る。
ローヴは胸の前でぎゅっと両手を組み、どこか寂しげな表情をして戦場を見つめていた。
* * *
またしても敵の数は増し、今は5体。
先行したノーウィンに襲いかかる。
そのうち1体が駆け寄ってきたタイミングで、彼は全力で槍をぶん回した。
当然回避する余裕などなく、相手は勢いよく吹き飛ばされる。
直後、背を向けた男に別の1体が飛びかかった。
そこへセルファが風を切って駆け込んでくる。
両手の短刀を構えると、流れるような動きで敵を斬り捨てた。
その後も2人は見事な連携で敵を倒していく。
互いの動きを理解し、信頼し合わなければできない戦い方だった。
そうして、残る1体となったハウリング。
しかしそれは、仲間が倒れてもひるむことなく牙を向き、2人に飛びかかる。
果敢と言うべきか、愚直と言うべきか。
セルファは憐れむような目で、しかし手を抜くことなくそれを斬り伏せ、とどめを刺した。
元の静けさを取り戻した平原。
これ以上敵が増える様子はなさそうだ。
セルファを伴い、2人のもとへ戻ってきたノーウィンは、まずラウダの怪我の様子を確認する。
「出血はないし、傷跡も綺麗に治ってる。痛みは残ってないか?」
「うん、大丈夫。まるで怪我なんてなかったみたいだよ」
それを聞いてうなずくと、次にローヴの方へと歩み寄り、目線を合わせるように少し屈んだ。
「大丈夫か? 怪我してないか?」
ローヴは離れた所にあるハウリングの死骸を見ていたようだが、そう問われて、小さく深呼吸をする。
「……大丈夫です」
そんな彼女を見て、ノーウィンはほんの一瞬だけ悩む素振りを見せたが、すぐにいつもの笑顔を見せた。
「それじゃあ行くとするか」
彼の号令に従い、再び歩き出す一行。
その最後尾で立ち止まったローヴは死骸の方を振り返るも、すぐさま皆の後を追うのだった。
* * *
数度の襲撃を乗り越えた4人は、ようやく目的地のリースの村へと到着する。
空はすでに赤く染まっており、巣に帰ろうとする鳥が数羽通り過ぎていった。
畑に立つかかし。放牧された家畜。並ぶ木造の家。
さすがに村ということだけあって、のどかな場所である。
ベギンの街と違い、人の声より動物の声の方がよく聞こえた。
さっそく宿を取ろうと、村の中央にある大きめの木造建築に向かっていると、辺りを見渡していたローヴが首を傾げた。
「ここからどうやって他の場所に行くんだろ?」
その言葉にラウダが同じように周囲を見渡す。
村の周囲は森。奥には山が壁のようにそびえており、これ以上どこかへ行けそうにはないように見える。
「トンネルを使うのさ」
ノーウィンが指差す先を見ると、最奥の山壁にぽっかりと大きな穴が開いていた。
「行商人や旅人はあそこを抜けて、土地を行き来しているんだ」
へー、と穴を見つめる2人に、彼は続けて話をする。
「あの穴は何百年も昔、この辺りにまだ村や町がなかったような時代に、人の手で長い時間をかけて開通したトンネルなんだ」
「えっ、自然にできたものじゃないの!?」
ラウダが目を丸くして彼の方を振り返った。
人工のものにしてはずいぶんと大きな穴だ。
「ああ。人の力だけで生まれた産物さ。偉大な先人ってやつだな」
その隣でしばし穴を見つめていたローヴだったが、不意にくすりと笑う。
「何かおかしかったか?」
「いやあ……ノーウィンさんってガイドみたいだなって」
「ガイド?」
「だって、行く先々で色々教えてくれるから」
それを聞いたノーウィンは、少し照れた様子で頭をかいた。
「ああ、それは2人にこの世界のことを教えようと思ってさ。俺だって色々考えてるんだぞ?」
そう言うと、彼は小さくウインクしてみせる。
直後、その表情が曇った。
「まあその知識も――」
「え?」
肝心なところがうまく聞き取れず、ラウダが聞き返すが、ノーウィンは明るく笑ってみせただけ。
「何でもないさ。さて、そろそろ宿に行くとしよう」
彼の言葉を合図に、4人は疲れた体を癒すべく、再び宿へと歩き出した。




