5‐1
暖かな日差しが降り注ぐ。
見上げれば雲一つない快晴。
そんな光景を見ると、何か良いことが起こりそうだと自然と心が弾む。
こんな日には弁当でも持ってピクニックに行きたいところだ。
――と、街を出た直後くらいまでは思っていたが。
「やあっ!」
力強い声と共に、ラウダは敵を斬り伏せる。
魔物は「キャイン」と声を上げると、その場に倒れ込んだ。
それが動かなくなったことを確認すると、ふうと息をつく。
「それで終わりだな」
剣をしまう彼に向けて、ノーウィンが声をかけた。
ラウダはうなずくと、水筒を開けて水を飲む。
「疲れてないか?」
「うん、大丈夫。だけど魔物ってこんなに頻繁に襲ってくるもんなんだね……」
そう言って足元に転がる、黒い狼のような魔物の死骸を見下ろした。
魔物に襲われたのは、街を出てからこれで3度目。
襲ってきたのは3度とも同種の魔物で、ハウリングというらしい。
集団で行動する彼らは、狩りの際、遠吠えで仲間を呼び、大勢で獲物を仕留めるという。
「いや、普段はこんなに襲ってこない」
「え?」
ノーウィンから受けた説明を思い出していると、彼は腕を組み、難しい顔をしていた。
「少なくとも俺たちがベギンの街に行くときはこんなことはなかった」
「そうなの……?」
「これも、世界滅亡の前触れかもしれないわ」
そこへ、周囲を警戒していたセルファがやってくる。
「魔物の増加。最近世界各地で起きている現象よ」
彼女の言葉にラウダは首を傾げた。
「魔物の増加が世界滅亡につながるの?」
魔物がどういう生態をしているのかは知らない。
だが彼らも生き物なのだから、繁殖期というものがあるのではないか、と思ったのだ。
そのことを伝えるも、ノーウィンとセルファはそろって首を横に振るう。
「そんなレベルじゃないんだ。そうだな……あらゆる種類の魔物が同時期に倍増している、と思ってもらった方がいいかもしれない」
「そしてそれらが一斉に人を襲う」
2人の語る異常事態。その規模の大きさに、ラウダは言葉を失った。
「他にも、魔物の生態の変化。それから生息地の変化なんかが見られると聞いているわ」
生態の変化に関しては、先日戦ったゴブリンが当てはまる。
本来小柄で低知能のところを、肥大化したうえ、魔法を使う個体まで現れた。
「明らかに世界の均衡が崩れている……」
そうつぶやくセルファの内には、ある気がかりがある。
親玉ゴブリンが言っていた、自分たちを強化してくれた存在についてだ。
彼らに暴れることを指示したということは、世界滅亡に加担している可能性があり、その場合、自分たちの敵ということになる。
どんな相手にせよ油断は禁物であるが――
そこでセルファはじっとラウダを見つめる。
「でも、勇者であるあなたがいれば、それも元に戻せるわ」
「……どうやって?」
「あなたは太陽神に選ばれた存在。その力を使えば世界の脅威も――」
セルファは「何ら問題ない」と言いたげに話を続けるが、ラウダが聞きたかったのは具体的な話。これではまるで答えになっていない。
先行き不安なラウダは一息つくと、何気なく背後にいるローヴを見やった。
するとそこには、何やら難しい顔をして思い悩む少女の姿。
「どうしたの?」
声をかけられた彼女は、それまでの表情から一転して笑みを浮かべると、ふるふると首を横に振った。
「ごめん。ボクなら大丈夫だよ」
「そう……? 何かあったらノーウィンやセルファに言いなよ?」
どことなく様子のおかしいローヴにそう言うも、彼女は「大丈夫」と言うだけ。
きっと長距離を移動したうえに、数度の戦闘を行ったから体力を消耗したのだろう。
おまけに世界の滅亡などというスケールのでかい話を聞かされたのだ。精神的に疲弊するのも無理はない。
と判断したラウダは進行方向を見るが、まだ村らしきものは見えない。
こんな調子で今日中にたどり着けるのだろうか。
ふうと息をつくラウダの耳に、何かが駆けてくる音が聞こえた。
深くは考えずそちらを振り返ると――
「え」
大口を開けたハウリングが跳びかかってきていた。
突然の出来事にラウダは反応できず、頭からガブリ――――となる前に、ノーウィンの得物が敵を突き刺す。
うまく急所を突いたらしく、地にたたき伏せられた敵は二度と動かなかった。
「無事か!」
とっさに言葉が出なかったラウダはノーウィンの確認に対し、こくこくこくこくと何度もうなずいてみせる。
「気を抜かないで!」
そう叱るセルファの手には、いつの間にか武器が握られていた。
ラウダが慌てて剣を抜くと、直後に鋭い遠吠えが響き渡る。
「またぁ!?」
4度目の襲撃に、思わず本音が口から飛び出してしまった。
しかし、やらねばやられるだけ。
ラウダは剣を構えると、平原を駆けてくる黒い影を目でとらえる。
数が多い。十数体はいるだろう。
それを迎え撃たんとノーウィンとセルファが駆け出した。
恐らくラウダとローヴを守るために率先して出ていったのだろう。
それを薄々感じ取ったラウダは、足を引っ張るわけにはいかないと気合を入れ直す。
そして、自分は自分でローヴを守らねばと彼女の方を見やった――が。
彼女は武器を構えることもせず、また難しい顔をしている。
おまけに背後から2体のハウリングが、駆け寄ってきていた。
その赤い瞳は間違いなく彼女をとらえている。
「ローヴ!」
ラウダは彼女の前に飛び出すと、先頭の1体を左から右へとないだ。
足を斬られてその場に倒れ込んだ敵に躊躇なくとどめを刺すと、後方の1体をその勢いのまま斬り伏せる。
ローヴの無事を確認するために背後を振り返ると、彼女は相変わらず剣を抜くこともせず、ただ死骸をじっと見つめていた。
さらにその後ろに視線を移すと、ノーウィンとセルファがそれぞれ武器を振るい交戦しているのが見える。
不意に、左腕に鋭い痛みが走った。
慌てて視線を戻すと、どこから出現したのか、ハウリングが腕に鋭い牙を突き立てている。
振り払おうとするも、相手は恐ろしい力を込め、まるで放そうとしない。
その見開かれた真っ赤な目は普通ではなかった。
セルファに散々注意されていたというのに、完全に油断していた。
このままでは本当に腕がなくなりかねない。
ラウダは剣持つ右手に力を込めると、歯を食いしばり、敵の顔に思いきり刃を突き立てた。
顔面が潰れたそれは、口をだらりと開けると、よだれと血とをだらだらとこぼす。
なんとか左腕をそこから外すと、肉塊はずるりと地に落ちた。
腕からはどんどん血があふれ、もう力が入らない。
そんな状態だというのに、血の匂いに引き寄せられるようにして、またしても敵が駆け寄ってきた。
どうやら休ませてくれる気はこれっぽっちもないらしい。
動かない左腕を垂らしたまま、ラウダは再び剣を構え直す。




