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ボクたちのてのひら【改稿版】  作者: 雨露りんご
第4話 盲従の勇者
14/44

4‐2

 宿の地下レストランへと向かう途中、1人の男が不安な面持ちでノーウィンに声をかける。

 きっちりとしたスーツ姿の彼は、ちらちらとラウダとローヴの顔を見てきたが、当然知人ではない。

 首を傾げる2人だったが、ノーウィンに「先に行っておいてくれ」と告げられ、仕方なくセルファと共に食堂へと向かう。


 適当な席に着いてメニューを眺めていると、程なくしてノーウィンが姿を現した。


「何の話をしてたの?」


 ラウダに問われた彼は少し悩む素振りを見せるも、すぐに口を開く。


「一昨日は気絶したローヴを連れて帰ってきただろ? 昨日はラウダ。2日も続けて怪我人を連れ込んだもんだから、宿の主人が不安になってたんだ。こりゃあんまり長いこといられないな」


 どうやら先の男は宿の主人だったらしい。

 確かに連日怪我人を連れ込まれたとあっては、不安になるのも無理はない。


 とはいえ、自分たちのせいでノーウィンたちがここにいられなくなるのではと不安に思ったラウダとローヴは顔を見合わせた。

 それに気づいたノーウィンはふっと笑ってみせる。


「気にするなよ。この街に留まる理由もないし。美味いものでも食べて、さっさと本題に移るとしよう」


 順番に運ばれてくる料理を口に運びつつも、ラウダとローヴは何から話すべきかと悩んでいた。

 おかげであまりリラックスはできなかったが、ひとまず自分たちの状況を1つずつ話し始める。



 自分たちの住む世界がリジャンナと呼ばれていること。

 平和な世界で、魔物や魔法という存在はおとぎ話の中の存在でしかないということ。

 ウィダンという名の街に住んでおり、街の北にある森で大地震に巻き込まれ、崖下へ落ちてしまったこと。


 そして、気がついたらこの世界にいたこと。



 一通り話し終えると、ノーウィンは真剣な表情で考え込み、セルファにも何か尋ねていた。

 しかし彼女が首を横に振るのを確認すると、彼は正面に座っているラウダにはっきりと告げる。


「悪いが……俺もセルファもそんな世界は知らない」


 その言葉を聞いた2人は、そろってがっくりとうなだれた。


 正直ほんの少しだけ期待していた。

 もしかしたら自分たちが知らないだけで、ここはリジャンナのどこかなのではないかと。

 彼らなら何か知っているのではないかと。


 うなだれる2人を見て、ノーウィンは困り顔を浮かべる。


「よく分からないとは言っていたが、まさか別の世界から来たなんて……信じ難い話だな」

「でも本当なんだ! ここは僕たちの知っている世界じゃない……この街も森も……全然知らないことだらけで……」


 ラウダは強く、とにかく信じてもらおうと主張する。

 しかし彼らの表情に変化はない。


 食堂は昼食を食べに来た人で混雑し、徐々に騒がしさを増していく。

 そんな中、彼らの食卓では沈黙が続く。


 次に口を開いたのはノーウィンであった。


「この世界はディターナって言って……その世界とはまるっきり反対だな。魔物も魔法も存在するし、人も土地も荒れ放題だ」


 ディターナ。

 この世界にはリジャンナと明確に異なる点が2つ。

 それは、世界各地に生息する“魔物”と、日常生活から戦闘まで人々を支える“魔法”の存在。


 話を聞いている間、ラウダもローヴもずっと難しい顔を浮かべていた。

 一体何故こんなことになってしまったのだろうか。


 話がひと段落すると、突然ローヴがラウダの頬をつねった。


「痛っ」

「やっぱり夢じゃないんだ……」


 彼の反応を確認したローヴは大きなため息をつく。


「自分で確認してよ……」


 ひりひりと痛む頬をさするラウダを見て、ノーウィンは苦笑する。


「残念ながら夢じゃないみたいだな」


 黙り込んでしまう2人。

 そこへノーウィンが意外な言葉をかける。


「違う世界から、か。分からないことだらけで大変だろ?」


 2人は顔を見合わせた。


「あの……信じてくれるんですか?」


 恐る恐るローヴが聞くと、ノーウィンはふっと笑う。


「まあ、嘘をついているようにも見えないし。俺は信じるよ」


 ずっと曇り空だった2人の表情が、まるで光が差したようにぱっと明るいものへと変わった。


「俺たちと会えて、ある意味運が良かったのかもしれないな」


 笑顔でそう言うノーウィン。

 言われてみれば、運が悪ければとっくにゴブリンのエサになっていたかもしれない。


「でも全然知らない世界に来ちゃいましたし……運が良かったと言えるかどうかは……」


 そこまで言うと、ローヴは再びため息をついた。


「生きている限り、帰れる可能性だってあるんだ。そう悲観的にならない方がいい」


 ノーウィンの励ましに、2人は顔を上げる。


「でも方法とかあるのかな……2人とも僕たちの世界を知らないんでしょ?」

「確かに。でも俺たちはこの世界の全てを理解しているわけじゃない。人なんてごまんといるからな。知っている人がいるかもしれない」


 ラウダの不安を打ち消すようにノーウィンは力強く答えてみせた。


「それに俺たちもついてる。心配いらないさ」


 そこまで言われてようやく2人は初めから彼らと行くほか道はないことに気づく。


「あの……迷惑じゃないですか?」


 ローヴが不安そうに尋ねると、ノーウィンは一瞬きょとんとした顔を浮かべ、次にぷっと吹き出した。


「今さらそんなこと聞いてどうするんだ?」


 確かにそうだ。

 すでにここまで頼りきって、行動まで共にしているというのに。

 どうやら愚問だったようだ。


「それに、俺は特に目的があるわけじゃないし。セルファの目的はお前だし。どうだ? 元の世界に帰る方法を探すついでに世界を救ってもいいんじゃないか?」


 ちょうど水を飲んでいたラウダは、その言葉を聞いて派手にむせた。


「無茶なこと言わないでよ」


 私情のついでに世界を救う勇者など聞いたことがない。

 まして戦闘経験もなく、この世界の右も左も分からない自分が救えるわけがない。


 しかし。


「ついででも無茶でも、あなたは選ばれたのよ」


 セルファの表情は至って真面目なものだった。


 旅を共にすることは決まったが、結局この昼食の間に世界を救う約束はできなかった。

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