4‐1
妖精が駆ける。
軽やかに、跳ねるように、優しく微笑みながら。
ふわりとウェーブのかかった桃色の髪を風になびかせ。
彼女はくるりとこちらに振り返ると、手を差し伸べてきた。
その細く白い手に自分の手を伸ばす。
けれども、その手は空をつかんだだけだった。
夢の中でさえ、自分の思う通りになってはくれなかった。
* * *
誰かに呼ばれたような気がして、ラウダは目を覚ます。
「ラウダ……! 良かった、気がついたんだね!」
声のほうを見ると、ローヴが嬉しそうな表情でこちらを見ていた。
その目は潤んでいる。
「大丈夫か? どこか痛いところとか」
そう言ってのぞき込んできたのはノーウィンだった。
ラウダはゆっくりと体を起こし、試しに手足を動かしてみる。異常はない。
「大丈夫みたい」
「そうか……良かった」
ノーウィンは安堵した様子で笑んだ。
ふと窓辺を見ると、そこには外を眺めるセルファの姿。
どうやら彼女も無事だったようだ。
そこで不意にある疑問が浮かぶ。
「僕、どうして倒れてたんだっけ……?」
それを聞いたノーウィンとローヴは、困ったように顔を見合わせた。
「覚えてない?」
ローヴに尋ねられ、ラウダはよく思い出してみようと、目を閉じる。
「……ゴブリン退治に行って、遺跡の中で戦ってたんだよね。でも強いやつらが現れて、みんな危なかったんだ。それで」
そこまで言うと、「そうだ」とラウダは目を開いた。
「……声が聞こえたんだ」
「声?」
ローヴが眉をひそめる。
「知らないような、知ってるような声。でも……あれは、僕の心の声だったのかも……」
しかしあんな場所で声など聞こえるはずがない。
段々と自信がなくなり、うーんと首をひねっていると、セルファがこちらへ歩み寄ってきた。
「その声は何と言っていたの?」
彼女は今までと異なり、はっきりとした口調で問いかける。
それに驚き戸惑うが、質問に答えるべく、ラウダは記憶をたどった。
「強く想え。その想いを手に乗せろ……ってそんな感じのことを――」
話の途中であるにもかかわらず、セルファはずかずかとこちらへやってくると、唐突に彼の右手をつかんだ。
「え? え?」
何が何だか分からず、ラウダはされるがまま。
ノーウィンとローヴも彼女が何を考えているのか分からず、ただ静観している。
皆が見つめる中、セルファの左手が黄色い輝きを放ち始めた。
すると驚くべきことに、ラウダの右手も白銀の光を放ち出す。
「な、何これ……」
「あなた、やっぱり……!」
戸惑うラウダをよそに、セルファは興奮の色を隠し切れずにいた。
「まさか、セルファ……ラウダがお前の……」
「そう、ずっと捜していた人」
ノーウィンの問いにセルファは力強くうなずく。
彼女はしばし白銀の輝きを食い入るように見つめていたが、やがてそっと手を離した。
すると、2つの光は徐々に小さくなり、最後には消えてしまう。
自分の手に何が起こったのか。
ラウダは右手を、表、裏、表、裏と繰り返し見てみるが、特に変わった様子は見られない。
そんな彼に向けて、セルファが告げる。
「あなたは私の捜していた人。世界が崩壊の危機を迎える時、現れる勇者」
何を言われたのか分からず、とっさに言葉が出なかった。
その後もうまく言葉が出せず、ラウダは口を開けたまま目をぱちぱちと瞬かせるばかり。
世界の危機に勇者が現れて、魔王を倒して平和を取り戻す。
ふと子供向けの芝居の中にそんな話があったのを思い出したが、それはよくある作り話なわけで。
「……冗談?」
ようやく出てきた第一声。
しかし彼女は首を横に振った。
「ちょ、ちょっと待ってよ。それが本当だとして……どうして僕なの?」
「勇者は、手のひらに太陽の証を携えて現れる」
混乱するラウダに対し、セルファは静かに、相手に言い聞かせるように語り出す。
「太陽の証は、この世界を守る太陽神ソルが世界の危機に人の子へ与える力。選ばれし者にしか手にすることができない特別な力。神があなたを、世界を救う者として選んだのよ」
残念ながら、そんな話を聞いて「すごい力を手に入れたぞやったー」となるほど、ラウダはポジティブでお気楽な性格をしていない。
それどころか、あまりにも突飛な話を受け入れられないラウダは頭を抱えていた。
そんな彼の横で話を聞いていたローヴがおずおずと口を開く。
「あの……太陽神ソルって、月女神ルナと一緒に“創世の二神”って言われているあの神様だよね?」
「ええ、そうよ」
うーんと何事かを考えるローヴに、自然と皆の視線が集まる。
「もしかしたら……ボク、それ知ってるかも」
「本当か?」
驚くノーウィンにこくこくとうなずいてみせると、ローヴは次にラウダへと視線を向けた。
「ラウダも知ってるよね。ほら、日曜学校で聞いた話」
しかしラウダの方はというと、いまいちぴんと来ないらしく、首を傾げるばかり。
太陽神ソルと月女神ルナ。
同等の存在であり、相反する存在でもあるという男神と女神。
世界を創造し、今なお見守り続けているという二神の話を知らぬ者は、この世界に一人としていないだろう。
親から子へ、そして教会等で行われる日曜学校で、必ず一度はされる話であり、これはもはや常識である。
当然ラウダもこの二神の話は知っている。
だが、彼らが人間に力を与えるという話には聞き覚えがなかった。
「もー、覚えてないの? 太陽神と勇者様のお話!」
「……そんな話あった?」
ローヴは、はあとため息をつく。
そして一呼吸置くと、おもむろに自分の知る話を語り始めた。
世界に危機が訪れた時――
人の世に直接関与できぬ太陽神は、自身の代理として、1人の人間を選出する。
選出された人間は、太陽神の力を授かり、世界の危機たる元凶を討つ。
人々はその者を勇者として崇め、太陽神と同じ名――すなわちソルと呼び称した。
「……って話」
しかしラウダは相変わらず首を傾げたまま。
「うーん……あったかなあ、そんな話」
「……ラウダ、よくサボってたもんね」
これ以上言っても思い出す様子が見られず、ローヴはやれやれと肩をすくめる。
「でもボク、これは子供向けのおとぎ話だと思ってたんだけど……」
その言葉を否定するように、セルファは首を横に振った。
「さっきの光、あなたも見たでしょう? あの銀の輝きこそソルの証よ」
そう断言する彼女の瑠璃色の瞳には、一片の曇りもない。
そこでふと気になったことをローヴが尋ねた。
「セルファの黄色い光、あれは何?」
「……四大精霊については知っているかしら」
セルファからの問いにローヴは少し考え込んだ後、思い当たることを口にする。
「確か、二神が世界を創造する際に生み出した存在で、地水火風の……ええと、世界を構成する存在、だっけ?」
「正解よ」
そう言うと、セルファは自身の胸にそっと手を当てた。
「私は地の精霊から力を授かった者で、“地竜の証”の所有者なの」
「地竜の証……」
「四大精霊の証を持つ者はソルに付き従い、共に世界の危機へと立ち向かう宿命を背負っているわ。私はその一人」
しんと静まる部屋。
ラウダは複雑な表情を浮かべ、ローヴはセルファの話をじっと聞き入っていた。
ノーウィンに至っては傍観者となっている。
そんな中、セルファはさらにあることを告げた。
「私にはもう一つ別の役目もある」
彼女はローヴへと視線を移す。
「あなたがさっき話した勇者の話。あれはルナにも当てはまることなの」
「それはつまり、ルナも人を選ぶってこと?」
「そうよ。太陽神の力を得た者を正しき道へと導くために、月女神もまた人間を選出し、自分の力を授ける。人はその者をルナと呼ぶわ」
それを聞いてローヴは首を傾げた。
「ソルと対になる者、ってこと?」
セルファはこくりとうなずく。
「それも日曜学校でやった?」
ラウダの問いにローヴはしばし考え込んでいたが、やがて首を横に振った。
「でしょうね。これはごく一部の人間にしか伝わっていない話だもの」
セルファはそう言うと、改めてラウダを見つめる。
「私は地の精霊と月女神に選ばれし者。太陽の証を持つ者を守護し、導くのが役目」
彼女は己の手にぎゅっと力を込めた。
「だから、ずっと捜していた――あなたを」
ローヴの知識のおかげで、彼女の役目とやらについては分かった。
だがラウダは何と言うべきなのか、次の言葉を見つけられずにいた。
静まる部屋で次に口を開いたのは、ラウダでもセルファでもなく。
「あの」
声を上げたのはローヴであった。
「それぞれ言いたいことはあると思う。でもまずはお互いの状況を話し合うべきじゃないかな」
確かにここにいる二組は、互いのことをよく知らない。
それにラウダたちにとってここは未知の領域。
むやみやたらに行動すべきではないと考えたラウダは彼女に同意する。
一方のセルファはというと、あまり乗り気ではないようだった。
待ち望んだ捜し人が現れ、今すぐにでも行動したいところなのに、今さら何を話し合う必要があるのか、と。
そんな彼女を、それまで傍観者に徹していたノーウィンが諭す。
「セルファの気持ちは分かる。でも準備をしてきたお前と違って、相手は今言われたばかりなんだ。少しだけでも話し合う時間は必要なんじゃないか?」
「…………」
彼女は小さくため息を漏らした後、こくりとうなずいた。
ひとまず話し合ってはくれるらしい。
「それじゃあ、昼食でもとりながら話し合うっていうのはどうだ? その方がリラックスできるだろう?」
ノーウィンの提案に皆が同意する。
が、そこでラウダはあることに気づいた。
「昼食?」
不思議そうな顔をした彼に、ローヴはやれやれと呆れた様子を見せる。
「魔物退治から帰ったのは昨日の夕方。つまりラウダはほぼ一日寝てたってことになるかな」
それを聞いてラウダはぎょっとした表情を浮かべた。
まさか自分がそんなに長い間眠っていたとは思いもしなかったのだ。
「本当、昔っからお寝坊さんなんだから」
ラウダは気恥ずかしそうに、頭をかいた。




