45話
ウィルの背から見た大地は赤く映えていた。黄昏れていく大地を見ながら黄昏れるマコの手には女性の首から上だけがあった。一見すると人間のように見えるがよく見ると違った。人間より鋭い目。大きく裂けた口。尖った歯。羽毛の生えた耳。ハーピーと呼ばれるモンスターの首だった。ハーピーの討伐依頼を受け達成した証として首を持ってきた。証明部位として何処を持ってくるか悩んだ。翼になっている手?女性のような胴体?猛禽類のような足?何処にしようか悩んだが討伐したと一目で分かり、他の部位より軽い首を選んだ。部位切断のために借り受けた斧は切れ味が悪く手間取ってしまいこんな時間になってしまった。
「辛そうな顔だな」
「私、そんな顔してた?」
ウィルが顔を動かし肯定すると表情を作り直していく。
「愛しのタクト君に会えたのにそんな顔をする理由が分からないな……。」
「もぉ茶化さないの!そうだねウィルの言う通りタッ君に会えたのは嬉しいよ。でも……。」
「でも?」
「タッ君、少しだけ逞しくなってた……。体つきも雰囲気も……。あっ!逞しくなったのは良いことだと思うよ。格好良くなったし。でも、それは同時に私の知っているタッ君じゃないって事………。私の知っているタッ君じゃなくなってっているって事………。」
「時が流れれば人も動物も物もあらゆるものが少しずつ変化していく。嘆く必要はないと思うがな……。」
「ううん。そうじゃないの。タッ君を……タッ君が変わるキッカケが私じゃなくてカグヤちゃんだったのが辛くて、悔しくて、悲しくて……。」
「人と人が関われば互いに変化を与えてる。マコだってタクト君を変えてるんじゃないのか。」
「ううん。変えてなんかいない。何年も何年も一緒にいたのに……。なのにカグヤちゃんは凄いよね。出会って僅かな間にタッ君を変えちゃうんだから………。ねぇ?ウィル、私どうしたらいいと思う?」
「『どうしたら』じゃなく、『マコがタクトとどうなりたいか』が大切なんじゃないのか?」
「タッ君とどうなりたいか……」
「…………そろそろ街に着くな。報酬の受け取
り頼んだぞ。」
ウィルは街の少し離れたら森に着陸すると木陰へと身を隠した。マコはウィルから降りるとその頭を一撫でし街へと向かって歩いていった。
マコが大通を歩くと人々は道の両端に寄って道を譲り、喧騒が静寂に代わりヒソヒソとかろうじて聞こえる話し声だけが残った。…………恥ずかしい。石畳の道を歩調を速め歩いて行く……。こうなった原因は分かってる。手に持ってるハーピーの生首。門の警備兵にも職質を受け「普通は袋に入れるもの」だと教えられた……。いや、普通なら教えられるような事でもない。普通、モンスターの体の一部を持って歩く人はいない。ましてやマコが今持っているのはハーピーの生首。近くで見ればハーピーと分かるが遠くから見れば人の生首に見える。そんな物を持って歩けばこうなるのも当然だった。
「これ、報酬の五十万ギルね。今度からは袋か何かに入れてきてね。」
「はい、すみません。これからもnoccsをご贔屓に」
マコが依頼人のミスリー通商から出ると奇異の目が一斉に突き刺さる。視線から逃れるよう人気のない裏路地を通りへと入り全力疾走で街の外、ウィルの隠れてる森へ入っていった。
「そんなに慌てて何があった?」
「はあ……はあ…。何でもない。何でもないから早く帰ろ。」
呼吸を整える間もなくウィルに跨がると、羽ばたく翼から風が巻き起こり地面がどんどん遠くなっていた。
「マ、マコ姉!!!!ありがとう!!」
拠点に帰りナオキにお金を渡すとマコの手をとり踊りだしそうな勢いでナオキが喜ぶ。
「マコ姉、聞いてくれよ!ナナンが……」
ナナンが報酬のお金をほとんど使いきった事、修理費で驚くほどのお金が必要なことを伝えるとマコが呆れた顔をし、頭をボリボリ掻いた。
「ナオ君も苦労してるんだね。迷惑掛けないように気を付けるよ」
「さすがマコ姉!頼りになる!!」
リーンゴーン
低音の鐘の音が鳴り響いた。来客を知らせる鐘の音。ナオキは受け取った報酬金から四枚のお札を抜くとマコに渡し正面口へ向かった。その背中を見送るとマコも部屋を後にし、沢山ある部屋から目当ての部屋の扉の前に立つとノックをして部屋の主を呼んだ。
「タッ君いる~?」
「……………」
「居ないみたいだな」
「そうだね。お風呂か御手洗いかな?」
再会してからゆっくり話をしていない。タクトと話しをしたいと思いタクトの自室を訪れたが留守だった。暫く拠点の中をウィルと共に捜してみたが見つからない。
「マコ姉!」
廊下を歩いていると後方から呼び止める声が聞こえた。この声はタクトではなくナオキの声。
「ナオ君。次はどんな依頼だったの?」
「ああ。依頼じゃなくて苦情だったよ!苦情!!」
「苦情?何があったの?」
「マコ姉…………生首を持って街の中を闊歩するのは止めてくれ!」
「……あっ!ごめん……なさい……」
自覚はあった。失敗した自覚は……。生首を持って歩けば周囲の人は不快な思いをするし、苦情が来てもおかしくなかった。迷惑を掛けないと言った数十分後にナオキに迷惑を掛けてしまい申し訳なく思う………。
「ハァ~。もういいよ。」
「本当にごめんなさい。ところでタッ君が何処にいるか知らない?」
「タクトならカグヤちゃんと次の依頼に向かったよ。」
「そっか、残念。教えてくれてありがとう」
タクトが拠点に居ないと分かるとマコは自室へと戻りウィルの毛をブラシですいていく。
「追いかけるか?」
「ううん。止めておく。これから先、沢山の時間がある訳だし」
タクトとどうなりたいか……それはタクトとどんな関係を築きたいか?という意味。ウィルに言われた言葉が頭の中から消える事はなかった……。




