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愚かなる賢者の手記  作者: 狛井菜緒
精霊の森編
11/11

2月18日 閑話・テルカ大戦

ここ首都マルクトコルグはかつて、テルカ王国領だった頃


テルカ王国とマダース新帝国の国境にあり、マルクトコルグ城近くのハーゲンベルンの森には精霊達が住み、自然豊かな霊脈が眠る土地であった。


将軍アダムス・カウリオンはマダース帝国初代皇帝 オシス帝(後の美狼公)の命により、テルカ王国領マルクトコルグ城(現在のサンマルクトコルグ大学院学舎)にオシス帝の命により出陣。


しかし、マルクトコルグ城は頑強でアダムス将軍率いるマダース帝国軍の二度の攻撃を耐えきった。


 二回の侵略戦において見事に耐えきった堅牢な城だったが、元々の兵士の数が少なく、帝国軍3万によって取り囲まれた事により籠城せざるを得なかった。


 陥落しないマルクトコルグ城にオシス帝は苛立ち、帝国陸軍参謀本部から一人の書記参謀をカウリオン将軍の元に送った。


書記参謀の名はゴルドベル・ウィロー。

 後にテルカ大戦に名を刻む軍師であった。

 彼は魔導兵団の力で容赦なく弓矢櫓(城の防壁にある弓矢を射る櫓)を攻撃。その隙に斥候を中に潜らせ食料庫を焼き払った。


彼らの魔法と弓矢、食糧を封じると、城に流れる生活水路を遮断。城の飲水と下水を止めると、城の周りを3万の兵士達を交代で取り囲み外に食料を取りに行かせないよう徹底的に邪魔をするという鬼畜っぷりには敵味方関係無く恐怖したという。


兵糧と水を絶たれたマルクトコルグ城は城主が毒を飲んだ事で、僅か二週間で陥落した。


あまりの鬼畜な兵糧攻めに根負けした結果だった。


同月テルカ王国は援軍が送れる距離ではないため、テルカ、マダースの東側に隣接するアズマ王国の地方領主・加藤厳正に援軍を要請。これを受諾。


加藤厳正は援軍として自国の兵士、7000人の兵士を率いて、マルクトコルグ城へと急行したが、途中補給部隊と斥候部隊をこのゴルドベルの部下が指揮する、伏兵の襲撃にあい、大量の補給物質を焼き払われてしまい、進軍を断念。


 翌三月 再びテルカ王国29800とアズマ王国の7000の連合軍と共に陥落したマルクトコルグ城を奪還すべくハーゲンベルンの森へと進行したが、テルカ王国軍29800の兵士達はアズマ王国と足並みを揃えるためにハーゲンベルンから少し離れた場所で夜営をしていた。敵軍師、ゴルドベル・ウィローはその隙をついて予めテルカ王国軍に紛れ込ませていた斥候に指示し、《三角魔導核デルタコア》と言う大量虐殺専用の魔法具を本陣、補給拠点、退路に設置。一方的な宣戦布告と同時に《三角魔導核》を起動。


 アズマ王国軍を待っていたテルカ王国軍は重要な拠点と退路を爆破され、テルカ王国軍の指揮系統は混乱し、事実上瓦解した。


テルカの将軍・デューラーは慌ててアズマ王国軍に合流しようと指揮するもこの混乱を待っていたマダース帝国軍による急襲によりテルカ王国軍は事実上壊滅

 援軍にきたアズマ王国軍と加藤厳正は再び戦場に参じることができなかった。


 義を重んじ、正々堂々たる戦いを誉れとするアズマ王国の武人達はこの卑怯な戦法に憤慨する。


 特に、二度も武人の誇りに泥をかけられた加藤厳正は恥辱を受けたままでは帰れないと帰参命令を無視。七千の兵士達と共にマルクトコルグ城へと進軍した。 これに対してマルクトコルグ城へ撤収していたマダース帝国軍は後ろから七千のアズマ王国軍の追撃に陣形が崩れた上に…加藤厳正の手にある紅い精霊魔導器の威力は、帝国兵士達を恐怖させた。


その力は一瞬で数百人の人間の首を刈り取るいったもので、気がつけば己の首が胴から離れてしまうことから、後に加藤厳正は死神の代名詞となった。


今も、子供が悪戯すると母親が、「あんまり悪さすると死神ガトーが首を刈りにくるわよ」と言うお決まりの文句がある。



 そろほど加藤厳正が持っている精霊魔導器「獅童緋灯丸」

はあまりにも強力すぎた。



─── 精霊魔導器とは


それは各国に伝わる精霊が宿りし意思ある誓約の器


 何者にも縛られない自然精霊とは違い、契約した主の言葉を絶対とする人工の精霊。


 その力は絶大で、一瞬で数百人の首を刈り取り、どんなに遠くに逃げても、関係なく斬り殺される。どうやら緋灯丸は風系統と火系統の力を持っているようで、魔法と同じ威力の剣撃を詠唱なしの広範囲光速斬撃をノータイムで繰り出し、帝国軍兵士の首以外の木や石もスパスパと良く斬れた。


精霊魔導器の力を使いこなす人間は稀で、適性が無ければ動魔力を根こそぎ奪われる。しかし、加藤厳正もまたその適性を持った男だった。



この男の持つ精霊魔導器によって、後ろから追撃された帝国軍は、狼に襲われた羊の群れのように逃げ惑った。



 この状況を打破すべく、ゴルドベル・ウィローが殿しんがりに投入された。


普通、軍師を殿にする将軍はいないが、アダムス・カウリオンはゴルドベルの事をとことん嫌っていたので、「自分達が逃げる時間稼ぎついでに死んでくれれば…」と言う淡い期待で彼を最後尾に追いやった。


 しかし、この判断が後にアダムス・カウリオンを名将と呼ばせる由縁になるとは知らず、彼は後に死ぬまで、その時の判断は間違えていたと言い続ける。



朝靄がかかる森の中で、その二人は対峙していた。


一人は蒼いくたびれた軍服をきた細身の青年


一人は身の丈よりも長い大剣と、刀と呼ばれる珍しい刀剣を腰に差した偉丈夫。


体格差があるせいかまるで虎と鼠のような二人組の後ろにはそれぞれ部下らしき人間達が控えている。それぞれ剣を構えて、殺気立っており一触即発の空気が静かな森を戦場に変えていた。



「や、やあ!カトー君。こんなところで奇遇だね!」


「見つけだした探したぞ。よくもマルクトコルグであのような…。」


「え゛マルクトコルグ城の事まだ恨んでるの~?仕方ないでしょ。攻め手が兵糧攻めしかなかったんだもーん」


「何が仕方ないだ!我等の援軍の補給部隊と斥候部隊を貴様が潰してくれたおかげで、援軍が届けられずうちの陛下はカンカンだ!」


「ごめんねー。君たちの軍が来る前に落としたかったんだよー。時間稼ぎってやつ?。おかげで予定通りに城主が毒を呷ってくれて無血開城。まあ…城の半数は餓死してたけど。」


「っ貴様ぁ!!」



憤怒を目にたぎらせて偉丈夫は背中の大剣を振りかざした。

それを間一髪でかわし、長く結わえた焦げ茶色の髪を揺らす猫背の青年―ゴルドベル・ウィローは笑っているが、内心ヒヤヒヤしていた。


恐怖を見せてはならないと承知しつつも、憎まれ口を叩かないと、表情や声で後ろの部下達を動揺させるからだ。

…戦場において冷静を失うのは死への早道となる。


今はこの緊張感を持続させ援軍が来るのを待たねばならない。このくだらない道化を演じるのも彼の仕事である。




「“紅い刃よ首を刈れ”!!」


「まずっ!伏せろ!!」


 鞘から抜かれた赤々とした妖刀の刀身が光輝き、脈動した瞬間、ゴルドベルは部下達に指示を出す。その瞬間後方の森の木がスパーンと幹を切断されている。


 その中には数人分の自分の部下の血が飛び散っており、指示に瞬時に従って命拾いした他の部下達からも戦慄した表情が浮かんでいる。



「うげぇ…やっぱり魔剣…いや精霊魔導器スピリトス・マーテリアかよ…最悪。」




「…貴様の卑劣な策によって多くの武人達の魂が汚された…!ここで死してテルカの英霊達に詫びるがいい!!」


正義の英雄の様に地に伏せたままのゴルドベルに精霊魔導器ね剣先を向ける加藤厳正の言葉に、ゴルドベルは眉間に皺を寄せて立ち上がった。


「…何故、謝らなければいけないの?」


「貴様、この後に及んで…!そもそも貴様らがテルカ王国の地に侵略した時点で悪だと言うのに、あのような非道な戦いをしかけるとは恥を知れ!」


「恥を知れ?そりゃあ、お前だカトー君。無知は恥と言うがテルカからはこの戦争の起因を聞いてない奴が正義を語るなんて実に滑稽だ。」


「…起因だと!?」

「…今から四年前、マダース帝国は第三皇女マグナリア殿下とテルカ王国のカレシス王太子との縁談が決まり、不可侵協定を結んだ。それはわかるな?」


「承知している…だから我々がこうして」


「まあ、聴けよ。問題はここからだ。


その翌年の冬、嫁がれたマグナリア殿下はテルカ王宮で亡くなった。」


「なっ…?!」


知らなかった事実に、アズマ王国軍から動揺が走る。それもそのはず、テルカ王国からは不可侵協定を結んでいたはずの帝国が無断で侵攻してきたという話しか聞いていないからだ。


「…死んだ理由は帰国した侍女が魔法具に隠し入れて持ち帰った殿下の日記から分かった。何だとおもう?


そこに書かれた内容はテルカ王室の国王、王妃、夫であるカレシス王太子達による陰湿なイジメの数々だったよ。」


 拳を握りしめ、先程まで飄々とした表情だったゴルドベルの表情は、きつく厳正を睨み付けていた。


その目に嘘偽りが無いことを知り、厳正は愕然とする。


「イジメ…だと」


「我が国は元は小国同士が集めた国だからな…帝国として建国したのも34年前だ。古くからあるテルカ王国からすれば、いけすかない新興国だったんだろうよ。嫁がれたマグナリア姫を、あの手この手でイジメぬいた。

でも不思議だな。険悪な夫婦仲だったが御子ができた。姫様の日記には子供が出来た喜びが綴られていたよ。」


まさか…と呟き、厳正はまた一歩後退する。それは到底信じられない事実だったからだ


「─…マグナリア姫は弑されたのか…っ」


「ああ、自殺と見せかけてな…殺したのは誰だと思う?夫の王太子だよ。」


「馬鹿なっ!!」



「… 同時期に幼馴染みの側室の姫が妊娠したとかで新興国の姫が産んだ子供に王位継承権を与えたくなかったんだとさ。本人は殺すつもりはなかったんだって…堕胎させるつもりで毒を飲ませたみたいだけど、分量を間違えたらしくてさ…


 実に笑えない話でしょ?父君たる我が皇帝は日記と侍女の話をきいて大層お怒りになり、母君の皇后様は今でも床に伏せっておいでだ。


カトー君。お前たちはこの話を聞いても?テルカ王国を正義だと言うのかな?」



今回の進軍は制裁だ。


失った皇女とその赤子を軽んじたテルカ王国への報復。


「っ…しかし、貴様がしたことは到底許せん!!」


「どうして…?僕は皇帝陛下の意思の元に策を立案しただけだよ。


“非道をもって非道に応じるべし。外道卑劣と言わしめようとも、我が憤怒は収まらず、全てのテルカ王族の血を根絶やしにするまで進み続けん”


その一言でこの戦いは始まった。君たちも主君の意思を尊重する民族だと聞いたけど…。」


「だが、それは人を人として扱わぬ理由にはならない!俺は戦場であっても敵兵への礼儀を重んじる…例え、主君の意思であってもだ!」


「決裂したね~…あー君とは良いお友達になれそうだったのに残念だ。」


「抜かせ!」



紅の刃を構える厳正に、ゴルドベルは苦笑し、肩を竦めると、ゆっくりと眼を閉じる。



「…アスピダ。」


「…!?」


【…何か来るぜ主!!気をつけろ!】



 紅の刀から警戒する少年の声が響いたと同時に、ゴルドベルの足元に巨大な魔方陣が浮かび上がる。


月の色と同じ優しい金色の光が、形作られ中央にはムーンドロップの花と三日月の紋様が浮かび上がる。


その中から現れたのは背が高い老紳士だった。年の頃は五十代前後ぐらいで、白髪混じりの黒髪をきちんと整え、静かな琥珀の瞳がゆらりとこちらを見据える。

片眼鏡を指で直すと、恭しくゴルドベルに頭を下げる


「お呼びですか我が主」


「…お前を使う気はなかったんだけど…お前の同輩が相手じゃ分が悪いからな。まあ、許せよ。」


「許すも何も私の意思は貴方と共にございます。」



そう言うと現れた紳士はその姿を本へと転じ、ゴルドベルの手におさまった。


「…ま…魔導書…まさか獅童と同じ…」


「そ。精霊魔導器。サリックス同士で戦うはめになるとわね…さてお前ら、マルクトコルグ城まで後退しろよ?化物同士の戦いが始まるからな」



「た、隊長…!」


「お前らも本陣まで下がれ…ここからは一騎討ちになるからな!!」


「は!!」



部下達が退避するのを見送り二人は対峙すると互いに睨みあった。


まるで…これが最後となる好敵手と出会ったかのような錯覚に二人は身構え、互いの精霊魔導器に力を込めた。





***



「…随分と気になるとこで終わらせたな。」


「これ以上話すと長くなるからな。まあ、この後、凄まじい戦いが繰り広げられ厳正様は片手を失いハーゲンベルンの森にから撤退。

その後厳正様づてにテルカ王国と帝国との因縁を聞いたアズマ王国は援軍を打ち切り、テルカ王国との国交を断絶。周りの国も内情をしるやいなやテルカ王国との取引を絶ち、テルカ王国は孤立無援に追い込まれ崩壊して地上からテルカ王国の名は消えた。」


「なるほど…で、なんで拗ねてんの?」


ムスッとしたような表情のシドウに首を傾げるとジェンキンスが苦笑して


「…彼は、その時主の加藤厳正殿に置いてかれたんですよ。」


「お、置いてかれたんじゃねぇ!!あの時、は…仕方なかったんだよ」



「…もしかして、ハーゲンベルンにずっといたのってその時から?」


「はい。あの時は私とゴルドベル様に加藤厳正に重傷をおわせたので、獅童殿をやむをえず置いていく事になったんです…」



「…怪我してたんだ仕方ねぇだろ。俺もこのクソじじいのせいで魔力の大半を放出しちまって人型にはなれなくて…ハーゲンベルンの森の精霊達に静魔力をわけて貰ってようやくここまで回復したんだよ。その間に厳正死んじまうし…全部お前らのせいなんだからな!!」



先程の憤怒は何処にいったのか涙目で睨みつけるシドウを見て何で、ジェンキンスが俺をハーゲンベルンの森へと誘導したのか分かった気がした。




「なるほど…情けをかけたのか…。」


「契約していた主の死に立ち会えなかったのです…300年も主を待っていた彼が、元敵としても流石に憐れに思いまして…幸いトリストラム様は多重契約が可能なサリックスだったので手札(カード)は多いほうがよろしいかと…っ」


抑えきれずくつくつと笑う執事に、シドウはキレてビシッと人差し指を俺とジェンキンスに向けた


「おい、なんだその同情するような憐憫の眼差しは!!そこ笑うな!!

大体、ジェンキンス、お前最初から気にくわなかったんだよ!!お前のその矛盾した能力もそうだが…いつもガキ扱いしやがって!」


「…5520年前から存在している私からすれば2300歳程度の貴方など子供みたいなものですよ。」


「むきぃい!!腹立つなぁあ!!」



「まあ、シドウが居なかったら俺は死んでたし、今回は運が良かった。が、ジェンキンス。そういう大事なことはきちんと言って貰わないと困る。事前に知らされずに契約した俺の身になれ。」


「…申し訳ございません。」



深々と頭を下げるジェンキンスに、溜飲を下げると俺は改めてシドウをみやる。


「で、ジェンキンス。コイツをどうするつもりだ?流石にこんな派手なヤツ、学生寮には連れてけんぞ。」


「ご心配なく。寮の守衛として雇いいれます。」



「ちょっ、待てよ!聞いてねー!!」


「あなたは主と離れてもよろしいのですか?」


「うぐっ!」



完全にジェンキンスのペースだな。シドウは諦めたように床に突っ伏している。とんだ茶番だなと思いつつ、俺は枕に頭を埋めた。


先行き不安な学生生活になるのは、人外2匹がいる時点で目に見えている


ならば、一時の休息が必要だ。


俺は体と精神を休めるべく、瞼を閉じた。

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