村が動き始めた
いつものように、私は村へ向かっていた。
最近は、村へ行くのもすっかり日課になっている。
水車小屋を見て。農具を見て。
紡ぎ機の様子を見て。村の人たちと話す。
そんな毎日だ。
「こんにちはー!」
村に入ると、何人かの人が手を上げてくれる。
「おう!」
「こんにちは」
「今日も来たのかい?」
「はい!」
最初の頃は、私が歩いているだけで珍しそうな目を向けられていた。
それが今では、普通に挨拶をしてくれる。
「慣れたなぁ……」
そんなことを思いながら歩いていると――。
「ちほさん!」
「ん?」
後ろから声を掛けられた。
振り返る。
「あ、水車小屋の親方さん」
「ちょっと見てくれ!」
「何かありました?」
「いいから、こっちだ!」
親方さんに連れられて、水車小屋へ向かう。
「……?」
中へ入ると――。
「ん?」
何か、前と違う。
「……あれ?」
私は水車を見る。
「これ……」
以前、私が持ってきた模型を元に作った水車。
でも――。
「私が渡した模型と違いません?」
「うむ」
親方さんは、何でもないように答える。
「使ってみたら、ここが少し不便でな」
「不便?」
「水の流れが弱い時に、回りにくいんじゃ」
「なるほど」
「だから、こうしてみた」
水車の一部が改良されている。
「……」
私はしばらく眺める。
「これ、親方さんたちが考えたんですか?」
「そうじゃ」
「だから変えてみた?」
「そうじゃ」
親方さんが笑う。
「使ってみなければ分からんこともあるからな」
「……」
私は水車を見る。
最初に持ってきた模型とは、少し違う。
でも――ちゃんと水車として動いている。
「すごい……」
思わず呟いた。
「それだけじゃないぞ」
「まだあるんですか?」
「ああ」
親方さんが水車の横を指差す。
「水車の力を、別の作業にも使えないかと考えている」
「別の作業?」
「例えば、これじゃ」
水車の回転を別の部分へ伝える仕組み。
まだ試作品のようだけど、職人たちが色々と考えているらしい。
「水車が回る力を使って、何かを動かせないかと思ってな」
「……」
私は目を丸くする。
水車を作った。それだけじゃない。
その水車をどう使えば、もっと便利になるか。
村の人たち自身が考え始めている。
「そうだ」
親方さんが思い出したように言う。
「農具の方も少し変えたぞ」
「農具も!?」
「使っていると、ここが使いにくいという声が出てな」
「それで?」
「持ち手を変えてみたり、刃の形を変えてみたりしている」
「……」
私が渡したのは、あくまで参考になる農具の絵や資料。
それを元にして、実際に使う人たちが改良している。
「すごいなぁ……」
思わず感心してしまう。
そして――。
「紡ぎ機もな」
「え?」
「職人が少し手を入れている」
「もう!?」
「使ってみると、どうしても気になるところがあるらしくてな」
「……」
私は思わず笑ってしまった。
「私が持ってきた物、そのままじゃなくなってますね」
「当たり前じゃ」
親方さんが笑う。
「ここで使うんじゃ。ここに合うように変えるのが当然だろう」
「……」
その言葉を聞いて、私は少し黙った。
私が持ってきた物を、そのまま使ってもらう。
最初は、それで十分だと思っていた。
でも――実際に使う人たちは違った。
自分たちで考える。自分たちで作る。
自分たちで改良する。
「……私」
ぽつりと呟く。
「もう必要ないんじゃ?」
「ん?」
親方さんがこちらを見る。
「いや……」
私は苦笑する。
「だって、もう皆さんだけで色々作ってるじゃないですか」
「何を言ってるんだ?」
「え?」
「最初にこれを持ってきたのは、ちほさんだろう」
「……」
「わしらは、それを見て作り方を考えた」
親方さんは水車を見る。
「そして使ってみて、もっと良くしようと考えた」
「……」
「それだけのことだ」
「……そうですか」
「そうじゃ」
私は水車を見る。
以前とは違う水車。
でも、確かに私が最初に持ってきた模型から始まっている。
「……」
なんだか、不思議な気分だった。
私は何でも作れるわけじゃない。
水車も作れない。農具も作れない。
紡ぎ機も作れない。ましてや、この世界のことなんて何も知らない。
それでも――。
「最初のきっかけくらいには、なれたのかな」
「きっかけ?」
「いえ、何でもありません」
その時だった。
「ちほさん」
声のする方を見る。
村長さんが立っていた。
「村長さん」
「何やら楽しそうじゃな」
「水車が少し改良されてました」
「そうじゃろう?」
「村長さんも知ってたんですか?」
「もちろんじゃ」
村長さんは笑う。
「最近は、皆が自分から色々と考えるようになってのぅ」
「……」
「水車だけではない」
農具。紡ぎ機。革細工。
そして、これから作ろうとしている織り機。
「ちほさんが持ってきた物をきっかけに、皆が考えるようになった」
「……」
「だから――」
村長さんが私を見る。
「もう必要ない、などと言うでない」
「……はい」
「これからも、何か面白い物を持ってきてくれるんじゃろ?」
「もちろん!」
思わず答えていた。
村長さんが笑う。
「ふぉふぉふぉ」
私は水車を見る。最初は、私が教える。
でも、その先は村の人たちが自分たちで進んでいく。
「……これでいいんだ」
私は小さく呟いた。
私が全部やる必要なんてない。
むしろ、全部やってはいけない。
私はただ――。
「少しだけ、きっかけを持ってくる」
それでいい。
そう思うと、なんだか肩の力が抜けた。
「さて……」
私はスマホを取り出す。
「次は何を探そうかな」
「もう次かい?」
親方さんが呆れたように笑う。
「はい!」
私は笑って答えた。
「せっかくですから、もう少しだけ、この村を押してみます!」
村はもう、動き始めていた。




