鞄の向こうに弟がいる
一体どういう事よ!
私は鞄を覗き込みながら、頭を抱えた。
鞄の中に見えるのは、間違いなく私の部屋。
そして、さっきから聞こえているのは――
プルプル! プルプル!
私のスマホの着信音。
「……」
一体どうなっているの?
鞄の中が私の部屋に繋がっている?
いやいや、そんなことある?
でも、目の前にあるんだから仕方ない。
私は鞄に手を入れて、スマホを探す。
あった。
スマホを取り出すと、画面には着信履歴。
「……誰?」
番号を見る。
弟のさとるだ。
「さとる!?」
慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「もしもし? ねーちゃん? 何処か出掛けてるの? すぐに切れたから」
「あー……」
どう説明すればいい?
異世界にいる?
鞄の中が私の部屋に繋がってる?
そもそも、信じてもらえる?
「まあ、ある意味出掛けてる?」
「何それ?」
「それより、さとる。今どこ?」
「もう駅に着いたから、迎えに来れる?」
「……」
しまった。
今日は弟が帰ってくる日だった。
大学の方から帰ってくるから、駅まで迎えに行く約束をしていたんだ。
「そうだ!」
私は思わず声を上げた。
「今日は弟が帰ってくる日だった!」
「何を今さら言ってるんだよ……」
「ごめん! 迎えに行けない!」
「え?」
「タクシー使っていいから、早く帰ってきて!」
「えー……お金掛かるし……」
「私が払うから!」
「え?」
「いいから早く帰ってきて!」
「まあ、それなら……」
「じゃあ、待ってるから!」
「分かった」
プープー。
「……切れた」
私はスマホを見つめる。
「さて……」
問題はここからだ。
「どう説明すればいいのよ……」
ミカミさんが神様だった。
トラックに轢かれる前に異世界へ飛ばされた。
そして、この鞄の中が自分の部屋に繋がっている。
普通に話したら――
「絶対、頭がおかしくなったと思われるわよね……」
でも、この状況を実際に見せれば、さとるも信じてくれるだろう。
「いや……」
そもそも、私は帰れるのだろうか?
鞄の入口を見つめる。
「この鞄の入口が、もう少し広ければ帰れるのに!」
頭を入れてみる。
「……」
頭は完全に入る。
というか、普通に向こう側へ出せる。
「手も……」
手を伸ばす。
向こう側の床に触れられる。
腕も問題ない。
「でも……」
肩を入れようとすると――
「ぐっ……!」
引っ掛かった。
「やっぱり肩幅が無理か」
どうやら、鞄の大きさ以上に身体を通り抜けることはできないらしい。
「頭は出せるけど、肩が無理」
もう一度考える。
「んー……」
これって、もしかして――
「ハンドくん状態?」
頭だけ出して、手だけ伸ばせる。
「ということは……」
鏡があったら見てみたい。
「頭だけ出すと、生首状態か……」
「うーむ……」
帰ることはできない。
でも、手を伸ばせば向こう側の物には触れられる。
なら――
「さとるが帰ってくるまで待つか」
問題は一つ。
「……お腹空いた」
そう言えば、異世界に来てから何も食べていない。
「手だけなら向こうに出せる」
私は鞄に手を入れる。
向こう側に手が出る。
「これで……」
床に手をつく。
「よいしょ……」
身体は異世界側。
手だけは元の世界。
「……」
これ、かなり変な状態ね。
でも、やるしかない。
「台所まで行けるかしら?」
手を伸ばす。
床を這うようにして移動する。
すると――
「お?」
向こう側の景色が動いた。
「やっぱり……」
鞄そのものを動かしているわけじゃない。
どうやら、鞄の中に入れた手が、向こう側の空間を自由に動いているらしい。
「なら、台所へ!」
少しずつ手を伸ばしていく。
「よし……」
どうにか台所までたどり着いた。
棚を見る。
「何か食べるもの……」
あった。
「カップラーメン!」
私は棚から一つ取り出す。
そのままこちら側へ持ってくる。
「持ってこれた……」
カップラーメンを眺める。
「これ、こっちの世界に持ち込めるんだ」
なら――
「やかんもいけるかな?」
やかんを掴む。
手を引く。
すると、やかんがこちら側へ出てきた。
「おお……」
成功。
「じゃあ、水を入れて……」
小屋の井戸から汲んだ水をやかんへ入れる。
薪に火をつける。
「……」
しばらく待つ。
「ふぅ……どうにか火にかけられたわ」
そして、カップラーメンの蓋を開ける。
「これなら……」
こちら側へ持ってこられた。
「問題なく食べられる」
お湯が沸いた。
やかんを持ち上げる。
「熱っ!」
危ない。
でも、何とかカップラーメンにお湯を注ぐ。
「よし」
蓋を閉じる。
「三分待つ!」
そして――
三分後。
「……」
私は恐る恐る蓋を開ける。
「うん」
麺はちゃんと出来ている。
「問題なくお湯を入れられた」
箸も持ってくる。
一口食べる。
「……」
普通のカップラーメンだ。
「美味しい……」
異世界に来て初めての食事。
それがカップラーメンというのも、何だか妙な気分だ。
でも――
「食べられる」
問題なく食べられる。
身体にも異常はない。
「しかし……」
私は鞄を見る。
「これって、無限収納なの?」
ミカミさんは無限収納と言っていた。
でも、実際は――
「ある意味、無限収納なのかしら?」
普通の無限収納とは違う。
物を入れて保存するだけじゃない。
鞄の中が元の世界と繋がっている。
しかも、向こう側の物をこちらへ持ってこられる。
「便利すぎるでしょ……」
これなら、食料の心配は当分しなくていい。
問題は――
「さとるにどう説明するか」
だった。
その時。
ガチャッ。
玄関のドアが開く音がした。
「ただいま~」
「!」
聞き慣れた声。
「姉さん、居るのか?」
私は思わず叫んだ。
「ここー!」
「台所か?」
「そう!」
足音が近づいてくる。
「……」
私は鞄を見つめる。
そして、向こう側にいる弟を待った。
「さて……」
どう説明しようか。
私が異世界にいることを。




