鞄の中は、なぜか自分の部屋でした
う……ん……
ちほは、ゆっくりと目を覚ました。
「……ここは?」
身体を起こして周囲を見回す。
「森の中?」
辺り一面、木々に囲まれている。
鳥の鳴き声も聞こえる。
どうやら、本当に異世界に来てしまったらしい。
「……はぁ」
出来事を思い出す。トラック。真っ白な空間。
そして、神様だったミカミさん。
「本当に異世界に来ちゃったんだ……」
そんなことを考えていると、ふと自分の肩に掛かっている物に気づいた。
「……この鞄」
学生時代に使っていた布製の鞄だった。
「懐かしいなぁ……」
手に取って眺める。
これは、昔、両親と一緒に買いに行って買ってもらったものだ。
ずいぶん古いけど、今でも大切にしていた。
「……」
しばらく鞄を眺める。
「いやいや」
我に返る。
「思い出に浸ってる場合じゃないでしょ」
今は異世界。しかも森の中。
まずは自分の持ち物を確認しないと。
「財布は……」
ポケットを探る。
「……ない」
財布は部屋に置いてきた。
「スマホは?」
ポケットからスマホを取り出す。
電源は入る。
「やっぱり圏外か……」
当然と言えば当然だ。
異世界なのだから、電波が届くはずもない。
「はぁ……」
スマホをポケットに戻そうとした、その時だった。
「ん?」
ポケットの中に、何か入っている。
「こんなの入れてたっけ?」
取り出してみると、一枚の紙だった。
広げてみるとそこには短い文章と、簡単な地図が書かれていた。
『ここから少しした村はずれに、小屋があるからそこ使え』
「……」
この字は――
「ミカミさんの字だ」
間違いない。
「本当に神様なの?」
紙を眺めながら呟く。
すると、紙の裏側にもう一文あることに気づいた。
『そっちの神と話して、あるから問題ない……と思う』
「……思うかよ」
思わずツッコんでしまう。
「全く……」
神様なのに、最後がものすごく不安だ。
「とりあえず、小屋に行ってみるか……」
紙に描かれた地図を見る。
「しかし……雑な地図だな」
丸と線と矢印だけ。
「本当にあるのかしら?」
半信半疑ながら、私は地図を頼りに歩き始めた。
◇
「……あった」
森を抜けると、少し開けた場所に出た。
そして、その先に――
「紛れもなく……小屋ね」
木造の小さな小屋が建っていた。
その前には、荒れた畑らしきものもある。
「こんにちは……」
当然、返事はない。恐る恐る扉を開ける。
ギィ……
中に入る。
「……」
簡素なテーブル。椅子が二脚。簡易的な台所。
そして、ベッド。
「一応、生活できるようにはなってるのね」
ベッドに触れてみる。ちゃんと柔らかい。
「ここでゆっくりしてこいってことか……」
そこで、ふと思い出した。
「……そう言えば」
以前、ミカミさんと話したことがある。
確か私は、
『たまには仕事を全部忘れて、ゆっくり自給自足でもしてみたい』
なんて話をしていた。
「まさか、それを覚えてたの?」
神様になったミカミさんが、本当に用意してくれたらしい。
「でも……」
小屋の中を見回す。
「何もなさ過ぎでしょ!」
鍋。フライパン。包丁。食器。
最低限の生活用品はある。
でも――
「食料がない!」
水もない。調味料もない。
「これ、自給自足じゃなくて……」
私は小屋の中を見回す。
「サバイバルでしょ!」
いきなり異世界生活の難易度が高すぎる。
「それに……」
スマホを見る。
「これだって、バッテリーが無限にあるわけじゃないし」
電波もない。充電もできない。
いざという時のためにも、なるべく使わない方がいい。
「……鞄」
私は肩に掛けていた鞄を見る。
「無限収納って言ってたわね」
これが、ミカミさんの言っていた能力だろう。
試しにスマホを鞄の中へ入れてみる。
「……」
手を離す。落ちた感触がない。
「入った?……本当に無限収納なんだ」
取り出そうと思うと、手元にスマホが現れた。
「便利……」
これは助かる。
少なくとも荷物を持ち歩く必要はなさそうだ。
「でも……食料とか水はどうするの?」
まずは水。
私は小屋の外に出て周囲を確認する。
「あっ」
少し離れたところに井戸があった。
「井戸……」
近づいて覗いてみるが暗くて底は見えない。
「水は平気かしら?」
井戸の横にはバケツが置かれていた。
「とりあえず、汲んでみるか」
バケツを井戸へ下ろす。
チャポン!
「よし。水はありそうね」
縄を引っ張る。
「……重い」
ギシ……ギシ……
縄が軋む。
「よいしょ……」
少しずつ引き上げる。
「ふぅ……」
ようやくバケツを引き上げた。中を見る。
「綺麗そうな水ね」
透明だ。でも……
「生水ってのが怖いわね」
そこで、ミカミさんの言葉を思い出す。
「そう言えば……鑑定を付けたって言ってたわね」
私は少し緊張しながら、手を水に向ける。
「じゃあ……」
一度、咳払い。
「ゴホン!」
そして――
「鑑定!」
……。
何も起きない。
「……」
「……あれ?」
失敗した?
すると、目の前に文字が浮かび上がった。
【綺麗な水】
【飲料可能】
「……」
私は目を丸くした。
「ほぅ!」
これは便利だ。
「本当に鑑定が使えるんだ!」
これなら、少なくとも水については安心できる。
「とりあえず、水は確保した」
一安心。
「……いやいや」
すぐに首を振る。
「よくはない」
水だけでは生きていけない。
「食料を探さないと……」
小屋の中へ戻る。
改めて、室内を調べてみる。
「甕か」
大きな甕が置かれている。
「水はここに入れておくのね」
その隣には、包丁。鍋。フライパン。皿。
コップ。生活に必要そうなものは一通りある。
「でも……」
棚を開けるが何もない。別の棚も開けるとやはり、何もない。
「食料品が全くない……」
米もない。パンもない。肉もない。野菜もない。
「……」
私は固まった。
「餓死!?」
いや、まだ異世界に来て数時間。
餓死するには早い。
でも、このままでは本当にそうなる。
「どうしよう……」
その時だった。
プルプル!
「へ!?」
聞き覚えのある音。
プルプル! プルプル!
「スマホ!?」
鞄の中に手をスマホが鳴っている。
「何で!?」
慌てて取り出す。画面には着信表示。
「誰から!?」
しかし、名前は弟のさとる。
「と、とりあえず出ないと!」
私は通話ボタンを押そうとする。
その瞬間――プツッ。
「……切れた」
「あれ?」
画面を見る。
「圏外……」
当然だ。ここは異世界。電波なんて届いていない。
「何で鳴ったのよ……」
不思議に思いながら、スマホを鞄の中へ入れる。
「……」
しばらくすると――プルプル!
「また!?」
私は驚いて鞄を見る。
プルプル! プルプル!
「何で!?」
スマホを取り出そうと、鞄へ手を入れる。
その瞬間だった。
「……ん?」
鞄の中を覗き込む。
「…………」
何かがおかしい。
そこに――見覚えのある景色があった。
「……え?」
もう一度、覗き込む。
「……何これ?」
そこに見えていたのは――
「私の部屋……?」
ベッド。机。本棚。
そして、床に置きっぱなしになっている服。
「何で!?」
私は思わず鞄を両手で持ち上げる。
もう一度、中を見る。間違いない。
「私の部屋だ……」
そして、その部屋の中から――
プルプル! プルプル!
スマホの着信音が聞こえていた。




