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『異世界に行ったら、鞄の中が実家の商店でした』  作者:


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轢かれる前に転移しました

私の名前は、ちほ。二十六歳。勿論、独身。

そして弟のさとる、二十二歳。大学生。


両親は事故で他界している。


私たち姉弟に残されたのは、お爺ちゃんの代から続いている田舎の小さな商店だった。


昔ながらの商店。


近所のお爺ちゃんやお婆ちゃんが、野菜や日用品を買いに来る。


そんな店だ。


両親が亡くなった後、私が店を引き継いだ。

どうにかやってきてはいる。

でも、正直なところ経営は楽じゃない。

ネット通販も当たり前になった。

若い人たちは都会へ出ていく。

少子高齢化も進んでいる。

このままでは、店も少しずつ先細りしていくだろう。


そこで始めたのが、近所の農家のお爺ちゃんやお婆ちゃんが作った野菜のネット販売だった。


これが思った以上に評判になった。


その噂を聞きつけた商工会議所からも声を掛けてもらい、今では一緒になって地域の農産物を売り出している。


おかげで、店の経営も何とか持ち直してきた。


でも……


「この先、どうするかなぁ……」


私は店の帳簿を眺めながら、ため息を吐いた。

今はいい。でも、十年後、二十年後は?

このままでは厳しい。

何か新しいことを始めないと。


「何か良い手はないかしら……」


毎日のように考えている。


とはいえ、そんなにポンポンと良い案が思いつくわけでもない。


「おーい! ちほ! 配達終わったぞ!」


店の奥から声が聞こえた。


「あ、はーい!」


声を掛けてきたのは、唯一の従業員であるミカミさん。


三十六歳の男性で、ルートドライバーとして農家から野菜を集めたり、商品の配達をしたりしてくれている。


「明日の野菜の出荷予定も聞いてきたぞ」


「明日もまあまああるわね」


「良いことじゃねーか」


ミカミさんは伝票を置くと、私の顔を見た。


「でも、ちほ。少し休めよ」


「分かってるわよ」


「本当か?」


「分かってるって!」


「ならいいけどな」


そう言って、ミカミさんは帰っていった。

私は一人になった店内を見回す。


「ゆっくり休め、か……」


確かに、たまにはゆっくり休みたい。

でも、店のことを考えると、どうしても身体が動いてしまう。


「……まあ、今日はもう寝よう」


そう思って布団に入った。


そして――グゥー……グゥー……


「はっ!?」


目が覚めた。


「今、何時!?」


時計を見る。


「あー……まだ三時前か……」


まだ夜中だった。


でも、一度目が覚めてしまうと、もう眠れない。


「……まあいいか」


私は布団から起き上がった。


「早いけど、出荷の準備でもしておくか……」


外はまだ薄暗い。


「ミカミさんが来るまで一時間か」


いつもはミカミさんに任せているけど……


「たまには手伝うか!」


私は上着を羽織り、駐車場へ向かった。

薄暗い駐車場で、出荷する野菜をまとめていく。


眠い。夏とはいえ涼しい。


それでも、何となく身体を動かしていると目も覚めてきた。


その時だった。


ピピー……ピピー……ピピー……


「え?」


トラックのバック音が聞こえた。


「もう来たの?」


いつもより早い気がする。

私は顔を上げた。

薄暗い駐車場に、トラックが入ってくる。


「あれ?」


なんだかトラックが近い。


「ちょっと!」


私は声を上げた。


「私、ここにいるけど!」


でも、トラックは止まらない。


「ちょっと待って!」


もしかして……


「私、トラックの死角にいて見えてない!?」


エンジン音が大きく、私の声も聞こえていないのかもしれない。


「待って!」


トラックが迫ってくる。


「ぶつかる……!」


私は慌てて逃げようとした。


でも――間に合わない。


「え……?」


次の瞬間。視界が真っ白になった。


「…………」


恐る恐る目を開ける。


「……何、ここ?」


周囲は真っ白だった。


床もない。壁もない。空もない。

ただ、どこまでも真っ白な空間が広がっている。


「え? 何処ここ??」


その時。


「はぁ~……ちほ。何でそんな時間に駐車場にいるんだよ~」


聞き覚えのある声がした。


「その声は……」


振り返る。


そこにいたのは――


「ミカミさん!」


「おう」


「ちょっと! ここ何処よ!」


「まあまあ、落ち着けって」


「落ち着けるわけないでしょ!」


私はミカミさんに詰め寄った。


「私、トラックに轢かれたわよね!?」


「まあ……そうだな」


「じゃあ、ここは?」


「それがなぁ……」


ミカミさんが頭を掻く。


「実は俺、神なのよね」


「……は?」


「神」


「紙?」


「そっちじゃねーよ!」


ミカミさんがツッコむ。


「神様の神だよ!」


「…………」


私は黙った。


「え!?」


「そうそう」


「じゃあ私、死んだの!?」


「んー……」


ミカミさんは少し考える。


「死んではいない」


「どういう事!?」


「いや、転生とか転移とかあるだろ?」


「あるけど……」


「それに巻き込んじまった」


「はい?」


私の頭が追いつかない。


「いやー、毎回トラックで轢くのも大変だからさ」


「毎回!?」


「轢かれる前に、この空間へ飛ばすようにしてたんだよ」


「……」


「まあ、事故防止ってやつ?」


「神様が言うことじゃないでしょ!」


「それはそうなんだけどな」


ミカミさんは苦笑する。


「毎回トラックで轢いてたら、そりゃもう免停どころじゃない騒ぎになるだろ?」


「神様なのに免停を気にしてるの!?」


「保険料も爆上がりするし」


「そこ!?」


何だろう。この状況なのに、妙に現実的だ。


「だから、こういう仕組みを作ったんだ」


「仕組みって……」


「本来はな、そういう世界に行きたいって希望する人を巻き込んでたんだよ」


「……え?」


ミカミさんの表情が少し曇る。


「でも、まさかなぁ……」


「何よ?」


「まさか、ちほまで巻き込むとは思わなかった」


「じゃあ私、元の世界に戻れないの?」


「いや」


ミカミさんは首を横に振る。


「戻せるには戻せる」


「本当!?」


「ただ、こっちの世界でも色々と手続きがあってな」


「手続き?」


「そう。勝手に異世界に飛ばして、異世界から勝手に戻したら、色々と面倒なんだよ」


「神様の世界にも役所みたいなのがあるの!?」


「あるんだよ」


「…………」


私は頭を抱えた。何だ、この異世界事情。


「だからな」


ミカミさんが私の肩を叩く。


「しばらく向こうの世界で休んでこいや」


「嫌よ!」


「なんでだよ!」


「仕事があるの!」


「だから働き過ぎなんだって!」


「でも店が!」


「店なら弟がいるだろ?」


「さとるは大学生よ!」


「それでも何とかなるって」


「何とかならないから困ってるの!」


私が叫ぶと、ミカミさんは困ったように笑った。


「まあまあ」


「まあまあじゃない!」


「言葉とか文字とかは大丈夫にしとくから」


「え?」


「異世界の言葉が分からないと大変だろ?」


「いや、そういう問題じゃ……」


「それと、お約束の無限収納とか鑑定とかも付けておくか」


「は?」


「便利だぞ?」


「ちょっと待って!」


「お前、昔から好きだっただろ?」


「それは子供の頃の話でしょ!」


「いいじゃねーか」


ミカミさんは笑っている。


「まあ、働き過ぎなんだから、少しゆっくりしてこい」


「でも……」


「大丈夫だって」


「仕事とか……」


「手続きが終わったら、ちゃんと元の世界に戻すから」


「本当に?」


「本当、本当」


ミカミさんが手を振る。


「じゃあ、いってらっしゃい!」


「ちょっと!」


「向こうの世界で、のんびりしてこい!」


「ミカミさん!」


「いってらっしゃーい!」


「ちょっと待ってぇぇぇ!」


私の足元から光が溢れた。


「え!?」


身体が浮く。


「ちょっと! 私、まだ何も準備してないんだけど!」


ミカミさんが笑顔で手を振っている。


「大丈夫! 何とかなるって!」


「ならないわよ!」


視界が白く染まっていく。

最後に聞こえたのは――


「楽しんでこいよー!」


という、ミカミさんの声だった。


そして私は――見知らぬ世界へと、放り出された。

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