ミカミさん、私はいつ帰れるの!?
「さとるー! ミカミさんに聞いてほしいことがあるんだけど!」
ちほは、いつものように鞄へ頭を突っ込み、地球側にいる弟のさとるに声をかけた。
「うわっ!? 姉ちゃん、急に出てくるなよ!」
「失礼ね! ちゃんと声をかけたでしょう!」
「いや、声は聞こえてたけどさ……」
さとるは苦笑いしながら、ちほの顔を見た。
「で、今日は何?」
「ミカミさんに聞きたいことがあるのよ」
「ミカミさんに?」
「そう! 私、いつ地球に帰れるの!?」
そう。
すっかり忘れていたわけではない。
異世界の村を発展させることに夢中になっていたけれど、ちほだって元々は地球に住んでいた人間なのだ。
家もある。店もある。弟だっている。
そして、何より。
いつ帰れるのか分からないままというのは、どう考えてもおかしい!
「……確かに、それは聞いておいた方がいいな」
「でしょう! というわけで、ミカミさんに連絡して!」
「分かった。ちょっと待ってて」
さとるは、ミカミに連絡を取った。
そして、しばらくすると……。
『おーい、ちほ。元気にやってるか?』
鞄の向こうから、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ミカミさん! 元気かどうかは置いといて、聞きたいことがあります!」
『なんだ?』
「私は、いつ地球に帰れるんですか!?」
『……ああ、その話か』
「その話か、じゃないですよ!」
ちほは思わず声を張り上げた。
『まあまあ、落ち着けって』
「落ち着けるわけないでしょう!」
『いやー、実はな。そっちの神が喜んでいてな』
「……はい?」
『お前のおかげで、あの世界が発展し始めそうだって』
「…………」
ちほは黙り込んだ。
いや、待って。
何でそこで、そっちの神様が出てくるの?
『今まで、あの村はなかなか発展するきっかけがなかったらしいんだよ。それが、お前が来てから色々と動き始めただろ?』
「まあ……温泉ができたり、ユーカリが育ったり、竹籠や木工品が売れるようになったり……」
『そうそう! だから、向こうの神も喜んでるってわけだ!』
「いや、ミカミさん! 私、観光に来たわけじゃないんですけど!?」
『まあまあ、そういうなよ』
「そういうなよ、じゃないです!」
ちほは鞄の縁を握りしめた。
いや、確かに村が発展するのは嬉しい。
村人たちが自分で商品を作り、商人と取引できるようになったのも嬉しい。
でも、それとこれとは話が別だ!
「そもそも、私が帰れるようにするのが先でしょう!?」
『いやー、それがな……』
ミカミの声が、少し歯切れの悪いものになった。
「……何ですか?」
『お前が通ってる、その鞄の出入口あるだろ?』
「ありますね」
『あれ、かなり無理して作ってるんだよ』
「……はい?」
『本来なら、世界と世界を繋ぐなんて簡単にはできないんだ。今回は、理をねじ曲げて、無理やり出入口を付けてるようなもんだからな』
「……ちょっと待ってください」
ちほは、嫌な予感を覚えた。
「それって、つまり……」
『うーむ。出入口をもっと大きくするのは、簡単じゃないな』
「いやいや! せめて出入口をもっと大きくならないんですか!?」
『そう言われてもなー』
「私、頭と片手しか通せないんですよ!? 肩も通らないんですよ!?」
『だから、理をねじ曲げて付けてるからな……』
「そこ、そんなに何度も強調しなくていいです!」
ちほは頭を抱えた。
つまり、今の鞄は、地球と異世界を繋ぐための特別な出入口。
それを大きくするには、相応の問題があるらしい。
「じゃあ……まだまだ帰れないってことですか?」
『うーむ……』
ミカミは、しばらく考え込んだ。
そして。
『ゆっくり休んでてくれ!』
「いやいやいや!!」
ちほの叫びが響き渡った。
「休んでないんですけど! 毎日、村の開発で忙しいんですけど!」
『お前は色々、やり過ぎなんだよ! ゆっくりせーや!』
「誰のせいで異世界にいると思ってるんですか!?」
『いや、まあ……それはそうなんだが』
「だったら、ちゃんと帰れるようにしてくださいよ!」
『分かった、分かった。こっちでも考えておくから』
「本当ですね!?」
『おう!』
……本当かな?
ちほは、ものすごく疑わしい気持ちになった。
『それにしても、お前、向こうで楽しそうじゃないか』
「楽しいのは否定しませんけど!」
『なら、しばらく向こうで頑張ってくれ!』
「話が戻ってるじゃないですか!」
『じゃあなー!』
「ちょっ! ミカミさん!?」
通信が切れた。
「…………」
ちほは、しばらく鞄を睨みつけていた。
「……さとる」
「な、何?」
「今の話、どう思う?」
「うーん……ミカミさん、帰す気はあるんじゃない?」
「あるなら、時期くらい言えるでしょうが!」
「それは……まあ、そうだけど」
さとるは困ったように笑った。
「でも、ミカミさんって、昔からあんな感じじゃない?」
「……否定できないのが腹立つわね」
ちほは大きくため息をついた。
どうやら、帰還問題はすぐには解決しそうにない。
そもそも、出入口を大きくする方法すら分からないのだ。
「はぁ〜……。せめて、帰れる目安くらい教えてほしいわ……」
ちほは鞄から頭を抜き、椅子に座った。
そして、窓の外を眺める。
村では今日も、村人たちが働いている。
木工職人は新しい商品を考え、竹籠を作る人たちは改良を続け、椎茸の栽培も進んでいる。
少しずつではあるが、村は確実に変わり始めていた。
「……まあ、村のことは気になるのよね」
自分がいなくなっても、この村が成長していけるようにしたい。
それは、ちほの本音だった。
でも。
「だからって、いつまでも帰れないのは困るんですけど!」
誰もいない部屋で、ちほは再び叫んだ。
……地球への帰還問題。
久しぶりに話題にはなった。
ミカミにも確認できた。
しかし。帰れる時期は分からない。
出入口を大きくする方法も分からない。
具体的な解決策も出てこない。
「……これ、何も進んでないじゃない!」
結局、ちほの帰還問題は、何一つ解決しなかったのだった。
まあ、ミカミが考えてくれると言っていたので、いつか何とかなる……かもしれない。
……いや。
あの神様だからな。
ちほは、もう一度ため息をついた。
「……期待しないで待っておこう」
こうして、地球への帰還問題は、再び棚上げとなった。
そして、翌朝。
「ちほさーん! ちょっと相談があるんじゃが!」
村長の声が聞こえてきた。
「……はいはい。今度は何ですかー?」
ちほは、今日も村の発展に巻き込まれていくのだった。




