商人、村に到着!
「ちほさん。少し頼みがあるんじゃが……」
商人が村を訪れる当日。
村長に呼ばれたちほは、首を傾げた。
「はい? どうしました?」
「今回の商談、ちほさんにも同席してもらえんかのう?」
「商談ですか?」
「うむ。今まで商人が来ても、村から売る物は大した物がなかった。こちらから買いたい物を伝え、必要な品を持ってきてもらう。それがいつもの取引じゃった」
村長は、少し困ったように頭を掻いた。
「じゃが、今回は違う。竹籠に木工品、ユーカリの製品に干し椎茸……。これほど多くの物を売るのは初めてじゃ」
「なるほど」
「正直なところ、どれほどの価値があるのか、わしらには分からん。下手をすると……」
「足元を見られる、ということですね?」
「そうじゃ」
村長は真剣な顔で頷いた。
村人たちが一生懸命に作った商品だ。
それなのに、価値が分からないからと安く買い叩かれてしまっては困る。
「分かりました! 商売のことなら任せてください!」
ちほは胸を張った。
「おお! 頼んだぞ!」
「はい!」
……とはいえ。
私は商人じゃないんだけどね。
地球では普通に買い物をしていただけだし。
でも、値段交渉なら何とかなる……はず!
ちほは、少しだけ自分に言い聞かせた。
そして、いよいよ商人が到着した。
「おお、村長殿。お久しぶりですな!」
「うむ。遠いところ、ご苦労じゃった」
商人は護衛や荷運びの者たちを連れ、村へと入ってきた。
これまでも何度か訪れている商人だ。
村長とも顔なじみらしく、挨拶を交わしたあと、さっそくいつもの取引を始めようとしていた。
ところが。
「……ん?」
商人の目が、作業場に並べられた商品へ向いた。
「村長殿。あれは何ですかな?」
「おお、あれか。今回、村で作った物じゃ」
「村で作った?」
商人は近づき、竹籠を手に取った。
「ほう……。なかなか丁寧に編まれておりますな。こちらは大きさが違う。用途に合わせて作っているのですか?」
「そうじゃ。畑で使う物や、収穫物を運ぶ物など、いろいろと試しておる」
「なるほど……」
商人は次に木工品を手に取った。
小さな箱、皿、飾り物。
余った木材を利用して作られた品々だが、丁寧に仕上げられている。
「これは……。この模様は、違う色の木を組み合わせているのですかな?」
「そうだ。木工職人が考えて作った物じゃ」
「ほほう!」
商人の目が輝いた。
さらに、ユーカリの香り袋や石鹸を見せると、今度は不思議そうに鼻を近づけた。
「これは、何とも変わった香りですな」
「ユーカリという木の葉から作った物じゃ」
「木の葉から?」
「うむ。香りを取り出して、いろいろな物に使っておる」
商人は香り袋を確かめ、石鹸も手に取った。
「これは面白い……。今まで、この村でこんな物を見たことはありませんでしたぞ」
「最近、作れるようになったのじゃ」
村長は、どこか誇らしげだった。
そして最後に、商人の目が干し椎茸へと向いた。
「……これは?」
「干し椎茸です。椎茸を乾燥させた物ですよ」
ちほが説明すると、商人は眉を上げた。
「椎茸を乾燥させた? なぜ、そのようなことを?」
「保存しやすくするためです。水で戻せば、料理にも使えますよ」
「保存食ですか……」
商人は干し椎茸を手に取り、じっくりと観察した。
「これは……一体、どこで手に入れたのですか?」
「この村で栽培しているんです。今はまだ量も少ないですけどね」
「村で栽培を?」
商人は驚いた様子だった。
「ふむ……。なるほど。これは、思っていた以上に面白い品が揃っておりますな」
一通りの商品を確認した商人は、村長とちほに向き直った。
「ぜひ、詳しくお話を伺いたい。商談を始めてもよろしいですかな?」
「もちろんじゃ」
村長が答える。
こうして、いよいよ本格的な商談が始まった。
商人は持参した帳面を開き、商品を一つずつ確認していく。
竹籠の種類と数量。木工品の種類と数量。
ユーカリ製品の種類と数量。干し椎茸の量。
商品ごとに確認していくと、予想以上の数になった。
商人は帳面を見つめ、しばらく考え込んだ。
「……これは、一度に持ち帰るには量が多すぎますな」
「そうか?」
村長が尋ねる。
「ええ。荷車に積める量にも限りがあります。ここにある物をすべて運ぶのは難しいでしょう」
「ふむ……」
「そこで、ご提案なのですが」
商人は顔を上げた。
「今回は商品を一部だけ持ち帰り、残りについては、すぐに新たな商隊をこちらへ向かわせたいと思います」
「新たな商隊を?」
「はい。これだけの商品があるのなら、今後も継続して取引できる可能性があります。まずは持ち帰った商品を販売し、需要を確認したうえで、次の取引につなげたいのです」
なるほど。
一度に全部を運べないなら、何度かに分けて運ぶ。それ自体は悪い話ではない。
でも、ここで確認しておかなければならないことがある。
「そうですね。では、今回持って帰る商品は、いくらで買っていただけるのかしら?」
ちほが尋ねた。
商人は、少し考えるように顎へ手を当てた。
「そうですなぁ……」
帳面を見直し、ゆっくりと顔を上げる。
「金貨一万枚でいかがでしょうか?」
「……え?」
村長が目を見開いた。
「き、金貨一万枚じゃと!?」
村長にとっては、想像を超える金額だった。
村人たちもざわつき始める。
「そんなに高く買ってくれるのか!?」
「本当に、そんな値段になるのか!?」
「おおお……!」
だが。ちほだけは、違った。
「……はぁ?」
思わず、呆れた声が出た。
商人が、ぴくりと眉を動かす。
「何か問題でも?」
「何か問題でも、じゃないわよ」
ちほは、並べられた商品を指差した。
「これだけの種類と量があるのよ? 竹籠だけじゃない。木工品に、ユーカリ製品、干し椎茸まである。それをまとめて金貨一万枚?」
「ええ。十分な金額だと思いますが」
「そう。あなたはそう思うのね」
ちほは、にっこりと笑った。
「なら、今回は売らないわ。他の商人をあたることにするわね」
「なっ!?」
商人の表情が固まった。
「ちょ、ちょっとお待ちください! 売らないとは、どういうことですか!?」
「そのままの意味よ。こちらだって、せっかく作った商品を安く手放すつもりはないもの」
「安く……ですと?」
「ええ」
ちほは、きっぱりと言い切った。
「あなたは、この村に今まで何があったかを知っているでしょう? だから、村には商品の価値が分からないと思ったのかもしれない。でも、今回は違うわ」
商人は黙り込んだ。
村長は、ちほと商人を交互に見ている。
金貨一万枚でも十分な大金だ。
しかし、ちほが安いと言うからには、それなりの理由があるのだろう。
「そ、それなら……」
商人は、少し焦った様子で口を開いた。
「金貨二万五千枚では、いかがでしょうか?」
村人たちが再びざわついた。
金貨一万枚から、いきなり二万五千枚。
「……おお!」
「そんなに上がるのか!?」
村長も驚きを隠せない。
だが、ちほは即答した。
「三万枚なら手を打つけど?」
「さ、三万枚……」
商人は唸った。
帳面を見て、商品を見て、もう一度ちほを見た。そして、しばらく考えたあと――。
「……分かりました。金貨三万枚で買い取りましょう」
「交渉成立ね!」
ちほは、にっこりと笑った。
商人は、少し疲れたように息を吐いた。
「いやはや……。まさか、これほどの商談になるとは思いませんでした」
「こちらも、きちんと価値を考えて売らないといけませんからね」
「……なるほど。確かに、その通りですな」
商人は苦笑した。
一方、村長はまだ呆然としていた。
「ち、ちほさん……。金貨三万枚とは……」
「村長、まだ喜ぶのは早いですよ」
「な、なぜじゃ?」
「今回は、商品を一部しか持って帰れないんですよね? 残りの商品もありますし、次の商隊が来るなら、その分の取引もあります」
「そ、そうじゃった……!」
村長は、ようやく我に返った。
村人たちの表情も、驚きから喜びへと変わっていく。
自分たちが作った商品が、これほどの金額になる。
それは、今まで考えたこともない出来事だった。
「みんな、よく頑張りましたね!」
ちほが声をかけると、村人たちは嬉しそうに頷いた。
竹を切り、籠を編み、木材を加工し、ユーカリの葉から香りを取り出し、椎茸を育てて乾燥させた。
一つ一つは小さな作業でも、積み重なれば大きな価値になる。
「これからも、どんどん作っていきましょう!」
「おお!」
村人たちの声が響いた。
こうして、村で作られた商品は、初めて本格的な取引へと進んだ。
商人が持ち帰る商品は、金貨三万枚。
そして、残りの商品を引き取るため、新たな商隊もやって来る予定だ。
「……ふふふ」
ちほは、満足そうに笑った。
村の人たちが作った物が、村の外で売れる。
それが分かっただけでも、大きな一歩だ。
さて、次は何を作ろうかな?
……いや、その前に。
「村長! 売れたお金の使い道も、ちゃんと考えましょうね!」
「お、おお! そうじゃったな!」
村の商売は、まだ始まったばかりだった。




